Episode 60:イルバの念い

 イルバは元々王様の護衛隊としてこの城に勤務していた。ある日、一人の人間の子供が現れ王様に言った。


「人間と化物が一緒に住める国を作ろうよ」


 しかし、王様は賛成するか否か迷っていた。


「うぅむ。人間は果たして我々を受け入れてくれるだろうか。貴君はどう思う?」


 王様が問うと護衛隊の一匹が口を開いた。この護衛隊の一匹というのがイルバだ。


「恐れ多くも申し上げますと、確かに人間は我々をここへ閉じ込めました。ですが、それはただの勘違いなのです。旧王時代レベルの戦争がいつ起きるかも解りません。理想郷を作り上げ、人間と化物は手を取り合うべきだと思います」


 王様の心は揺らいだ。旧王時代の戦争とは、旧王率いる『国王軍戦闘隊』と旧王に反対する化物および人間が共に手を組んだ『反乱軍』との戦いのことだ。


 王様がそれを知ったのは王の座に着いて、オビリオンの歴史を知るための書籍を読んでからのことであり、当時まだ幼かった彼の記憶には旧王戦争の事など残っていなかった。


 しかし、書籍からでもその悲惨さは容易に想像することができた。その悲惨な戦争を二度と起こさないために人間たちと和解しなければならない。だが、和解するには再度人間たちの前に姿を現さなければならない。


 王様は悩んだ。人間の姿で人間界へ行くことができれば中身は化物でも人間と共存できる。人間の姿なら人間を助けて勘違いされることはない。それは人間の力になりたいと思う王様の意思だった。


 そしてついに王様は理想郷計画を承認した。オビリオンで死んだ人間をベースに少し作り変えて器にし、化物が中に入り込んで人間界へ行く。そしてお互いに助け合いながら共存する。そういう計画だ。


 しかし、これを機に理想郷を提案した一人の子供はあまり姿を現さなくなり、代わりに人間の子供がよくオビリオンに落ちて来るようになった。もちろん、王様は子供たちを暖かく迎え入れた。


 だが、いつしか王様は変わってしまった。理想郷を作ることに熱を入れるあまり、オビリオンに落ちてきたまだ生きている人間の子供を片っ端から捕まえて器作りに専念した。この頃から器に入れば人間界にいけるという噂だけが一人歩きし化物たちに欲を植えつけていったのだ。


 イルバもまた王様の命で人間の子供を捕まえては王様に献上していた。心のどこかでは違うと解りながらも。


 あるときイルバは我が目を疑うような光景を目にする。オビリオンにやってきた人間の子供がナタを振り回して化物を狩っているのだ。その人間は王様に理想郷を作ることを提案していた子供だった。


 その子供の名前はマトハ。イルバはマトハを止めようとした。するとマトハは奇妙なことを言い出した。


「イルバはサ。理想郷って要るト思う?」


 イルバは唾を飲み込んだ。マトハは狂気と混乱によって酷く乱れていたのだ。顔も行動も言葉も。全てが乱れていたのだ。泣いているのか、笑っているのか、怒っているのか、分からなかったのだ。


 イルバは即座に答えることができなかった。するとマトハは特に気にしていない様子で話を続ける。


「コの子達がネ。理想郷はんターいって言っテたノ。頭に来たかラ殺しちゃっタけド……。イルバは違ウよネ?」


 イルバは俯いた。心のどこかでは違う。そう思っていた。でも、反対すれば王様はもちろんこの子にも何をされるか分かったものではない。答えることができなかった。


「ネェ、聞イテルンダケド……」


 突然、マトハが持っているナタでイルバを斬り去った。上半身と下半身に分かれるイルバ。激痛だった。死ぬのかと思った。だが、不思議と死ぬことはなかった。何をされたのか全くわからなかった。解ったのは斬られたという事実だけだ。マトハが口を開く。


「ねぇ、イルバ。ぼくニ協力しテくレるかナ。ぼク、たまに解ラなくナるの。人間が怖いっテ思うノ。死んじゃエって思うノ。イルバ。オ願い。ボくを治しテ?」


 それからイルバは護衛隊を辞めマトハと共に行動するようになった。下半身は蜘蛛のような足に付け替えられ、顔は髭を生やして以前とはまったく違う姿になって……。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


「マトハは、失敗したんじゃ……。村の人間に、心にもないことを言われて闇を大量に抱えて帰って来てしまったのじゃよ……。それからというもの、王様もマトハも人間に対して不信感を抱くようになった。全て、何もかも、変わってしまったのじゃよ……」


 イルバは男の子に語った。男の子はいつしか見た夢を思い出した。その夢は夢でありながら、真実だった。イルバが続ける。


「わしはどうすることもできんかった……。頼む。マトハと王様を元の優しい人間と化物に戻してやってくれんか。今のマトハは不安定な状態じゃが、お前さんならできる気がするんじゃ。昔のマトハと同じ目をした、お前さんならの……」


 男の子は真剣にイルバの話を聞いていた。昔話の意味は所々理解できなかったが、マトハと王様を元に戻してほしいというイルバの強い願いは伝わった。イルバが扉を指差す。


「王様は王の間におる。マトハは解らんが、ここに来ておるのならまず王の間に向かうじゃろう。扉を出てすぐ右手の階段を最上階まで。そこが王の間じゃ」


 男の子はコクリと頷くと頭を下げて部屋を飛び出していく。イルバは男の子の後姿を見て涙を流した。昔の、人間界に向かうマトハの後姿を男の子の後姿に重ね合わせていたのだった。

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