Scene 04:Rebel ―反逆者―

Episode 12:オレ様と黒の化物

 二人は歩いていた。夕日に照らされながら手をつないで歩いていた。これはオビリオンを明るく照らすために作り出されたものだ。本物よりもだいぶ暗く、せいぜい薄い影を作り出すことができる程度の物でしかなかった。とはいえ人間界における自然現象がオビリオンにも存在しているのは、かつて人間と共に暮らしていたからであろう。


 ふとアストロが足を止める。逆光に照らされたシルエットがあった。そのシルエットはケープの先端をたなびかせ、腰に短剣を携えた姿で二人を待っていたかのように立っていた。


「お、来たな? オレ様はすごいものを開発したのだ」


 ドリウスだった。よく見ると、いや、よく見なくても判ったがゴーグルをしている。そのゴーグルは外から見ると真黒に塗りつぶされていた。その状態でアストロの方を向き、得意げに口を開いた。


「名付けて、アニキミレール三号だ!」


 説明しよう。アニキミレール三号とは、ドリウスが開発したゴーグルである。

 このゴーグルは特殊な加工がされており、アストロの姿を見ても何も恐れることはない。アストロの姿は真白に見えるからだ。一見すごそうであるが、単なる暗視ゴーグルである。化物や人間などの動物は光を反射するため白く見える。だが、同時に壁や天井なども光を跳ね返すため乱反射する。


 つまり、明るい場所や室内では何の役にも立たないのである。そもそも暗視ゴーグルとは暗いところでつけるものである。そんなことにも気付いていないドリウスはとても誇らしげにしていた。アストロが笑う。


「一号二号はどした?」


 ドリウスは表情を曇らせた。


「う、うるさい。少し失敗してしまっただけだ! とにかく、アニキミレール三号のおかげでこれからもずっと兄貴を見ることができるぞ!」


 ドリウスが弁解しアニキミレール三号を推し進めた。両手を腰に当てて高らかに笑う。


「……だがそれは白いシルエットしか見えないんだろう? 心が痛いぜ」


 アストロの指摘にドリウスが固まり、首を横に振った。何が何でも自分の開発したアニキミレール三号を失敗作とは認められないようだ。だがやはり所詮は暗視ゴーグルだ。人間界でそれを目にしていて弱点を知っていたアストロが、ドリウスにある質問をした。


「それであの夕日を見たらどうなると思う?」


「そんなもの、試してみればいい!」


 ドリウスは振り返り夕日を見た。


「ヴアァァァ! 目があァァァ!」 ※ よい子はマネをしないでね


 ドリウスが目を押さえてのたうちまわった。アストロが大声で笑う。男の子も笑っていた。そこに別の変な声が混じっていた。アストロが声の方を見ると男の子の腕を引っ張り飛び退く。そこには黒い塊に能面がついた奇妙な化物がいた。


「あっあっあっあっ!」


 笑っているようだ。ドリウスが立ち上がる。ゴーグルは割れていた。目から血が出ている。その目を片手で隠していた。だが、アストロはそんなことは気にしていなかった。黒い塊を警戒していた。足が震える。男の子がそれを見てアストロの手を握る。黒い塊から腕がニュっと伸びた。アストロは咄嗟にその腕を払いのける。


「あ、痛い……な、何するの……」


「ドリウス! お前、こいつをどこから連れてきた!」


 アストロがドリウスに怒鳴った。あまりの迫力に男の子はアストロから離れる。アストロは何かを感じ取った。それはドリウスの冷たく引いた眼差しと、男の子の恐怖だった。それでもアストロは引かなかった。ドリウスに再度問う。ドリウスはため息をついた。


「廃品置き場だ。そこに佇んでたから連れて来たんだ。騎士であるオレ様は困っている化物を放ってはおかない。それがオレ様だ!」


 アストロはそれを聞いて表情を曇らせた。男の子の手を強く握る。あまりの強さに男の子はその手を振りほどこうとする。


「お前さん、良く聞け。あいつには近づくな。絶対だ!」


「アストロ、いたい!」


 男の子がアストロの手を振りほどこうとしていた。アストロは握る腕に力を入れる。男の子が暴れ、ドリウスがアストロの腕を取った。


 アストロは男の子の腕を離す。ドリウスはアストロを睨みつけた。蜘蛛の顔を見ることはドリウスにとって勇気のいることだったが、勇気を振り絞って睨みつけた。アストロを押しのける。アストロは後ろに仰け反るも何とか体勢を立て直した。


 ドリウスは怒っていた。アストロに対して怒っていた。男の子はドリウスの陰に隠れてアストロを睨んでいる。男の子は恐怖していた。アストロに対して恐怖していた。それはアストロも十分に解っていた。


 アストロは黒い塊に恐怖していた。それは、黒い塊の奇妙な姿に対しての恐怖ではなくもっと別の恐怖だ。ドリウスや男の子には全く伝わっていないようだが、黒い塊が自分らよりも強いということが伝わってきた。さらに、ドス黒くもやもやとした気持ち悪い何かが伝わってきていた。故にアストロは警戒し恐怖したのだ。この黒い塊には何かがある。黒い塊が男の子とドリウスに近づいていく。それを見たアストロが叫んだ。


「お前ら、伏せろ!」


 黒い塊からニュッと出た腕がドリウスの首に直撃した。


「ぐっ!」


 ドリウスが首を押さえた。酷い激痛だ。首には痣ができていた。それを見た男の子が黒い塊に近づく。アストロが止めに入ろうとすると男の子は黒い塊の腕を掴んだ。


「ダメだよ。握手はこうするの」


 男の子が黒い塊の腕を掴んだまま上下に揺らした。そしてニッコリと微笑みかける。黒い塊についている能面が顔をしかめた。好きではないようだ。黒い塊はその腕を引っ込ませた。男の子は微笑んだまま黒い塊を見ていた。


 アストロの中から恐怖が消えた。気持ち悪いモヤモヤもいつの間にか晴れていた。アストロがドリウスを抱え起こす。気を失っていた。黒い塊が腕を伸ばしドリウスに触れようとした。アストロはその腕を跳ね除ける。


「ご、ごめんね……。た、叩いたとこ、ろ、あっ、癒すから……」


 アストロは撥ね退ける手を止めた。能面がニッコリと笑う。優しい笑顔だった。黒い塊から伸びた手はドリウスの首を撫でた。痣が綺麗に直っていく。ドリウスが目を開けた。


「あれ……オレは……」


 ドリウスは周りを見渡す。黒い塊を見つけると微笑んだ。


「そうか、無事でよかった……。兄貴、今日のことは忘れないぞ。何か理由があったんだろうが、突然手をあげるのは良くない」


 ドリウスがアストロに説教する。アストロにとってこれは不思議な光景だった。アストロは笑う。ドリウスはつられて苦笑した。


 ドリウスが立ち上がる。もう平気なようだ。ケープで口元を隠し、一言寒いと呟く。夕日が沈みかけていた。風が強くなってきた。とても寒い風だった。男の子がブルッと身体を震わす。アストロがローブに包まるように言う。しかし、男の子は首を振った。


「さむくない?」


 男の子まるで母親が子に語りかけるように優しく黒い塊に問いかけた。


「あっ、だ、だい、じょう、ぶ。さむく、ない、よ」


 黒い塊は声を詰まらせながら言った。どうやらそういう話し方らしい。本当に寒いのかそうでもないのか判らないくらいに詰まらせながら話すのだった。

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