Episode 11:道を切り開く者

 テンが頭を付けて二匹の前に出て行く。一匹が何も言わずテンを拳の甲で殴り飛ばした。テンが店のソファー席に突っ込む。お客たちが立ち上がるとテンがそれを両手で制して再び鎧の二匹の前に立つ。


「……邪魔だ。どけ」


 一匹が口を開いた。顔全体を覆う兜を被っているため顔は確認できない。声を聞く限りでは男のようだ。テンは引き下がらない。鎧の二匹が剣に手をかける。


「できればこんなことしたくないんだけどねぇ、抜刀!」


「……抜刀」


 もう一匹はどうやら女のようだ。抜刀の掛け声で剣を抜く。テンはその剣先を見て身体を震わせた。先ほどまで細かった腕が太くなっている。


「私の店で剣を抜くとは。騎士団も落ちぶれたものですね」


 先ほどの甲高い耳に響く声ではなく、太く、低く、恐ろしい声だった。頭に血が上っていた。二匹に向かって走っていく。両腕を二匹の喉に食い込ませ勢いよく外へふっ飛ばした。ダブルラリアットの要領だ。鎧の二匹はくうで体勢を立て直し、しっかりと着地する。


「なんだってんだい。アタシらは人間に用があってきたのに!」


「……人間の臭いがする。この店に人間がいるのは間違いない」


 どうやら男の子を探しに来たらしい。アストロがローブの中に男の子を隠す。騎士団相手では座敷わらしの冗談は通用しない。なぜなら、騎士団のメンバーは人間のことを学んだ上で、実際に捉えた人間の器をその目で見ているからだ。


「人間など私の店には居ません。私が手を下す前に、どうかお引取りを」


 テンの怒りのボルテージはどんどん上がっていく。声が、息が、荒くなっていく。そんなことはお構いなしに鎧の二匹は剣を構えなおした。


「お引取り願えないようですね……。皆さん、ここは危険ですので退避をっ!」


 言いかけてテンが鎧の二匹に突っ込んでいく。お客たちは皆逃げていった。ウシのような顔をした化物がクチバシのある化物を連れて逃げようとしていた。


「おう、てめぇらも早く逃げろ! こりゃ久々に大荒れになるぜ!」


 アストロが頷いた。テンは一度頭に血が上ると誰も押さえつけられないほど強かった。王ですら抑えられるかどうか解らないほど強かった。故に誰も彼を怒らせるようなことはしなかった。だが温室育ちの二匹はそのことを知らなかった。二匹だけではない。この地域に配属された騎士団以外のメンバーはおそらく誰も知らないだろう。


 アストロは男の子が中に居ることを確認し外に出た。テンは先ほどとは程遠い姿になっていた。四足で立ち、頭に四本の角がある。それだけでなく、首周りは赤く硬い剛毛で覆われ、身体中は真黒な剛毛で覆われていた。その姿はまるでイノシシのようだった。イノシシにしては目が普通ではない。上下二つの目が左右についている。額辺りには縦にギョロリと目玉をのぞかせていた。計五つの目はどれも赤かった。


 ローブの中からその姿を見た男の子は吃驚していた。テンの四つ角の中心に禍々しい光の球が生成されていく。鎧の二匹が正面から斬りかかる。光の球はテンを包み込み二匹の剣を弾いた。剣が二匹のはるか後方へと飛んでいく。テンを包み込んでいた光の球は形を変え、槍のようになった。その槍を頭につけた状態でテンは二匹に向かって突進していく。鎧の二匹は左右に仰け反った。その間をテンが走り去る。それを見ていた男の子がローブの中から声を上げた。


「やめて!」


 アストロが焦る。二匹が声のした方を、アストロの方を向く。アストロのローブの中から男の子が飛び出した。慌ててアストロがその腕を掴む。


「おやおや、そいつは人間じゃないか!」


 鎧の女が男の子に向かって走っていく。


「ッ……おい! 止まれ!」


 鎧の男が叫ぶ。鎧の女が振り返ると、折り返し戻ってきたテンに跳ねられた。鎧の女が空を舞う。赤い血しぶき。ほのかに香る女性らしい甘美な香り。血の臭いと香りが混ざり合って異臭を放っていた。女の鎧が剥がれ落ち、床に叩きつけられる。


 女は人間のような姿をしていた。しかし、ドリウスと同じように耳が尖っていた。鎧の男が駆け寄る。息はしているもののとても苦しそうだ。そこにテンが再度折り返し突進していく。


「ダメーッ!」


 男の子が叫んだ。男の子の後ろから黒い影が飛び出して行った。そしてテンの突進を受け止める。倒れている女のギリギリのところでテンと黒い影は止まった。


「お前……どうして……」


 鎧の男が吃驚している。その目の前に居たのは黒いローブ。アストロだった。テンは自分を片手で受け止めているアストロを見て怒りのボルテージが下がる。テンは吃驚していた。男の子も吃驚していた。だが一番吃驚していたのはアストロ本人だった。何故飛び出していったのか。解らない。何故テンを止めることができたのか。解らない。


「よく解らない。よく解らないが、心が動いた。お前さんの仕業か?」


 男の子がきょとんとしている。倒れている女は顔色が悪くなっていく。鎧の男が女を抱き起こそうとするとアストロがそれを止める。


「下手に動かすな。テン、彼女を店内へ」


 テンは普通の姿に戻っていた。腕だけを大きくした不恰好な状態で慎重に女を店内へと運ぶ。鎧の男は無口のまま焦っていた。テンは濡れタオルを女の背中と足に乗せた。痛がるように女が身体を捩る。男の子は心配そうに見つめる。女が目を開いた途端、顔をしかめて患部を抑えた。そしてテンを睨みつけると男の子の方を向いた。


「アンタ、人間だろ?」


 女が男の子に尋ねた。男の子は困惑している。アストロが頷いた。男の子は焦った。騎士団に自分という存在がバレてしまった。アストロは何も言わない。アストロは解っていた。騎士団相手に男の子を隠すのは難しい。姿形も臭いも何もかも全てお見通しだ。男の子にはそれが解らなかった。なぜ座敷わらしとして通さなかったのか理解できなかった。アストロは首を横に振り女の方を見据えている。男の子は女の方をジッと見る。


「な、何だよ……。そんな顔したってアタシは人間を捕まえる。それが使命だからね」


 それを聞いてアストロが口を開いた。


「お前さんを救ったのはこの人間だ。それを無下にしようってか?」


「ッ……」


 鎧の女はアストロの返しに対して言葉を詰まらせた。その瞬間、鎧の男がアストロに手を出そうとする。


「やめな! 確かに救われた。これは、事実だよ……」


「……解った」


 女は上半身だけ持ち上げると男の子に対してペコリとお辞儀した。鎧の男もお辞儀をしたが、警戒を解いてはくれなかった。冑の向こうから男の子を睨んでいるようだった。


 女が立ち上がる。もう傷口は塞がっていた。どうやらそういう種族のようだ。男の子は珍しいものを見るように女を見ていた。女はチラリと男の子に目をやると頬を赤らめてそっぽを向いた。店を出て行く。外に散らばった鎧の破片を拾い集めている。男の子はそれを手伝い笑顔で女に鎧の破片を渡した。


「な、なんだい……。アンタ変な奴だね。敵であるアタシたちを助けるなんて」


 男の子は少し考えてから口を開いた。


「とても苦しそうで、悲しそうだったから」


 それを聞いた女が顔を赤らめてそっぽを向く。


「なんだいそれ……。理由になってないよ!」


 女の口元が緩む。少しだけ微笑んでいた。アストロが男の子の隣に立ち、頭を撫でた。それを見た女は俯いた。拾った鎧の破片を鎧の男にすべて持たせて立ち上がる。長い髪を風になびかせて、甘美な香りを振りまいて、踵を返し歩きだす。鎧の男が困惑していた。


「何してんだい! 行くよ!」


「……了解」


 女が男の子とアストロが来た道とは逆の方向へと歩いていった。その後ろを鎧の男が付いていく。アストロは二匹を見送ると男の子の方を見た。そしてボソリと呟く。


「俺や町の人だけでなく敵であるはずの騎士団の二匹まで振り向かせたか。もしかしたら切り開けるかもしれないな。俺たちの未来、人間たちの未来も」


 男の子がアストロの方を見た。


「どうしたの?」


「いや、何でもない。お前さんはすごいなと思っただけだ」


 男の子が首をかしげた。何がすごいのか解らなかったが、アストロから褒められてとても嬉しかった。嬉しくてはしゃいだ。アストロが笑う。テンもまた静かに笑った。


 テンに別れを告げてアストロは男の子の手を引いて歩き始めた。来た道とは逆の方向。前へ進むために。道を切り開くために。探し物を見つけるために。そして、オビリオンから帰るために。二人は手をつないで歩いた。その二人を前から夕日が照らしていた。夕日があたたかく二人を包み込んでいた。

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