Episode 27:新たな町テステ・ペルテにて

 アストロたちは廃品置き場から出るための出口を探していた。二人とも今までの戦闘の疲労と、悪魔化の負荷が溜まっている。しかし、ドリウスは治癒能力のお陰でそれらが幾分か軽減されており、アストロほどではなかった。


「大丈夫か、兄貴」


「あぁ……。何とかな」


 ドリウスがアストロを支えながら歩く。男の子も心配そうにアストロの手を握っていた。その先々に黒くてブヨブヨとした塊がいた。


 それだけではない。複数の化物とデドロが結合してできた『デドロ結合体』が幾度となく行く手を阻んだ。その度にドリウスがランスを振るい、アストロは力任せに結合体を破壊して行った。


 それは決して怒っているわけではなかった。ネビィの考案した方法で生まれてしまった結合体を一つでも多く破壊し、証拠隠滅を図ったのだ。無論、騎士団にはバレているが、それでもネビィが作り出してしまった罪を少しでも払いたい気持ちでいた。それがせめてものネビィに本心を言えなかった罪滅ぼしになるかと考えて。


 化物たちは攻撃するたびに痛い、苦しい、助けてと言った。男の子はその言葉を聞くたびに顔を背けている。


 しかし、それはアストロもドリウスも同じ気持ちだった。融合されて個々としては既に死んでいるとはいえ、そこに残った思念を殺すのは心が痛んだ。胸が苦しかった。それでも三人は前へ進み続けた。すべてを終わらせるために。その決心を胸に歩き続けた。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 やがて外に出る。山を切り崩して作られたトンネルに繋がっていたようだ。すぐ下に町が見えた。テステ・ペルテ。ドリウスの管轄区域の境目の町。一度もそこには足を踏み入れたことはない。ドリウスでさえもだ。


 そのはるか遠くに城の影がかすかに見える。ここからはかなり距離があった。アストロの身体が悲鳴をあげていた。その場で膝をついてしまう。ドリウスが町で休むことを提案した。アストロは首を横に振った。ドリウスが口を開く。


「焦る気持ちはわかるが、今の兄貴には休養が必要だ」


 アストロは男の子を見た。心配そうに見つめている。アストロが笑った。本当は笑う余裕などないのだが、笑って見せた。男の子の中から少しでも不安を取り除こうとした。ドリウスがアストロを諭す。


「今襲われたら、正直勝ち目は無い。オレも兄貴ほどではないとはいえ力を使いすぎた」


 ドリウスがもっともらしいことを言う。アストロは何だか嬉しかった。アストロは頷き男の子の頭を撫でた。ドリウスが頷く。そしてアストロを支えながら町に入っていった。


 町には見張りがいた。そのすべてが鎧を着ている。見張りはアストロたちを見つけると手に持っていた長槍で入り口をふさぐ。だがすぐに長槍をその場に置き、アストロとドリウスの腕を捕まえた。男の子も例外ではない。男の子は必死に抵抗して暴れた。


「やめて! アストロが怪我してるの!」


 見張りは構わずに町の中へと連れこんだ。そして一軒の家の前に立ちドアを叩いた。


「隊長、お連れしました!」


 見張りがドアの前で叫ぶ。しばらく待ってもなかなか出て来なかった。


「フォラス隊長、お客様です!」


 見張りはもう一度叫んだ。バタバタと音が聞こえる。扉が開かれた。そこには緑の服を着て弓を持った二足歩行のオオカミの子供ような獣が出てきた。見張りが声を発する。


「れ、レイラ様。本日もお美しいですな」


 レイラと呼ばれたオオカミの子供はジトッと見張りを見る。


「今日だけで何回目じゃ。先ほどから、やれ爆発音だ、やれ火柱だ、と叫んでは、わしに会いに来とるだけではないか。お世辞はもうよい。お兄様は出かけておる故……。そやつらは?」


 レイラがアストロやドリウスや男の子を見て尋ね、目を見張った。振り返り叫ぶ。


「急患じゃ! レフォル兄、フォラス兄、ブルエ、ベッドを三つ用意しとくれ!」


 中に入るように促す。中では三匹の男がベッドを用意していた。手空きの見張りたちも手伝おうとする。一人の男が口を開いた。


「あぁ、大丈夫ですよ。こちらは我々がやります。あなたたちは持ち場に戻りなさい」


 隊長――フォラスが手空きの見張りに持ち場に戻るよう指示する。見張りたちは敬礼し外に出て行った。中にいた三匹のうち一匹は奥の部屋に、一匹はガラス張りの棚の方へ向かう。


 ガラス張りの棚の前に向かった一匹はアストロのように黒いローブに身を包んでいた。後姿であるため顔は確認できない。アストロとドリウスと男の子は運んできた見張りによってベッドに寝かされ、ベッドにベルトで固定された。アストロは咳をしていた。ドリウスが暴れる。


「オレ様たちをどうするつもりだ! あ、おいお前! オレ様の剣に触るな!」


 まだ中にいた見張りの一匹がドリウスの短剣を取り、眺め、棚の上に置いた。ドリウスはバタバタと暴れている。男の子も同じく暴れていた。アストロは咳をしながら笑った。


「患者は患者らしく大人しくしとれ!」


 レイラが怒鳴る。フォラスがまぁまぁとレイラをなだめた。まだ状況がわかっていないドリウスと男の子は暴れるのをやめなかった。


 奥の部屋からどこからどう見てもヤバい奴が姿を現す。上半身裸で筋肉ムキムキのスキンヘッド。肌の色は銀色。そして下半身は馬という何とも奇妙な男が出てきたのだ。それは先ほど奥の部屋に入った化物だった。口元には緑色のマスクをしている。


 その姿を見てドリウスと男の子はより一層暴れた。銀色肌の男は微笑んだが緑のマスクが口元を隠しているため恐ろしい顔にしか見えない。


「オレ様たちを実験台に使う気だな! くそぉ!」


 アストロが大笑いする。咳をしながら大笑いしていた。


「そんなことは致しませぬ。先生、お願い致します」


「よろしくお願いします。ブルエくん」


 ブルエと呼ばれた銀色肌の男は笑顔でアストロの傍に寄っていった。ドリウスはアストロに近づくブルエを見て叫んでいた。ドリウスの頭の上にレイラが立つ。


「患者は暴れるなと言っとろーが!」


 レイラはドリウスの頭の上から手を伸ばし、両手を押さえつけた。ドリウスの顔に当たってはイケナイものが当たる。ドリウスがビタリと暴れるのを止めた。男の子がそれを見て暴れるのを止める。レイラが手を離して身体を持ち上げた。ドリウスは顔を真赤にしていた。そして舌を出してペッペとやった。


「お主、失礼な奴じゃな!」


「し、しし、失礼も何も! い、イキナリあんなことしといて、毛、毛が……」


 ドリウスが顔を真赤にして言いながら口の中に入った毛を吐き出していた。レイラがジトッとドリウスを見て男の子の方へと歩いていった。ドリウスが声を張り上げる。


「そ、その子はまだ子供だ! おい、お前! 聞いているのか!」


「じゃから何じゃ? わしはこの子に騒がぬよう注意するだけじゃぞ」


 レイラがため息をついて口を三角にしてドリウスに言った。ドリウスは黙った。レイラが男の子の頭の上に立つ。


「坊や。頼むから暴れんでくれないかの?」


 男の子の頭を撫でてにっこりと微笑む。男の子はレイラの顔をジッと見て微笑み、ごめんなさいと謝った。レイラは感心した。にっこりと笑ってまた男の子を撫でた。ドリウスが羨ましそうに男の子を見ていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る