第4話 #東北でよかった

 「アサヒは大学どうすんの?」

「まだ決めてないけど、地元でいいかなって思ってる。“アグリ”もいるし。オクが京都に行ったら離れ離れになるけれど…」

「“アグリ”には到底、勝ち目はなさそうだな」

「そんなことないわよ、意地悪ねぇ。“アグリ”は“アグリ”、オクはオク」

「ずっと側にいたから、遠距離恋愛も悪くないかなっても思うけど、進学先決めてないんなら京大行かない?」

「あのさ、デートで動物園と水族館、どっちにする? みたいに簡単に言わないでよ。その気になっちゃうじゃない」

翔は“スカウト”に成功した春幸だけじゃなく、駈も誘った。

「ネットで調べたんだけど、京大には馬術部あるんだ」

「乗馬のスキルは高校で磨くことはできるけど、学力はね…」

「まだ時間はあるから大丈夫だって。京大以外にも、同志社や立命館、京産大にも馬術部あるんだよ」

「どうしても京都に行かせようとしている。ははぁ、さては“遠恋”に自信がないんだ。どうせ、京都のはんなり美人には敵わないもん」

「そんなこと言ってないだろ」

「冗談だってば。考えてみるね、ちゃんと」

「うん」

翔が頷く。「あのさ、震災の後、SNSで『#(ハッシュタグ)東北でよかった』が話題になったじゃん。投稿読んでたら、改めて土地も人も東北っていいな、って思えてきてね」

「そうだな。気持ちは分かる」


 不用意で思慮のない今村雅弘復興担当大臣の現職当時の発言を逆手に取って、東日本大震災の被災者たちがSNSで声を上げた『#東北でよかった』。大臣が『被災地が首都圏じゃなくて、東北地方でよかった』の意味で言ったのに対し、「#東北でよかった」に寄せられたコメントは「東北に生まれ、東北で育ち、東北で暮らしていることを、よかった」と呟いたのだ。件の大臣にとっては最高の救いであるとともに、最大の皮肉でもあった。普通の神経なら“穴があったら入りたい”心境のはずだ。

駈が話題を変えた。

「ねぇ、夏休みにちょっと旅行行かない? 振興対策の視察を兼ねて」

「視察か。いいよ。どこ?」


8月7日。駈と翔は仙台にいた。朝、盛岡を立ち一ノ関経由で東北本線を乗り継いできた。

「天気よくてよかったぁ」

「どうする? めし? 七夕?」

「オク、お腹減ったでしょ。電車の中、キャンディとチョコだけだったから」

「平気だよ。『空腹が一番のごちそう』っていうからさ」

2人はスマホで検索した牛タン通りの人気店で、テールスープ付きの牛タン定食とタンシチューを分け合った。

「いやぁ、奮発した甲斐があったね」

「食べ慣れた焼き肉屋さんのネギ塩タンも美味しいけど、この分厚さはやっぱり本場ならではよね」

目的のアーケードを手をつないで歩きながら、駈はスマホの画面をスクロールした。

「さあ、リセット、リセット」

空腹を満たした翔は、気分を切り替えて色とりどりの七夕飾りに目をやった。

「ほら、これが最優秀賞の作品だって」

「何か、洗練された感じ」

「吹き流しの上のくす玉も、他のと違っていろんな形している」

「ね、ね、見て。これ千羽鶴じゃなくて万羽鶴? 百万羽鶴?」

駈が見上げたのは、仙台市内の小学生たちの折り鶴。大きな束になって異彩を放つ飾りを取り囲むように、父母たちが下から見上げるようにカメラに収めていた。

「大きな山車と踊り子の『ラッセラー、ラッセラー』が人気の青森のねぶたや、稲穂に見立てたたくさんの提灯を吊るした一本の竿を曲芸のように支えて練り歩く秋田の竿灯に比べると地味だけど、こんだけ並ぶときれいだよな」

「うーん」

頷きながら、駈の視線は通りのカフェにあった。

「ほら、オク。見て、あそこのカップル。急に立ち上がった彼氏が何か謝ってるみたい」

「指差すなよ、アサヒ。何か事情があるんだよ。こういう時は見て見ぬ振りしなきゃ」

「でも…。ずんだのかき氷って食べてみたいと思わない?」

店の前の“限定”“初登場”ののぼりが誘っている。

「気になるのはどっちだよ? かき氷? それとも」

「かき氷に決まってるでしょ」

明らかにカップルが気になった駈が翔の手を引いてカフェに向かった。

「松島の花火大会に行くみたいよ」

「盗み聞きするなって、アサヒ」

2人は声を潜める。

「私も花火、行きたい」

「泊りは無理だって。せめて大学生になってからじゃないと」

「マジメか…」

ゴツン。駈が自分の頭を2回、翔の側頭部にぶつける。仕方なくひと目を気にしながら、翔がお返しの頭突きを3回。ドリ・カムを真似た2人のサインだ。駈が満面の笑みとウインクをくれた。

「花火はお預けだけど、七夕も松島も田んぼアートとセットに出来そうよね」

駈は潜めていた声を元の音量に。

「鉄道沿線の田んぼもいい感じだし。問題は夜だけど、プロジェクション・マッピングとかできないかな」

「さすがオク。冴えてる、冴えてる」

“冴えてる”に反応したのか、さっき相手の女性に謝っていた男が訝しそうに駈をチラ見していた。

「問題は協力してくれる農家よね。地元はともかく、宮城と福島の知り合いの高校生に相談してみるわ」


2人は普通電車で古川まで行った。目的は、駈が見たかった商店街にある“”。駈は先輩の西塔さいとう百香ももか宛てに絵はがきを出すと、夕日に染まる田畑を眺めながら新幹線の自由席に乗っていた。もちろん、翔と手をつないで。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

オムニバス小説 ラブオールⅠ 15-0 鷹香 一歩 @takaga_ippu

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ