第3話 翔の近未来予想図

 「ハル、お前さ、大学どこ行くか決めてんのか?」

「全然。まだ高1の夏前だぜ。決まってる方が少数派だろうが」

唐突な翔の質問に、香川かがわ春幸はるゆきは当然のように答えた。

「だよな。だと思った。よかった、よかった。じゃあさ、今決めようか」

「だから、まだ高1の夏前だって。カケル、お前、話聞いてたよな」

「大学受験なんてすぐだぞ。今だって遅いくらい」

「脅かすなよ。どうせ、お前は京大だろ。ギャング・スターズ」

「んじゃ、ハルも京大な」

春幸が頬張ったばかりのハンバーグ一切れをご飯と一緒に噴き出した。陸前高校は3時限を終わって昼休み真っただ中だ。

「不幸中の幸い。スープを口に含んでなくてよかった」

「どこがよかったんだよ。机の上、米粒バラ撒いといて。ハンバーグも無残だし」

「でも、弁当箱は被害免れたし」

「よく言うよ」

「ハル、中学の野球部の時、確か外野だったよな」

「不動の1番センター」

「普通、“不動の”って4番サードとかを修飾するんじゃね」

「1番で悪かったな」

「いやいや、3番や4番は要らないんだ」

「なに勝手言ってるんだ」

「探してるのは、ワイド・レシーバー。知ってるだろ、ワイド・レシーバー」

「そりゃ知ってるさ。クオーター・バックのパスの受け手な」

「単なる受け手じゃない。ディフェンスをギリギリかわしながらロング・ゲイン獲得したり、そのままタッチ・ダウンを決めるヒーロー」

「まあな」

「よし、京大行こう」

「ちょっと、待てよぉ」

「まさかの、キムタク? ってか、キムタクを真似るホリだ」

「オレだよ、オ・レ」

「QB(クオーター・バック)ってさ、スクリーン・パスだけじゃ効率悪いわけ」

「だからオレ、ワイド・レシーバーが務まる前に、京大受からねえって」

「大丈夫。まだ2年半もある。間に合う、間に合う」

「カケル、お前さっき、大学受験はすぐそこって言ったばかりじゃん」

「オレ、そんなこと言ったっけ?」

「最高、無責任野郎だな」

「最高って、そんなに褒めるなよ」

「誰が褒めてるって?」


「なぁ、頼むよ。オレの相棒になってくれ」

「相棒って? 京都の、アレか?」

「京都地検は違うぞ。アレは女だ。ちなみに科捜研でもない」

「知ってるって。科捜研も女だ。カケルの相棒は男、だろ」

春幸は勿体をつける。

「京都って言ったのは、左京だか右京だか…。小松左京だ」

「それはSF作家だな。うん、惜しい。それに左じゃない」

「そうそう、右だよ。右京。片山右京」

「それは元F1ドライバーだな。今はチャリだけど。、うん。右京違い。何でわざわざ避けるかな、杉下右京」

「冗談だよ、冗談。ジャスト・ジョーク。分かった。やってやるよ、杉下、杉下右京」

「待て待て、慌てるな。杉下右京はオレ。ハルは特命係の相棒の方」

「じゃぁ、左京の方か」

春幸がテレビシリーズも劇場版も観ていないのは明らかだった。

「QBの相棒のWR。ワイド・レシーバー」

「捕ってやるよ。カケルのへなちょこパスなんか楽勝だって。紅茶飲みながらでもな。こちとら、バットで弾かれた弾丸ライナーが相手だからな。問題は、京大に受かるかどうか」

「それはオレが教える。責任持って。だから、授業だけはまじめに受けてくれ」

「京大かぁ。受かったら、オレの親は喜ぶだろうな。でもさ、カケルが言うと何か実現しそうだから不思議だよな。カケル・マジック。お前に言われると、火星でも木星でも行けそうに思えてくる」

翔は、駈と春幸の大学受験を請け負うことになるが、1人も2人も同じだと思った。全ては自分のためだ。

「じゃぁ、オレ、とりあえず陸上部に入るわ」

「イヤ、100メートルを10秒を切るんなら話は別だが、12秒の足は要らない」

「バカ。100メートル9秒台なら普通に陸上やるだろ。オリンピックでメダル狙える」

「そんなの一握りの天才だよ。努力だけじゃ無理だって。ハル、陸上部じゃなくて、野球部に入ってくれ。ポジションはセンター。上級生がいないんだからレギュラー取れるよな。バッティングはいいから、目指すは守備のスペシャリスト。特に後方の飛球に対する動体視力と空間認識力を鍛えてほしい」

「任せておけって。ホームランキャッチ。最終的にオレを中心に半径2メートル以内ならどんな邪魔が入っても捕ってやるさ」

「それは、それは。“鬼に春幸だな”。大船に乗った気分だ」

翔のイメージも膨らんだ。


 「ここの坂、マジきついな」

「この程度で音を上げていたら、QBなんて無理、無理」

「そう言うアサヒのチャリ、電動アシストだろ」

翔と駈は平泉農業高校の牧場にいた。高さ1メートル50センチ超の柵で囲った馬の運動場を、アグリキャップがゆっくり周回している。

「“アグリ”大丈夫なのか?」

「ケアが早かったから、風邪は直ったみたい。さっきまで手綱を引いて歩いていたの。厩舎に繋がれたままじゃ、やっぱりストレスが溜まるでしょ」

駈がベンチの上に無造作に置いてある楕円のボールに目をやる。

「ね、ね、練習しよ。私センターやる。球出しするから、シャドウ、やって見せて」

「サッカーじゃないから、スナップな」

駈が翔にお尻を見せる格好で両足を開く。身体の前に置いた楕円のボールを両手でつかんで中腰になる。翔が駈の股の間に両手を差し入れる。知らない人が見たら、赤面して目を逸らせる場面だ。

「レディー、セット」

翔の掛け声で駈がボールを翔に手渡すと、翔は軽くバックステップ。向かってくる相手ディフェンスを左右にかわしながら、胸の前でボールを抱えてパスの出し所を探す。もちろん、一連の動作は“”だ。何度かスナップを繰り返すと、最後はリズミカルなステップの後、右足を大きく踏み出して、ボールを持った左腕で大きく弧を描いたラストパスのポーズ。相手エンド・ゾをーンに走り込む春幸をイメージした。

「ね、ね、コンプリート? インコンプリート? ハル、キャッチしたの?」

コンプリートはパス成功。インコンプリートは不成功だ。駈はアメフトのルールも頭に入っている。

「もちろん、コンプリートに決まってる。ディフェンスをギリかわしてダイビング・キャッチ。そのままダッチダウンさ。ハル、ボールを叩きつけて派手なガッツ・ポーズしてるよ」

手を叩いて喜ぶパートナーを“アグリ”が大きな黒い瞳で見つめていた。

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