Scene 09:Despair ―絶望―

Episode 59:マトハを追って……

 男の子は長い廊下の中を歩いていた。壁がガラス張りになり外の様子が見えた。男の子は森の上を進んでいた。正面に城が見える。このまま行けば城へたどり着く。男の子は気を引き締めた。


 ボトリと音がする。男の子はその音の方を見た。黒くてグニグニしたものが集まっていた。デドロだ。デドロは男の子に目もくれず、城を目指して進んでいる。周りを見渡すといつの間にかデドロが沢山いた。


 そのどれもが男の子などまるでそこにいないかのように振る舞い、声をかけても無視をする。目の前には大きな扉があった。その扉の傍らに腕組をして壁に凭れかかる者がいた。マトハだった。


「来たね。イいかい。この扉の向コウは城の中。キミは化物ト人間ナらどちラが好き?」


「ぼくは……。ぼくは、みんなが好き。アストロもドリウスもルフェルお姉ちゃんもみんなみんな好き。だけど、お兄ちゃんも好き。お母さんも好き。お友達も、となりのおばさんも。おこりんぼなおじさんも。全部、全部好きなの!」


 男の子は大きな声でハキハキと言った。マトハは頷く。


「キミにハ失望しタ。がっかりダよ。シぬ覚悟はできてイるよね?」


 マトハがそう言うと男の子の腕を強引に引っ張り扉の中へと連れ込んだ。男の子は怖くなって必至に抵抗したがマトハの力は強かった。


 マトハに突き飛ばされ男の子は床に顔面から突っ込んだ。男の子は泣くのを我慢していた。腕や膝を擦りむき血が出ている。男の子は鼻水をすすりながらうぅと小さく唸ったがそれでも泣き出すのを我慢していた。バタバタと駆け寄ってくる音が聞こえる。


「離セ!」


 その声に男の子が顔を上げると、マトハが騎士たちに捕らえられていた。そこに下品な笑い声が聞こえてくる。


「ガハハハ、ついに捕まえたぞマトハァ。ガキ、コイツを連れてきたこと感謝するぞ。だが、貴様も器となり、計画の一部となるのだ! 捕らえろォ!」


 騎士団総長だった。合図で騎士たちが男の子に襲い掛かろうとしたその時、騎士たちの歩みが止まった。ピリピリと空気が震えている。


「何だ……?」


「何だァ???」


 騎士団総長を含め、騎士たちは震える空気に戸惑いを隠せない。マトハを捕まえていた騎士たちは思わず手を離してしまった。マトハが逃げ出す。入ってきた扉とはまた別の扉に入っていく。


「ぬわァにをしているんだ貴様らァァ!! 捕まえろォォォ!!」


 騎士団総長は声をあげて捕まえるよう指示した。騎士たちがマトハを追おうとすると、その間に入る影があった。それは真黒なローブに身を包んでいた。


 騎士団総長が斬りかかる。だが、その黒ローブはゆらりと揺れて攻撃をかわす。その姿には見覚えがあった。ゆらりゆらりと騎士たちの攻撃をかわしては青く光った槍で騎士たちを弾き飛ばしていく。


「お前ら、微かだが恐怖しているな?」


 男の子は胸が締め付けられていた。罪悪感がこみ上げていた。それと同時に涙も込み上げてきた。黒ローブが男の子の方を見向きもせず口を開いた。


「早く行きな。マトハを見失っちまうぞ」


 その声は笑っていた。男の子はコクリと頷くと黒ローブの後ろを通って扉の方へと向かう。すれ違いざまに黒ローブの方を見た。その視線に気付いたのか黒ローブも男の子の方を向いた。


 白いヤギの頭骨。にやりと笑ったような口。間違いなかった。男の子は涙を空にまき散らしながら、一言『ありがとう』と言ってマトハを追いかけるために扉を潜り抜けた。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 マトハは廊下を走っていた。その後ろを男の子が追いかけている。だがマトハのスピードに男の子はついていけない。


 男の子はすぐに息が上がってしまいその場でペタリと座り込む。結局マトハを見失ってしまった。男の子は周りを見渡した。城の中はまるで迷路のようになっていた。


 目線の先に十字路がある。その内の一つだけ、赤いランプが点灯している通路があった。男の子は無意識にそちらへ向かって走って行く。


 少し進むとゴウゴウと大きな音が聞こえてきた。男の子は何の確証もないまま、しかしその先にマトハがいると信じて、音がする方へと向かっていく。


 鉄の扉が見えてきた。その鉄の扉を開けると中からブワっと熱気が溢れ出てきた。扉を隔てた先の部屋は、とても暑かったのだ。


 男の子は一瞬たじろいたが、やはり決心の方が強く一歩足を踏み入れた。ゴウゴウという音に混じりいびきが聞こえる。恐る恐る中に入っていくと、部屋のど真ん中で巨大な蜘蛛のような化物が寝ていた。男の子はアルバだと思いその場を後にしようとすると急に大きな声が飛んできた。


「何じゃあ、お前さんは。勝手に部屋に入っておきながら勝手に出て行くとはこれ如何いかに」


 男の子は振り返りその姿を見る。アルバではなかった。アルバよりも少し大きく髭を生やした化物だった。男の子は怖くなり後ずさりする。髭を生やした化物は頭を掻いた。


「して、お前さんは何でここに来たんじゃ。わしの職場だということを知らんのか?」


 特に怒っているわけでもないのだが、何故か怒られているような気分になった。男の子はシュンとする。その姿を見て髭を生やした化物はまた頭を掻いた。


「知らんのか。えぇ? ここは機械室コンピュータルーム。研究に使うための機械を集めている倉庫みたいなところじゃ。お前さんちとこちらに来い」


 髭を生やした化物は男の子を手招きした。男の子は後ずさりする。髭を生やした化物は嫌がる男の子を強引に掴み自分の元へと手繰り寄せた。いやいやと言いながら抵抗する男の子に髭を生やした化物は怒鳴った。


「ええい暴れるな! このまま喰われたいのか? 少し大人しくせい!」


 怒鳴られて男の子は泣きそうになる。ガチャリと扉の開く音がした。男の子はハッとして泣くのをやめる。外から冑を手に、汗を拭きながら鎧を着た化物が数匹入ってきた。騎士たちだ。


「あーくそ。相変わらずここは暑いな。おい、イルバ。ここに人間が来なかったか?」


「来とらん!」


 イルバと呼ばれた化物は強い口調で言った。騎士たちが汗を拭きながら辺りを見渡す。


「来とらんと言っておるだろう! 仕事の邪魔だ、出て行け!」


 イルバは怒鳴り散らして騎士をドンと押した。一匹の騎士が剣を抜く。


「貴様、誰のおかげで働けていると思ってやがるんだ!」


「やめろよ。じじぃ相手に剣を向けたなんて恥だぜ?」


 その騎士は斬りかかろうとしたが仲間に宥められ剣を納めると舌打ちをして部屋から出て行った。イルバはホウとため息をつく。男の子はもじもじとしていた。


「何じゃ。礼などいらんわい。わしはただ、お前さんに賭けただけじゃて」


「かけた……?」


 男の子が首をかしげる。イルバは汗を拭いてまたため息をついた。


「お前さん、マトハという人間の子供を知っとるかね?」


 男の子は頷いた。イルバがそうかと頷く。


「ひとつ、昔話をしよう。なぁにじじぃの昔話じゃ。付き合っとくれんか?」


「う、うん。いいよ」


 イルバがあまりにも話したそうにしているからか、男の子は少し戸惑いながらも頷きながら話を聞くため地面にぺたんと座った。その行動を見てイルバは感心した。


「なかなかよく育てられているじゃないか。それじゃ遠慮なく。何十年も昔のことじゃ。ここは変わってしまった。わしは王様の下で働いていたのじゃよ……」


 イルバはウンウンと頷いて過去を思い出しながら口を開いた。

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