Episode 10:あまあま ふわふわ パンケーキ

 少し歩いた先に木造の別荘のようなお店があった。中に入ってみると甘い香りがそこら中に広がっており、男の子の空腹を加速させた。


 店内は広々としていた。席はソファー席や椅子席があり、ファミリーレストランのようでありながら、店の奥にはカウンターがあり、お酒が沢山並んでいるバーのようだった。お酒といっても亀の甲羅が入ったものや赤黒くて透明度のないトマトジュースのような色をしたものなど奇妙なものばかりだった。


 アストロはカウンターへ足を運ぶ。男の子もそれについて行った。頭のない人型の化物が静かにグラスを拭いていた。一言も話さずに席へ付くよう促す。アストロは頭のない化物の前の席に座った。その右隣に男の子が座る。


 頭のない化物がグラスを拭く手を止め、足元から片手でバスケットボールのようなものを取り出した。それを手から腕、腕から肩、肩から反対側の肩へ、そして反対側の腕を通して手に渡らせた。すると今度はそれを上に投げて、自身がクルクルと二回転し、両手を本来頭がある位置に添えてボールをキャッチした。ボールには顔が描いてあった。子供が描いたような二つの黒丸と反対おにぎりの非常にシンプルで可愛らしい顔だった。周りのお客たちが拍手する。ショーを披露した化物が片手を胸に当てて深々とお辞儀した。


「ようこそアストロ様。で、そちらのお方は?」


 甲高く耳に響く声だった。男の子は思わず耳を塞ぐ。それを見た化物はシュンとした。


「許してやってくれテン。座敷わらしはとても耳が良いらしい」


 アストロが笑って言う。テンと呼ばれた化物は両手を横に開いた。まるでピエロがパァとやったように。頭をはずして自分の足元に転がせ、寡黙なバーテンダーに戻った。またグラスを磨き始める。アストロが男の子に話しかけた。


「テンはトップクラスのバーテンダー兼シェフなんだ。彼に作れないもんはないぜ」


 男の子がふーんと頷く。隣の席に食べ物が出された。ふわっふわのパンケーキだった。メープルシロップの甘い香りが鼻から脳に通り抜ける。男の子はもうパンケーキのことしか考えられなくなっていた。


「パンケーキか。人間界の食べ物だな。それにするか?」


 男の子が首を縦に振る。


「テン、パンケーキを二つな」


 テンは片手の親指を上に突き立てグッドのジェスチャーをして厨房に入っていく。男の子はジーっと隣の席のパンケーキを見つめ続けていた。隣の席の化物が食べづらそうにしていた。それは男の子が見ていたからではない。隣の席の化物にはクチバシがあった。どう頑張ってもそのクチバシにフォークが入らない。やっと入れたと思えばクチバシの横からボロリボロリとこぼれてしまう。男の子が隣の化物のフォークを奪った。


「おいおい。他化物ひとのパンケーキに手をつけちゃいけねぇよ」


「ちがうの。食べにくそうだったからぼくが食べさせてあげるの」


 男の子はそういうと小さく切ったパンケーキをクチバシのある化物の口先に運んだ。クチバシを大きく上下に広げパンケーキを口に含むと美味しそうにそれを飲み込んだ。


「このぼうわたくしめにパンケーキを食べさせてくれました。何ということでしょう」


 クチバシのある化物は男の子とは逆に座っていたウシのような顔をした化物に話した。


「おうおう、そりゃ良かったな。こんなに優しい化物が居るとは、感服、感服」


 ウシのような顔をした化物が顎鬚あごひげを撫でながら感心するように男の子を見た。男の子は照れくさそうにしている。いつの間にかお客たちも男の子の周りに集まっていた。見た目はどれも恐ろしい化物だったが皆笑っていた。顔のないテンも嬉しそうだった。


「おう、そういや、座敷わらし族を見るのは初めてだなぁ。普段はどこに居るんだ?」


「それ私も気になりますねぇ。クケッ!」


 ウシのような顔をした化物が顎鬚を撫でながら問う。クチバシのある化物も男の子の方を向いて問うた。男の子は戸惑う。アストロの方を向くとアストロは頷いた。


「座敷わらし族は人間に近い化物だ。だから人間界にいるのさ」


 人間という言葉を聞いて皆が一瞬固まる。その後ドッと笑いが起きた。何がおかしいのかは解らないが皆が大声で笑っていた。人間を馬鹿にされた気がして男の子は俯いた。


「おう、人間界だとよ。本当にそんなもん存在すんのかねぇ?」


 ウシのような顔をした化物が言った。パンケーキがアストロと男の子の前に運ばれてくる。男の子はジッとパンケーキを見続けている。クチバシのある化物が口を開いた。


「どうしたんです? 私が食べさせてあげましょうか? クケケッ!」


 その時、扉がバンッと勢いよく開かれ、その音にアストロが男の子の手を握った。扉の前には黒光りする鎧を着けた二匹が立っていた。

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