Episode 34:俊足強靭のアヒル

「治せますよ」


 若々しい声がアストロの問いに返答した。声の方を向くとダリオンが本を持って立っていた。真剣な顔をしている。ルタナスはダリオンを見て頭を掻いた。ダリオンはルタナスの方をまっすぐ見ていた。


「姉さんが言ってたんだ。たとえ死んでも器にさえ入ってしまえば生きれるって」


 アストロが目を見開いた。

 器――人間の子供の肉体から精神を抜き取ったもの。人間の子供の抜け殻。化物がオビリオンでも人間界でも暮らせる理想的な肉体。化物の中では喉から手が出るほど欲しい器である。ダリオンの目は本気だった。アストロは首を振る。


「ダメだ。それじゃあダメなんだ」


「アストロさんもネビィ姉さんを生き返らせたいんですよね?」


 ダリオンに言われて言葉に詰まるアストロ。頷くことなどできなかった。頷けば器を作ることに賛同することと同じだ。アストロは絶対にそれだけは認めたくなかった。


 だが、どこかでネビィのことを想っていた。アストロは葛藤していた。答えは出ているが、それでもアストロは迷っていた。ダリオンは本を閉じた。アストロの前に歩いてくる。下からアストロの顔を覗き込むように迫ってきた。アストロはまた目を見開いて顔をそらす。


「僕は姉さんを生き返らせたいんです」


「やめろダリオン」


 ルタナスがダリオンの肩を掴んでアストロの前から引き離した。


「僕のたった一人の姉さんが死んだんだ! ルタナスには分からないよ!」


 ダリオンがそう言い放って俯いた。ルタナスは頭を掻いた。男の子にはダリオンの気持ちが分かる気がした。自分にもお兄ちゃんがいる。お兄ちゃんが死にそうになったこともある。実際に今現在、お兄ちゃんはいない。生きているか死んでいるかも分からない。


 だが、生きていると信じて探している。おそらく男の子もお兄ちゃんが死んでしまったとしたらダリオンのようになってしまうのだろう。男の子は悲しくなった。


 その時、ダリオンの本が禍々しく光った。本が開き、中から三つの光が飛び出した。その光はダリオンと男の子を隔てながら、ダリオンを囲むように飛び回りその形を形成していった。


 光がポンッと弾け、中から黒く大きな翼の先に鋭い爪を持ち、それとは別に筋肉質な腕があり、大きく平らなクチバシを持った醜いアヒルのような化物と、同じく大きな黒い翼を持ち、細い両腕に細長いクチバシと細長い足を持ったツルのような化物。


 そして同じく黒いが翼というよりも悪魔のそれに近い羽が生え、八重歯が生えた褐色肌で釣り目の人間の子供のような、可愛らしい化物が現れた。ダリオンはその場で倒れていた。褐色肌の化物が腕を組み、釣り目をさらに釣りあがらせて口を開いた。


「ボクのお兄ちゃんになにするのさ!」


 その声はとても大きく高かった。そこにいた皆が吃驚して息を呑む。褐色肌の化物は両隣にいるアヒルのような化物とツルのような化物と一緒にアストロたちを睨んでいた。


「近づきすぎだよ、この馬鹿。暑苦しいだろ!」


 褐色肌の化物がアヒルのような化物とツルのような化物の頭をポカリと殴った。アヒルのような化物が殴られたところを片手で擦りながらもう片方の手を拳にして震わせている。傍らでツルのような化物は両手を合わせて祈りを捧げているようだった。


「お前さんたち……。確かネビィの」


 アストロが問うた。褐色肌の化物がギロリとアストロを睨んだ。


「そうだよ! そこのアホが殺したお姉ちゃんの家族さ!」


 褐色肌の化物はそう言うとドリウスを指差した。ドリウスは困った顔をしている。アヒルのような化物が腕を組みながら翼の先にある鋭い爪をドリウスに向けた。殺気があたり一面を包み込んでいた。


 先ほどまで祈りを捧げているようにしていたツルのような化物がぶつぶつと何かを言いながらドリウスを睨みつけていた。アヒルのような化物が褐色肌の化物の方を向き、尋ねるように口を開く。


「なぁ、もう殺っちまってもイイですかい? 身体がウズウズしてしかたねぇ」


 褐色肌の化物は横目でアヒルのような化物を見た。


「イイよ。イポ、ベリス、ヤっちゃってよ!」


 褐色肌の化物がクイと顎で命令した。アヒルのような化物――イポは雄叫びを上げてドリウスの方へと凄まじい速さで飛んでいった。ドリウスは短剣を構える。短剣がランスへと姿を変える。


 遅かった。ドリウスの両腕がイポの硬い鉄のような翼でサクっと斬れた。ドリウスは苦痛の声をあげた。額に汗をかき、その場に跪いた。


 イポは速かった。男の子が今まで見てきた道路を走る自動車より、テレビで見た滑走路から飛び立つ飛行機より、遥かに速かった。人間の目には到底追いつけぬ速さだった。


 イポはドリウスの後ろで腕を組み笑っていた。ドリウスはその場で蹲るしかなかった。男の子もまた何が起きたのか分からずにいた。気付いたらドリウスが声をあげて血を噴出しその場に跪いていた。恐ろしくて声も出なかった。

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