Episode 13:ドリウス・ホラー

ドリウスがアストロを呼ぶ。

 アストロは二人に声をかけて移動を始めた。ドリウスとアストロが並んで歩く。その後ろを男の子と黒い塊が付いていく。歩きながらドリウスはアストロに質問した。


「なぁ兄貴。あの黒い塊は一体なんだろうな? オレは見たこと無いんだが」


 アストロは考えながら声を低くして言った。


「おそらくアレはデドロだ」


 ドリウスが驚く。

 デドロとは欲が芽生えてしまった化物や人間などの欲ゆえの負の感情により形成された不安定な化物である。形も不安定であるが、心も不安定であるため近づく者は殆どいない。まさに身も心もボロボロになった危険な化物である。


 デドロは依存する。負の感情が集まった分、あらゆる物事に関する考え方が曖昧になっており、優しくされるとその人や化物に依存して主人として崇め、永遠と付きまとわれてしまう。そうなるとデドロは負の感情をさらに求めて主人の精気をも吸い取っていく。


 負の感情を吸い取られた主人は一見ポジティブになったように見えるが、知らない間に精気も吸い取られているため衰弱していくのである。


 やがて精気を吸い尽くされた主人は灰となり、デドロは自分が主人を殺したことも理解できず捨てられたと思い込み、さらに負の感情を蓄積させていく。負の感情を糧として生きるデドロは成長すると溜めすぎた負の感情により爆散し、新たなデドロを作り上げる。


 そのスパイラルが繰り返された末に、最期のデドロがすべてを飲み込み消滅すると言われている。デドロによる終末喰滅しゅうまつしょくめつである。


 これを避けるためにデドロを見つけた場合、廃品置き場に閉じ込めて浄化する。しかし完全に浄化する方法は確立されていないため少しずつ増えているのが現状だ。


 ドリウスはこれがデドロだとは思わず、廃品置き場に閉じ込められてしまった哀れな化物だと思い込み、また、彼なりの騎士道精神に倣って連れてきてしまったのだ。ドリウスはしまったという顔をした。


 アストロは意外と冷静だった。寧ろ笑っていた。アストロはある賭けに出ていた。男の子なら、デドロの定義を覆すことができるのではないかと。それと同時にある疑問を抱いていた。アストロがドリウスに質問する。


「ドリウス。あいつを連れてくるとき何か感じなかったか?」


 ドリウスが首をかしげる。そして考える。何かを思い出そうとしているようだ。しかし心当たりはないらしく首を横に振った。アストロがそうかと呟く。


「どうかしたのか?」


「あいつは何かが違う。普通の化物でもデドロでもない。もっと別な何かが


 アストロが横目で黒い塊を見る。男の子と楽しそうに話していた。


「もしも、もしも仮に、アレがデドロあるいは違う何かだったとして。兄貴はあの二人を引き離せるか? オレにはできない。あんなに楽しそうなのに……」


「……いざとなりゃ俺がやるさ」


 アストロが俯く。ドリウスも俯いて後ろを向いた。男の子がそれに気付き手を振る。ドリウスは無理やり微笑み手を振り返した。黒い塊も同じように手を振っていた。


 ドリウスが何かにとり憑かれる。ドリウスは恐怖した。ニッコリと笑って手を振っている黒い塊に恐怖したのだ。ドリウスは恐怖に押しつぶされそうになり気を失った。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 気付くとドリウスはふかふかなものの上に寝ていた。布団だった。

 周りを見渡す。見覚えのある空間だった。ドリウスは上半身を起こしグルリと辺りを見渡した。誰もいない。左手側には障子があった。障子を開けるとそこには一人の子供が座っていた。人間の子供が、そこに座っていた。


 後姿に見覚えがある。ドリウスが手を伸ばす。突然その子供が振り返った。ドリウスは固まった。大きく目を見開く。振り返った子供には、普通ならあるはずのものがなかった。顔がなかったのだ。厳密に言えば、目と鼻がなかった。あるのは真黒に塗りつぶされた顔に赤くて大きな口一つ。子供が口を開く。


「どうして。なんで。なんでぼくを殺したの?」


 ドリウスが悲鳴をあげた。怖い。恐ろしい。怖い。

 そんな感情だけがドリウスを支配していた。その間もずっと子供が尋ねている。

 どうして。なんで。と尋ねている。


「もう止めてくれ! オレが悪かった! だから!」


 ドリウスは叫びながら逃げ出す。逃げている間もずっと声が聞こえてくる。

 ドリウスはここを知っていた。渡り廊下を走り、奥の部屋の障子を開けた。そこには一人の女性がいた。その女性も顔は黒塗りで口しか付いていない。ドリウスはこの女性を知っていた。ドリウスに手を振っている。その頭上には巨大な蜘蛛がいた。蜘蛛に気づいた女性は悲鳴を上げた。ドリウスが叫ぶ。


「母上! 止めろぉぉぉぉぉぉ!」


「ドリウス! 逃げて!」


 だが、ドリウスの叫びも空しく蜘蛛は前足を突き出し女性の身体を貫いた。血が滴り落ちる。巨大な蜘蛛は女性の頭をムシャムシャと食べ始めた。後ろからガサリと音が聞こえる。振り返ると二足歩行の蜘蛛が立っていた。


「母さん……母さん!」


 二足歩行の蜘蛛が女性に駆け寄る。巨大な蜘蛛は頭のない女性の身体を床に捨て、前足を大きく振りかぶった。二足歩行の蜘蛛は巨大な蜘蛛を睨む。すると巨大な蜘蛛の身体はみるみるうちに灰になる。二足歩行の蜘蛛がドリウスの方を向く。


「母さんが、死んじゃった……ドリウス……アハハ……アハハハハハハ!」


 二足歩行の蜘蛛は笑いながらその場にへたり込んだ。ドリウスはその場で立ち尽くしていた。目の前が真暗になる。いつの間にか気を失っていた。

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