Episode 15:すれ違う兄弟
アストロが席を外そうとした。
「兄貴、どこに行くんだ?」
ドリウスが呼び止める。アストロはその場に立ち止まり、振り返らないまま答えた。
「ちょっとな。奥の部屋に。母さんの思い出に浸りたくてな」
それだけ言うとアストロは行ってしまった。ドリウスが心配そうにその後ろ姿を見ていた。男の子も心配そうにそれを見ている。ドリウスが男の子を見て微笑んだ。
「大丈夫だ。兄貴はいつも笑っていた。そうだろう?」
男の子が頷き、そして笑顔になった。男の子はクロを抱えたまま庭に走り出した。ドリウスが先ほど自身が寝ていた部屋、ドリウスの部屋のおもちゃ箱からボールを取り出した。いびつな形をしたボールだ。
幼い頃、母上と一緒に遊んだボール。母上が人間界のボールを模して作ってくれたボール。思い出のボール。そのボールをドリウスはジッと見つめる。
「母上。オレは優しかった母上のように、オレと遊んでくれたように、あの子と遊ぶぞ。母上から見たらオレはまだまだ未熟者だろうが、いつか、いつか必ず迎えに行くからな」
ドリウスが呟くとボールを持って庭へと駆け出していった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
アストロは奥の部屋で笑っていた。笑いながら涙を流していた。涙を流しながら笑い、誰かと話していた。涙を流しているにも関わらず声は相変わらずの笑い声で話していた。
「あぁ、まだ気付かれちゃいないさ。自分の家にいる。例の子も一緒だ。あぁ、心配しなくていい。上手くやるさ」
アストロは宝箱のようなデザインの小さな箱を仏壇の下にある引き出しから取り出してローブの中にしまった。
「大丈夫だ……。何も心配することは無い。これ以上は怪しまれる。切るぜ?」
アストロはそういうと手に持っていた丸い小型の機械をローブに仕舞った。外から声が聞こえる。
「兄貴……大丈夫か?」
アストロを心配して様子を見に来たドリウスだった。アストロは中に入るように促す。ドリウスは口元が隠れるようにケープの端を手でグイと持ち上げた。アストロが笑っている。だがその目の下には濡れた跡があった。ドリウスは気付いたが敢えて気付いていないフリをした。アストロが口を開く。
「あの子はどうした? クロと一緒か?」
ドリウスがコクリと頷く。アストロはそうかと呟き笑った。
「兄貴、誰と話してたんだ?」
「さぁな。お前が知る必要はない。知ったところで何の役にも立たないからな」
アストロが笑う。ドリウスは短剣をアストロに向けた。
「まさか、騎士団じゃないだろうな」
「そうだとしたら。どうする?」
アストロがまた笑った。ドリウスは先ほどから笑いながら話すアストロが気に入らなかった。笑いながら話すのはいつものことだが、今日の笑いは何だか落ち着かなかった。故にドリウスの我慢が限界を越えた。
ドリウスが走り出す。アストロはひらりとそれをかわした。ドリウスが襖に突っ込む。アストロが両手を横に開いて呆れたように口を開いた。
「そんなボロい剣じゃ俺を殺せないぜ?」
ドリウスの短剣は刃こぼれしていた。誰も傷つけないようにわざとそうしていた。
ドリウスは短剣を構えなおし、再度アストロに斬りかかる。アストロはまたそれをかわす。何度やってもひらりひらりとドリウスの攻撃をかわすアストロ。しかしアストロから攻撃を仕掛けてくることはなかった。
「なぜ攻撃してこない!」
ドリウスが問う。アストロが笑いながら口を開いた。
「攻撃する必要がないからさ」
ドリウスが短剣を逆手に持ち突っ込んでいった。アストロは目を閉じてひらりとかわした。はずだった。アストロの目の前でドリウスがしゃがみこみ、アストロの足を払った。アストロの体勢が崩れる。
アストロは焦りの表情を見せた。すかさずドリウスが短剣を振るう。アストロの左目の下がうっすらと斬れる。刃こぼれのために深くは斬れなかった。アストロが仰向けに倒れるとドリウスは咄嗟に馬乗りになり、アストロの喉元に短剣を突きつける。そのまま下に降ろせばアストロの喉を刺せる位置だった。アストロが笑う。
「流石だ。腕を上げたな」
ドリウスは黙ってアストロを見据えていた。その目は冷たく憎悪に満ちていた。
「……筋書き通りなら俺はここでお前に殺されるな」
ドリウスが吃驚する。筋書き。これはすべて計算のうちだったというのだろうか。ドリウスの憎悪が倍増した。同時にアストロに対して恐怖していた。アストロの姿や存在だけではない。アストロを、実の兄を自らの手で殺すことが恐怖だった。恐怖で手が震える。
「お前さん、恐怖しているな。さぁ、殺すんだ。俺を、殺せ!」
アストロが大声で笑う。ドリウスは涙を浮かべていた。涙がぽつりとアストロの頬に零れ落ちる。アストロは目を閉じた。
「アァァァァァァァァァァァァ!」
ドリウスが叫び声と共に短剣を振り下ろした。ザグッと大きな音が部屋に鳴り響いた。
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