Episode 33:ドリウスとレイラ
ブルエがフォラスの足の治療を済ますとダリオンに一般兵患者の看護を任せて、ルタナスのところへと足を運ぶ。ルタナスはブルエを見てニッと笑った。ブルエも同じようにニッと笑う。
「また腕を上げたなブルエ。流石だ」
「先生に比べたらまだまだ届きませぬ。早く損壊した者も治せるようにならなくては」
ブルエが俯きながら悔しそうにバンシーの肉片を見る。ルタナスはハァと息を漏らしブルエの肩をポンポンと叩いた。
「ブルエ。医療団に必要なことは何だ?」
「それはもちろん目の前の命を救うことです」
「だろう。多くを救いたい気持ちは分かるが、焦っていては救える命も救えなくなる。今のお前はちと焦りすぎている節がある」
ブルエがルタナスを見る。ルタナスが腕を組みバンシーの肉片を見ながら口を開く。
「医学は日々進歩する。が、その進歩は全ての不可能なことを可能にするとは限らない。できないことで頭を悩ませるより、できることを精一杯して救える命を救う。医者が残酷だと言われちまうのはこんな思考からなんだろうが、そこで止まってる時間はねぇんだ」
ブルエは俯いたままだ。ルタナスはもう一度ブルエの肩を叩いた。ブルエはクルリと街の外の方を向いて歩いて行ってしまった。ドリウスが後を追おうとする。ルタナスがそのドリウスの腕を掴んで止めた。
「一人にしてやれ。色々と思うことがあるだろうからな。あいつはな。腕は確かなんだがとにかくバカ真面目でな。謙遜しながらすぐに自分を責める。困った奴だぜほんとに」
ルタナスがため息をつきブルエが歩いていった方を見据えた。ドリウスはケープで口元を隠そうとした。しかしそこにケープはなかった。ドリウスは焦った。母上がくれたケープが無くなってしまった。キョロキョロと周りを見渡す。
「どうした?」
「オレ様のケープがないんだ!」
ドリウスは困った顔をして焦っていた。それを聞いてルタナスも辺りを見渡した。
「もしかして、廃品置き場に落としてきたのか……。くそっ」
「それなら俺に任せろ。探し物は得意だ」
ルタナスはそういうと高く飛び上がった。そして姿をくらました。ルタナスの能力である。
ルタナスは姿をくらまし、テレポートする能力がある。その範囲はかなり広くオビリオンの各地に飛んでいける。これにより医療団はいち早く患者の元に駆けつけることができるのだ。ドリウスはルタナスが姿をくらました空を見て呆然としていた。
「ドリウス、これ……」
男の子が後ろからアストロを指さしながらドリウスに声をかけた。ドリウスがアストロの方を見る。ボロボロになった赤黒いケープを首に巻いたアストロが寝かされていた。
ドリウスは目を見張った。何故アストロがドリウスのケープをしているのか。ドリウスには分からなかった。そもそも今までしていたかどうかも分からない。
実際にアストロはずっとドリウスのケープをしていたのだが、そこまで気が回らなかったのだろう。ドリウスはアストロに近づいた。アストロは気を失っている。ドリウスはアストロの首に巻いてあるケープに手をかけた。
「兄貴……。ありがとうな。オレ気付かなかった。ずっとケープ巻いててくれたんだな」
ドリウスが微笑み、ケープから手を離そうとすると腕を何かに掴まれた。ドリウスは吃驚して掴まれた腕をブンブン振った。笑い声が聞こえる。どこかで聞いたことのある笑い声だった。ドリウスが声の方を見るとそこには目を開けて笑っているアストロがいた。
「おはようさん」
アストロが笑いながら言った。ドリウスが尻餅をつく。吃驚して腰を抜かしたようだ。
「アストロ!」
男の子がアストロの傍に駆け寄った。アストロが上半身を起き上がらせて男の子の頭を撫でた。ドリウスが腰を抑えながら唸っていた。ドリウスの姿を見てアストロと男の子が笑う。ドリウスは片手で腰を抑え、片手で拳を作って前後にブンブンと振って怒った。
「兄貴、吃驚させるな!」
「悪いな。それより、ずっとこのケープしてたんだが気付かなかったのか?」
アストロが笑いながらドリウスを煽る。ドリウスは悔しそうに足をばたつかせた。アストロがドリウスにケープを巻くとドリウスは口元を隠して立ち上がろうとした。すると今度は大きな叫び声が聞こえた。その声に吃驚してドリウスが再度尻餅をつく。
アストロが声の方を見た。そこには左手で頭を抱えて叫んでいる獣がいた。レイラだ。レイラは左手で頭を抱えては毛を掻き毟っていた。
男の子が近づこうとする。レイラはギラリと光る目で男の子を見た。そしてまた叫ぶ。その叫び声には言葉がなかった。ただただ悲しそうな悔しそうな、それでいて苦しそうな、そんな叫び声だった。男の子があまりの迫力に固まる。
アストロが男の子の傍に近寄ろうとしたが足元がおぼつかない。まだ完全には回復していないのだ。いつの間にか立ち上がっていたドリウスがアストロに休んでいるよう促し男の子の手を引きアストロの元へと連れてきた。
「兄貴、この子を頼む。オレはレイラを」
アストロが頷き男の子の頭を撫でた。
「レイラ!」
レイラにはドリウスの声が聞こえていない。頭の毛を掻き毟っている。
「レイラ止めろ!」
ドリウスがレイラに近づいてレイラの腕を掴んだ。レイラはまだ暴れている。頭の毛を掻き毟ろうとする。ドリウスはレイラを押さえ込もうとした。レイラは腕を振るって抵抗する。それでもドリウスはレイラを押さえ込もうとした。
レイラの腕が高く上がった次の瞬間、ドリウスの顔面にその腕が振り下ろされた。ガリガリと嫌な音がして地面に赤い液体が飛び散った。レイラの鋭い爪がドリウスの顔面を掻き切ったのだ。ボタボタと血が流れている。重症だった。
ドリウスはレイラを抱きしめた。背中をポンポンと叩く。ドリウスの血がレイラの緑の服を染めていく。レイラは泣いていた。泣きながらドリウスに抱きついていた。
「大丈夫だ。落ち着け。大丈夫、大丈夫」
ドリウスは大丈夫と言いながらレイラを抱きしめていた。レイラは泣いていた。泣きながらドリウスにぎゅっと抱きついていた。まるで子供のように、泣きながら抱きついて肩を震わせて、怯えていた。
そこにルタナスが戻ってくる。ルタナスは残念そうな顔をしながらドリウスの方へと近づこうとした。ルタナスは混乱した。目の前で顔からドバドバと血を流したドリウスと泣いているレイラが抱き合っていたのだ。
「おい、こりゃどういうことだ?」
ルタナスがアストロに問う。アストロはルタナスに経緯を手短に話した。ルタナスは顎を撫でて二人の元に歩いていった。ドリウスがルタナスの方を見る。
「しばらく一緒に居てやってくれ。応急処置だけここでしちまうからよ」
ルタナスはドリウスの顔の血を拭き取り、消毒をした。ヒリヒリと痛むのを我慢してドリウスはレイラを抱きしめていた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
しばらくするとレイラは泣き止み、泣き疲れたのかそのまま眠りについた。ドリウスに抱きついたまま眠っている。ドリウスはレイラが起きないようにそっと立ち上がった。
「こっちに連れてこい。ここのベッドに寝かせよう」
ルタナスがレイラをベッドへ寝かせるよう指示する。ベッドと言ってもルタナスが崩れ去った医療団ハウスの瓦礫から作った簡易ベッドであるため医療団が使用しているものよりもはるかに固かった。ドリウスはレイラをベッドに寝かせた。
レイラは唸っている。悪夢を見ているようだ。ルタナスは事の説明を急いた。ドリウスはまだヒリヒリと痛む顔を揉み擦りながら痛そうな顔をしてルタナスにこれまでの経緯を説明した。
ルタナスは頷きレイラの方を見た。レイラの目からは涙が流れていた。涙の跡も無数にあった。相当流したのだろう。時折鼻をすすっては誰に向けたものか分からない謝罪の言葉を発していた。
ドリウスも心配そうにレイラの方を見る。ルタナスがドリウスを見て頷いた。
「大丈夫だ。レイラは強い娘だ。すぐに良くなるさ」
「だといいが……」
ドリウスが力なく呟いてレイラに近づいていった。アストロが口を開く。
「お前さん、医療団のカシラだろ」
ルタナスがアストロに視線を移し頷いた。アストロが笑う。ルタナスは首をかしげた。ルタナスには分からなかった。なぜアストロは笑っているのか。分からなかった。
「なんだ、医療団はお高い奴しか面倒見ないのかと思っていたが、そうでもないんだな」
アストロが笑いながら嫌味っぽいことを言った。
「そこに患者が居れば救う、それだけのことだ」
「なるほどな。それなら、一度死んじまった奴は治せるのか?」
アストロは俯きながら呟いた。ルタナスからの返答はない。アストロは肩を落とした。
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