Episode 29:青い鎧の騎士団

 外が騒がしい。レイラが窓から外を見る。そして目を見開いた。


「皆の者、戦の準備じゃ! コンタクト!」


 コンタクト。その声を聞いて皆がバタバタと慌てだす。医療団の皆がみな双剣や大剣、巨大槍、弓などの武器を持っていた。


「お兄殿がまだ戻られておりませぬ。最悪なタイミングですな」


「仕方あるまい」


 ブルエが巨大槍を背に担いで言った。レイラは矢筒を背負いながら言う。ドリウスは寝ていた。レイラはドリウスの頬を思い切り叩くと、痛さで目覚め何事かと辺りを見回す。


「敵襲じゃ! お主も加勢せよ!」


 レイラが言うとドリウスは訳も分からないままとりあえず頷いた。レイラがベルトを外すと、ようやく皆が戦の準備を整えていることに気付いたドリウスが棚に置かれた短剣を握る。短剣はランスへと姿を変えた。見張りの一匹が中に入ってきた。傷を負っているようだ。


「早く治療しなくては!」


 フォラスが見張り兵を治療しようとベッドへ誘導しようとした。見張り兵が口を開く。


「隊長。こんなもの、どうということはありません! それより、騎士団は男の子を差し出せと申しておりました。その子のことでは?」


「交渉には応じません。その子は人の子です。捕まれば何をされるか容易に想像がつきます。我々、医療団は決してその子に指一本触れさせはしません!」


 フォラスが叫んだ。医療団の士気が上がる。


「誰も欠けてはなりませぬ! 我が先陣を切ろう。それに続くのだ! いざ、戦場へ!」


 ブルエが勢いよく飛び出していく。後ろからフォラスとレフォル、レイラが続く。さらにその後ろを見張り兵が続く。アストロとドリウスは男の子とダリオンがいる家の入り口を守る。騎士団の数は多かった。だが、統率しているような化物は見当たらなかった。


「こやつら、遊撃部隊か! 本隊はどこじゃ!」


 レイラが辺りを見回す。どこを見ても一般騎士しかいない。ブルエは騎士たちをなぎ倒し前線を押していく。ブルエが仕留め損ねた騎士を双剣のフォラスと大剣のレフォルが仕留める。


 レフォルが液体の入ったビンを後ろにいるレイラに渡す。レイラは矢をビンの中の液体に浸して装填する。それで射抜かれた騎士は苦しそうにもがいた。どうやらあの液体は毒らしい。レフォルは戦いの合間で薬を調合し、レイラに渡していた。


 一匹の騎士が剣を振り上げレフォルに襲い掛かる。レフォルはそれをひょいと避けると二刀流で騎士を斬った。一本は今襲ってきた騎士のものである。いつの間にか奪い取っていたのだ。


 レフォルは薬の調合だけでなく盗みの天才だった。だが、それが癖になり毎日医療団を困らせている。戦場では自分に降りかかる武器はほぼ奪うことができるため、非常に便利である。


「あいつらすげぇな……」


 ドリウスが呟く。アストロが笑った。


「ただの医療団じゃないってことだな。ドリウス後ろだ」


 アストロが言うとドリウスが後ろを振り返りランスを構えた。丁度そこに刀が当たる。


「……見抜くとは」


 茶馬に乗った獅子の顔を持つ青い鎧を着た騎士が刀を向けていた。その後ろから蒼馬が飛び出してくる。ドリウスたちの頭上を飛び越え、見張り兵の集団の中に舞い降りた。


「バンシー、華麗に参上ってね」


 蛇の尻尾を生やして青い鎧を着た愛想の良い男が蒼馬に乗ってアストロたちに微笑みかけていた。そして、茶馬の横をゆっくりと一本角が生えた黒馬が歩いてきた。黒馬に乗った男は一本角が生えた冑を被り、鎧は青かった。


 三対二。分が悪い。アストロが焦り始める。対魔化薬のせいで悪魔の力は十分に使えない。使えたとしてもわずかだろう。男の子に危険が迫っていた。


 そのとき、バンシーが落馬した。蒼馬はバンシーを置いて走り去っていく。バンシーが両刃の長剣を構えた。その先には両手に長い曲刀を持った男が立っていた。


「危険なので普段はこの姿にはならないのですが、相手が相手なので仕方ありません」


 フォラスだった。銀をベースに赤色の装飾が施された鎧に身を包み、頭には二本の大きな角が生えた冑を被った姿で立っていた。悪魔化したのだ。相当強い相手なのだろう。バンシーが悪魔化したフォラスを見ても余裕の表情を浮かべていた。にっこりと笑って剣を構えていた。


 これで三対三。数は互角だがアストロとドリウスは悪魔化できない上にフォラスが悪魔化するくらいだ。戦力では圧倒的に相手の方が上だと思われる。


 黒馬に乗り、一本角が生えた冑を被っている男が降馬する。黒馬はその男に顔を擦り付けると走り去っていった。よく手懐けられているようだ。それに倣い茶馬に乗った獅子頭の男も降馬した。


「ブール、バンシー、騎士は相手にも敬意を示すものだ。故に不意打ちなど恥ずべき行為である。我は、保安隊指揮官、アビゴイルという。お手合わせ願おう」


 一本角の冑を被った男が礼儀正しく挨拶した。バンシーが両手を広げて構えを崩しフォラスの方を向く。にっこり微笑みながら口を開いた。


「保安隊所属のバンシー。よろしく頼むよ」


「同じく、ブール。……のことは覚えなくても良い」


 ブールは無愛想に挨拶した。自分のことを『が』と呼ぶようだ。ドリウスはそれがおかしかったのか笑うのを堪えていた。


 アストロは考える。保安隊の隊長はルフェルだった。当然指揮を執るのはルフェルだが、アビゴイルは指揮官と言った。アストロが口を開く。


「アビゴイル。お前さんが指揮官だと? ルフェルは自然治癒ができる化物だ。そう簡単には死なないはず。まさか、死んだのか?」


「ふむ。隊長を知っているのか。隊長は行方不明だ。我々は隊長の捜索とフレウ副隊長の奪還および王への報復を目的として動いている」


 アビゴイルはずいぶんと素直に答えた。アストロはあまりにも素直に答えたため吃驚していた。さらに目的まで話してきたため二重に吃驚した。だが、また疑問が増える。フレウの奪還という目的である。


「フレウは死んだんじゃなかったのか」


「いや、辛うじて生きているが王に捕まっている。奪還するには人間の子が必要でな」


 アビゴイルはまた素直に答えた。これが真実かどうかはアストロたちには解らない。もし仮にそうであっても絶対に男の子を渡すわけにはいかなかった。アビゴイルが続ける。


「隊長と副隊長は自ら反逆の道に進んだ。我々は保安隊に身を置いてはいるが、本心は隊長と副隊長の元にあるのだ。だから副隊長を助けたい」


 ブールが頷いた。どうやらこれは本心のようだ。ルフェルとフレウは寝返った。アストロはそれに気付いていた。牢獄でもルフェルが男の子を助ける姿を見た。


 もしあの時点でフレウと共闘していればフレウが傷を負わず、ルフェルが行方不明にならず、この騎士たちと戦うこともなかったのかもしれないとアストロは少し後悔した。アビゴイルが口を開く。


「名をアストロと言ったか。お前は反逆者だと聞いている。隊長や副隊長を知っているとは、ずいぶんと顔が広いようだ。学もある。目的も同じではないか。どうだろう。我々と手を組まないか。大人しく人間の子供を差し出せば全員見逃そう。王宮への案内もしよう。何なら我々がそなたらの駒になってもよい。無駄な争いだけは避けたいのだ」


 アストロは考えた。ドリウスが首を振っている。アストロは解っていると頷いた。そして笑いながら言う。


「確かに、王のやり方には反対だ。可能なら二度と人間の子供を器にさせたくない。だが、お前さんたちの要望にも答えられないな。俺たちはあの子を守らなければならない」


「そうか……。それは残念だ」


 アビゴイルは首を横に振り両刃の槍を構えた。

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