Scene 05:Warning ―警告―

Episode 26:黒騎士の王

 人間のフォルムをして耳の尖った女が手足を縛られ台座に寝かされていた。口にもベルトのようなものを巻かれて声を発することができない。


 その台座の隣には別の台座が用意されており、ネコの顔をした上半身裸の男が寝かされていた。男の方は左肩から一直線に右腹部までを損傷していた。広範囲に滲んだ血がその出血量の多さを物語っている。


 女の台座の上に巨大なモニタが設置してある。そのモニタ画面には黒い冑の上から二本の巨大な角を突き出した黒騎士が映っていた。黒騎士は女を見下すように見ていた。


 女は目を瞑っていた。眠っているわけではない。黒騎士を見ないようにしているのだ。その女の台座の傍らには黒い影があった。その影には姿がなかった。あるのは揺らめく真黒な影と、ギョロリとした二つの眼だった。その影がジッと女を見ている。影が声を発した。


「ルフェル、反逆者……。フレウ、反逆者の手助け……」


 影には口がなかった。口がなかったが言葉を話すことができた。台座に寝かされていた女――ルフェルは牢獄で倒れているところを確保され、気付けばこの台座に縛り付けられていた。


 ルフェルは至って冷静だった。落ち着いていた。この部屋に昔来たことがあったからだ。その時は観察者として呼ばれていた。自分が置かれている状況は解っている。これから始まることも分かっている。それは拷問だ。


 巨大モニタに映る黒騎士とは目を合わせてはならない。目を合わせればすべてが支配される。そのことをルフェルは知っていた。目を閉じたまま拷問が始まるのを待つ。不意に足に激痛が走る。


「ンーッ! ンンーッ!」


 ルフェルは苦痛の声をあげる。だが目は開かなかった。激痛は絶えず足を伝う。身体を捩じらせて痛みに耐えているとゴトンと音がして激痛が治まった。激痛ののち、鈍い痛みが襲ってきた。息が上がっている。耳元で嗤う声が聞こえる。顔を逆方向に背けた。


「ンンンンンンッ!」


 今度は身体中に激痛が走る。しびれる感覚。電気を流されているようだった。ルフェルは絶叫した。身体が熱い。身体中に流れるしびれる感覚そのものが熱かった。まるでバーナで身体の内側から燃やされているようだった。全身を数個のバーナで絶えず燃やされているのではないかというほど熱かった。


 ルフェルは耐える。絶対に目を開けないように、瞼に力をいれていた。口の中で異様な味がする。喉に液体がつまり咳をする。しかし口をふさがれているため上手く喉から液体を吐き出せない。


 段々と苦しくなっていく。液体が気道をふさいでいた。おそらく血だろう。身体のどこかから出血し、喉に溜まったのだ。


「んふぁっ!!」


 突然口に巻かれたベルトが外される。台座の上半分が起き上がる。思いきり咳をして喉に溜まったものが外に吐き出された。唇が震えている。ルフェルの目からは涙が流れていた。震える唇をキュッとむすび気を落ち着かせる。


「ルフェル、諦めろ……。目を開ければ、楽になる……」


 耳元で囁かれルフェルが首を振った。


「い、嫌だね! ア、アタシは、アンタの、思い通りに、なんて、なら、ないから……」


 声が震えている。耳元で笑い声が聞こえた。再度ルフェルの身体中に激痛が走る。


「アァァァァァァァッ!」


 身体に力が入らなくなる。首をうなだれ気を失いかけた。すると突然激痛が引いた。激痛が引いて一気に意識が戻る。足の違和感も、身体中が熱いのも、すべて消えていた。


「王様、ご決断を……」


 ルフェルの横で声が聞こえる。黒い影の声だ。すると今度は別の声が聞こえてきた。


「私は君を傷つけるつもりはない。人間を連れてきなさい。それが君の使命だ」


 巨大モニタからだった。黒騎士はオビリオンを統べる王なのだ。低く、太く、そして優しい声だった。その声に何故か涙する。絶望から救われるような、優しい声。威厳のある声。騎士の声。王の声。堪えても堪えても涙が流れる。


「アタシは、あの子を差し出すなんてできない……。アタシはあの子に生きて欲しい!」


「……それほどまでにあの子の事を?」


 涙しながら訴えた。王が質問する。ルフェルが頷いた。王が黙る。ルフェルはとても落ち着いている。胸があたたかく、熱くなっていた。あの子を、男の子のことを考えれば考えるほど胸が熱くなる。心を落ち着かせてくれる。ルフェルは思わず微笑んだ。


「そうか……だが、使命には逆らえん。連れてくるんだ。いいね?」


 ルフェルの手足を縛っていたものが外れる。ルフェルはその場でへたりこんだ。


「さぁ。行ってきなさい。君がフレウを想っていることは知っている。故にここで預かっておく。人間と引き換えにフレウを解放し君の罪を全て見逃そう」


 王の言葉に思わず目を開いて王を睨んだ。巨大モニタに黒い騎士が映っていた。


「あ、あぁぁ……アンタは、さ、最低な王だよ!」


 ルフェルはそう言い捨て、精神的にかなり疲弊した様子ながらも、した足取りで部屋を出て行った。影が王の方を見る。


「王様、良かったので……?」


「ルフェルよ……。必ず人間の子を連れて戻ってくるのだ……」


 王が呟いた。言葉一つ一つに魂がこもった威厳のある強い声だったが、どこか優しさを感じるような声だった。影は黙ったまま王を見て、ただただそこに揺らめいていた。

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