Episode 38:覚悟
ふとブールの足が止まる。アストロが不思議に思って前を向いた。眼を疑った。目前に化物が立っている。血こそ出ていなかったが全身がボロボロだ。
「や、やっと、見つけたよ!」
女性の声だった。その声にブールが手を緩めた。アストロは地面に落下する。地面に転げ落ちて視線をもう一度その化物に向けた。
「た……隊長! 指揮官! ルフェル隊長が!」
ブールは振り向きアビゴイルに呼びかけた。その声に振り向くアビゴイル。ハッとした表情を浮かべ走ってきた。
シャラボラはスッと身をかわす。蹴飛ばされそうになったからだ。イポとベリスがシャラボラを受け止めてベッドから様子を伺った。アビゴイルはブールの隣まで走ってくると片膝をつく。ブールも同じく片膝をついた。男の子はその様子をアストロを気遣いながら見ていた。
「隊長、その怪我は……」
「なにがあったの、ルフェルおねえちゃん!」
アビゴイルが問い終わる前に男の子が前へ飛び出した。ブールが吃驚した表情になる。アビゴイルも同じく吃驚していた。
「なんと無礼な!」
「ブール、黙りな!」
ブールが声を荒げるが、ルフェルがそれを制す。ブールは不服そうな顔をして下を向いた。とても気が立っているようだった。アストロが笑い出す。そのアストロを見てルフェルが舌打ちをした。アストロは声を小さくして笑った。
「一体何事だ。うるさくて眠れやしないぞ!」
ルフェルの後ろから声が聞こえた。ドリウスだった。胸を擦りながら欠伸をして怒っている。もう傷は塞がっている。ルタナスの治療とドリウスの治癒能力が酷い怪我を治したのだろう。ドリウスの声にルフェルが振り返ると、ドリウスは眼を丸くした。口をあんぐりとあけてアホ面になる。
ルフェルは眼をそらした。ドリウスが人差し指を震わせながらルフェルを指差した。ルフェルは腰に手をやってドリウスを見据えた。
「ルフェル? ルフェルなのか!」
ドリウスがそう叫ぶとルフェルが腰に当てていた手を前へと突き出し、小型のナイフを飛ばした。咄嗟にドリウスが短剣を構え小型ナイフを弾いた。
「これは警告だ。この子を渡してもらうよ!」
ルフェルは男の子を指差してそう言った。男の子はビクッとして後退りする。アストロが笑うのをやめて口を開いた。
「お前さん、また騎士団に……」
「警告だといったはずだ。もし下手な真似をするようなら容赦しないよ!」
ルフェルは声を荒げている。ドリウスがいつでも飛び掛かれる体勢で短剣を構えた。アストロもまたよろよろと立ち上がり、後ろ手に青い光の槍を形成している。
ルフェルもまた腰を屈めて戦闘態勢に入りつつある。ドリウスが口を開く。
「何故だ、ルフェル。何故この子を狙うのだ!」
「アンタらには関係ない! 応じないようだね。お前たちは手を出すんじゃないよ!」
ルフェルは一層声を荒げて言葉を吐き捨てると腰につけていた短剣を抜きドリウスの方へと走っていった。アビゴイルとブールは返事をすると戦闘区域外に下がった。
アストロが光の槍を飛ばす。ルフェルはその槍を身軽さに任せてしなやかにかわし、その勢いを活かしてドリウスの頭上から一直線に回転斬りをお見舞いした。
しかし、ドリウスはルフェルの短剣を、いつの間にか変化させていたランスで受け止める。ガキンと金属音がする。
「二人ともやめて!」
男の子が叫んだ。そしてルフェルの方へと歩みを進める。進めているつもりだった。だが一向に進んでいない。一歩が出ない。膝が笑っている。ガクガクと震えている。全身がまるで金縛りにあったかのように動かなかった。言うことを聞かなかった。
何か恐ろしいものにとり憑かれているような感じだった。ルフェルの短剣を受け止めていたドリウスが口を開く。
「な、何故こんなことをするんだ」
「だから、関係ないって言ってるだろ!」
ルフェルは声を荒げたまま言った。そしてランスを弾く。その衝撃でランスはミシリと音をたてた。軋む音がした。
アストロが咳をしながら静かに笑う。ルフェルが飛び退いた先に青い槍が上を向いて待っていた。槍先に青い光が集まっていく。ルフェルは舌打ちをすると上半身を翻した。
青い光線が放たれる。光線はルフェルの足元に向かって一直線に飛んできた。ルフェルが空で更に身体を捻りそれをかわす。以前戦ったときとは比べ物にならないほど素早く、そして美しかった。甘美な香りがふわりと漂う。
ルフェルが着地するとその後ろからドリウスがランスを横なぶりに振るってきた。ルフェルは上半身を後ろに反らしてその攻撃をかわす。ドリウスは当たると確信していたためか空振ったランスの重さで体勢を崩し身体が持っていかれそうになっている。
ルフェルはすかさず両手で地面を押し、その力を利用してバック転する。両足を開いてドリウスの顔面に飛び乗った。ドリウスはそのまま後ろに倒れる。鼻を塞がれたドリウスがもがいている。
「くぷぷぷ……。や、柔らか……。ぷにぷにするが、く、苦しい!」
ルフェルはハッとして顔を赤らめた。アストロが右手を前に突き出して青くて小さな光線を放ってくる。
飛んでくる光線の気配を感じ取ったルフェルは赤らめた顔をアストロの方へ戻してドリウスの顔面からバック転で距離をとった。構え直して飛んでくる光線を短剣で弾く。アストロがクハハと笑った。
ルフェルが頭をぶんぶんと振って再度構え直しアストロの方へと走っていく。不意にその進路を遮るように飛び出してくる影があった。
「もうやめてよ!」
男の子だった。両手を広げて男の子が立っていた。脚をガクガクと震わせながら、唇をキュッと結んでガチガチと鳴る歯をグッと食いしばって、その震えを殺すかのように鋭い目でそこに立っていた。
「どきな! 戦いの邪魔をするんじゃないよ!」
「どかない!」
男の子は言い放った。その場にいる誰もが驚いた。
男の子の目には強い覚悟があった。脚こそ震えているものの覚悟があった。斬られる覚悟があった。
例えルフェルが騎士団の仲間に戻っていたとしても、別の理由があったとしても、それが何かは男の子にはわからなかったが、それでも斬られてもいいという覚悟があった。そこにはルフェルを信じる心があった。
ルフェルが唇を噛みたじろく。アストロが笑いながら男の子の元へと歩み寄り男の子の頭をぽんぽんと叩きルフェルに右手を向けた。
「やめてアストロ! ぼく、ルフェルおねえちゃんのところに行くよ」
「な……。お、お前さん、正気か?」
皆が更に驚いた。アストロは特に驚いていた。アストロが男の子の方を向いて問うた。男の子は俯いている。少し時間があったがコクンと頷いてルフェルの方を見た。ルフェルは体勢を崩さずに戸惑った顔をしていた。男の子がルフェルの方に足を進める。アストロが男の子の腕を掴んだ。
「行くな!」
「離して、アストロ」
男の子は冷たく言った。アストロは小さく笑いをこぼして震えていた。その震えは掴んでいる手を伝って男の子にも伝わった。アストロが震えている。男の子は胸が張り裂けそうになった。だがそれでも男の子はルフェルの方を見ている。ドリウスが口を開いた。
「お前が行く必要はない! オレ様が、オレ様たちがお前を守ってやるから!」
「ぼくは、ルフェルおねえちゃんを信じる」
ドリウスの声も空しく、男の子は冷たくそう言った。その言葉にアストロが怒りをあらわにする。
「行くな! お前さんは俺たちの傍にいろ!」
アストロが男の子の腕を掴む力を強めた。力強かった。痛いなんてものじゃない。下手したら腕の骨が折れそうなほど強く握っていた。男の子は痛みを我慢して腕を振ってアストロの手を振り払う。アストロの左目が赤く光る。
「ごめんね、アストロ」
震える声で男の子が呟いた。
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