Episode 30:清らかな悪魔化と完全なる悪魔化

 アビゴイルがアストロに向けて槍を一振りした。アストロはそれをひらりとかわした。つもりだった。槍はアストロの右肩に落ちていた。アストロが苦痛の声を上げる。ドリウスがアストロの右肩に刺さっている槍を弾こうと駆け寄る。だが、その前を一本の刀がふさいだ。


おのかたぎなり」


 ブールの刀だ。その刀はドリウスの首を刎ねようとする。ドリウスは身体を仰け反らせそれをかわした。だが、刀は流れるように下から上へと斬り上げられる。ドリウスの左腕が飛んだ。ドリウスがその場で左腕を押さえて痛みにもだえる。


 それを見たフォラスは何とかしてブルエを呼び戻そうとした。だが、ブルエは最前線で騎士たちが町に入ってこないように食い止めていた。レフォルもレイラも同じだ。


 フォラスは二本の曲刀を身の前に構えた。バンシーは容赦なく華麗に長剣を振るう。まるで踊っているようで滑らかな剣捌きだった。フォラスは悪魔化しているがバンシーの攻撃を防ぐので精一杯だった。


 青い騎士たちは強かった。既にアストロとドリウスは息が上がっている。アビゴイルは槍をアストロの肩から抜き、手を返して、槍の柄の方をアストロの腹部、足、腕、そして頭、すべてを狙い攻撃してくる。一発がとても強く、人間なら骨折どころか肉が引きちぎれ、折れた骨がむき出しになっているほどだ。


 アストロはその一撃一撃をかわした。だが、一撃の間隔が短く、一つをかわせば次の一撃がアストロを襲った。アビゴイルがまた槍を返してアストロの左肩に刃を落とす。先ほどとは違い勢いがついていたためアストロの左腕は切断された。大量の血があふれ出た。


「くっ!!」


 アストロがまた苦痛の声を上げる。

 男の子は二階の窓から外の様子を伺っていた。泣き出したい気持ちを抑える。騎士たちを恨む気持ちが溢れてくる。だが、アストロは言った。決して誰も恨むなと。必至に恨みを堪えた。あふれ出てくる憎しみを、恨みを、男の子は必至で堪えていた。


 ダリオンが本を持って、とあるページを開いた。それを男の子に見せる。そのページには男の子を気遣う言葉が書かれていた。


――俺たちは負けるわけにはいかない。必ずあの子を守り通す。


――オレ様はいつだってあの子の味方だ。だから、必ず勝って笑顔にさせるんだ!


 アストロとドリウスの思考だった。アストロもドリウスも自分がピンチになりながらも男の子のことを考えていた。


 男の子は涙を流した。アストロもドリウスも身体がボロボロになって戦っていた。血を流し、苦痛の声をあげ、それでも心は常に戦っていた。いや、心だけではない。身体の中にあるすべてを賭けて戦っていた。


「君は、大事にされているんだね。身体を使って戦うことはできないけど、せめて心は一緒に戦っていよう。祈ろう。皆が勝って戻ってこれるように」


 ダリオンはそういうと自分の胸に手を当てて祈った。男の子も同じように胸に手を当て祈る。あたたかい感じがした。皆に包まれている感じがした。心が安らいでいく。男の子の中から怒りや憎しみ、恨みが消えていった。


 突然外で風が巻き起こる。風は窓をガタガタと振るわせた。男の子は吃驚して外を見る。アストロとドリウスが立っていた。祈りが通じたのだろうか。アレだけボロボロだった二匹が両足を地に着いてしっかりと立っていた。


 ドリウスが上を見上げる。二階の窓に向かって微笑んでいた。そして正面に向き直ると胸に意識を集中させた。ドリウスの中で爆発が起きた。その爆発は身体中に力をみなぎらせドリウスの姿を変化させた。ドリウスの左目が青く染まった。


 アストロも同じように胸に意識を集中させる。アストロの中で爆発が起きた。アストロの身体中に力が沸いてくる。アストロの左目が青く染まった。


 アストロとドリウスは悪魔化していた。だが、それは禍々しいものではなく清らかな悪魔化だった。


「俺は、ここで負けるわけにはいかねぇのさ。もう終わらせるぜ?」


 アストロが笑いながら言った。


「オレ様にも届いたぞ。すぐに行くから、待っていてくれ!」


 ドリウスが目を閉じて言う。


「いけません! 今すぐ悪魔化を止めてください!」


 フォラスが叫ぶ。バンシーの攻撃がやむことはない。叫ぶのがやっとだった。バンシーは悪魔化したフォラスを徐々に追い詰めて行った。フォラスはちょこちょこアストロとドリウスを気にする。


「余所見してる余裕があるのかい?」


 バンシーが笑いながら言った。攻撃スピードが上がる。


「お止めください! 身体が持ちません!」


 フォラスはもう一度アストロとドリウスに叫んだ。それでもアストロもドリウスも悪魔化をやめなかった。アストロが右腕で力を溜めると、小さな青い光の槍が無数に生成された。それをアビゴイルに向けて放つ。アビゴイルは槍を廻しそれらを弾いた。


 アビゴイルが辺りを見渡す。アストロは姿を消していた。


「お前さん、どこ見てんだ?」


 アストロはアビゴイルの背後にいた。アビゴイルが槍を振るい距離をとる。だが、既にアストロの姿はそこになく、アビゴイルの背から大きな青い光の槍が胸を貫いた。アビゴイルが口から血を吐く。


 アストロは笑っていた。アビゴイルが肘を後ろに突き出す。それはスカッと空を突いた。アストロが目の前にいる。アビゴイルは槍を前へと突き出した。アストロがひらりとそれを避ける。


「そこか!」


 アビゴイルはアストロの動きを先読みして槍を振るった。それも外れた。アストロは自由自在に攻撃をかわしながらアビゴイルの周りを移動していた。気付けばアビゴイルの回りには無数の青い槍が浮いていた。その槍の先から青い光線を放つ。四方八方から放たれた光線を浴びたアビゴイルの身体は穴だらけになった。


「指揮官!」


 冷静だったブールが思わず声をあげる。


「お前の敵はオレ様だぜ」


 ドリウスが青い光をまとったランスを腰に構えていた。咄嗟にブールが刀を横にして心臓を守るように構える。そこにドリウスがランスをねじ込んだ。ガリガリと嫌な音をたてて刀がしなる。刀身が見る見るうちに湾曲し、パキリと音がした。ブールの足はその勢いに押され動かない。


 パキンと刀身が折れ、ドリウスの横スレスレを飛んでいった。ランスがそのままブールの心臓を突き刺し背中までを貫いた。ブールがガクリと膝をつく。ドリウスがランスを引き抜いた。ランスにまとった青い光がブールの血を吸い取っていった。


「くっ! 美しくない!」


 フォラスを攻め続けていたバンシーが一層強く剣を打ち付けて、フォラスを怯ませると方向転換してドリウスに突っ込んでいった。ドリウスは咄嗟にランスを構える。バンシーは狂ったようで華麗に剣を振り続けている。


 それらはすべて急所を捉えようとしているがドリウスはその動作を見切って防いでいた。アストロが青い光の槍を飛ばす。バンシーが舌打ちして飛び退いた。その背をフォラスが斬る。バンシーの背にバツ印の傷ができた。


「貴様ァァァァ! 背の傷は騎士の恥アァァァァア!」


 バンシーが叫ぶ。怒り狂っていた。剣を自分の腹に刺す。血を吐き出した。


「貴様ら、許さねぇ。許さねぇぞ!」


 バンシーの身体から赤い煙が立ち昇る。バンシーの頭の上に二本の角が生えた。それは長く天を差して伸びていく。鎧が砕け細身の身体が姿を現す。ただ細身の身体と言っても人間のようなものではなく、悪魔の肌だった。


 その肌は陽の光を跳ね返して赤や金色に見えた。よく見るとそれ自体が鎧のようになっており、見た目とは裏腹に強固そうだった。


 蛇の尾は細く長く変化し、背には大きな翼が生え、見た目は完全に悪魔になった。それを真似するように、穴だらけになったはずのアビゴイルも、心臓を貫かれたブールも形を変えていった。


 アビゴイルは一本角が天に向かって伸び、途中で枝分かれをした木の枝のような角に変化した。全身の鎧も青から黒に変わっており、よりゴツくなっていた。


 またブールは獅子のタテガミが長く逆立ち、より雄雄しくなり、二本の角が天に向かってうねりながら伸びていった。そして白銀の鎧を身に着け、大刀を持っていた。


 三匹は完全に悪魔化していた。アストロやドリウスなどとは違う。完全なる悪魔化。それはアストロとドリウスが敵う相手ではなかった。フォラスも完全に悪魔化しているようだが、通常時のバンシーにさえ手が出せなかったほどだ。


 これでは全く勝ち目がない。そのとき、ブルエたちが戻ってきた。騎士たちを全員行動不能にしたとのことだ。完全に悪魔化した三匹の騎士を見るなり、医療団は皆がみな悪魔化した。アビゴイルが感心した様子でそれを見る。


「……これが我々医療団の真の姿です。話は後にしましょう。皆さん行きますよ!」


 フォラスの一声で三匹と各々が戦いを始める。レフォルの顔は二本の角の生えた骸骨になっており、獅子頭ではなくなっていた。ローブの下には黒い鎧を着ていた。大剣は青い稲妻を帯びてより大きくなっていた。


 レイラは大人びたオオカミの姿になっていた。緑色のローブを身に纏い、頭には小さな二本の角が生えていた。弓は禍々しく光るゴツい弓に変わっていた。左目を眼帯で隠していた。


 ブルエは鋼色の馬鎧に身を包みガントレッドをして、頭には二本の角の生えた、骸骨を模した冑を被っていた。手には二又になった巨大槍を持っていた。


 フォラスがバンシーに斬りかかる。バンシーは両刃の長大剣でそれを受け止め一振るいする。フォラスが思い切り吹っ飛んだ。そこに追い討ちをかけるようにバンシーが飛び、追いかけ、剣を振るう。その剣を間に入ったブルエが止める。巨大槍はミシリと音をたてたが折れることはなかった。


 ブルエがバンシーの剣を弾く。そこに大きな鏃のついた三本の矢が飛んでくる。三本すべてがバンシーの細身の身体を捕らえた。だが、すべての鏃が砕け散る。それほどにバンシーの身体は強固だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る