Episode 08:モチモチなムニムニ
アストロに手を引かれて道を進む。傍らに立っている看板には黒く細いインクで矢印と地名のようなものが書かれていた。――⇒この先ドリウス管轄区域:アラマ・マアマ
男の子は吹き出した。アストロが首をかしげる。
「何が面白い?」
「だって、あらま、まあまって」
アストロが笑う。
「確かにな。オバサンが沢山居そうな名前だ。あながち間違いでもないが」
アストロがクイと顎を町へ向ける。町には目まで隠れるもじゃもじゃ頭に寸胴な身体から四本の腕が生え、一本の腕に買い物袋らしきものをぶら下げた化物がうじゃうじゃと闊歩していた。それぞれ髪の色や身体の細さが違うものの、もじゃもじゃなのには変わりなかった。アストロが町に入ると、もじゃもじゃ頭たちが一斉にアストロに近寄ってきた。
「あらま。アストロ様ですわよ」
もじゃもじゃ頭の一言が男の子の笑いのツボに入ってしまい大笑いした。アストロもつられて笑う。それを見た一匹のスリムなもじゃもじゃ頭が吃驚した様子で口を開いた。
「あらまぁ! 今日のアストロ様はとてもご機嫌なのね」
「ま、まぁな、すまんが、水を、二杯、く、くれないか?」
アストロは笑いながら言う。
「あらまぁ、いいですのよ。ちょっとお待ちを」
スリムなもじゃもじゃ頭の女性が一軒の家へ入っていった。今度は太っちょなもじゃもじゃ頭が男の子の方を見て吃驚した。
「あらま、可ぁ愛い子ね。見たことないけれど、ちょっと写真撮らせて貰おうかしら?」
男の子はサッとアストロの後ろに隠れる。隠れながら笑っていた。先ほどのスリムなもじゃもじゃ頭がコップを二つ持って戻ってきた。アストロと男の子に手渡す。男の子は一気に飲み干した。少し落ち着いたようだ。アストロも水をチビチビ飲んでいる。ふいに後ろから声をかけられた。可愛い声だった。
「ねぇ、あすとろ様、このこはだぁれ?」
「いっしょにあそぼうよ~」
「にー」
三匹の化物がそこにいた。一匹はサラッとした長い黒髪に八重歯が生えており、丸い耳が頭の上に生えているタヌキのような元気そうな女の化物の子供。一匹は目が細く、黒髪のくせっ毛で頭の上に三角形の耳が生えており、九本の尻尾をもつキツネのようなおっとりした男の化物の子供。そしてもう一匹は、性別は判らないが黒くてセミロングなふわっとした髪に丸みを帯びた三角形の耳が生えており、二本の尻尾をもつネコのような可愛らしい化物の子供だった。
三匹とも着物を着ている。アストロが身体をかがめたとき、町の向こうの方から走ってくるシルエットがあった。そのシルエットには見覚えがあった。
「おい、騒がしいぞ! 一体何の騒ぎなんだ? 人間でも居たのか?」
「あらま! ドリウス様よ!」
ドリウスだった。人間という言葉に町の皆が反応し一斉に男の子を見た。男の子がアストロのローブを握る。ドリウスはアストロの前まで歩いて来ると顔を背けて口を開いた。
「おい兄貴! まさかサボリじゃないだろうな!」
「サボタージュ? まさか。俺の腹時計は今休憩の時間だぞ?」
アストロが笑いながら言う。ドリウスは頭をポリポリと掻いた。
「じゃあ、仕方ないか……。ところでそいつ誰なんだ! 人間か?」
ドリウスが男の子を指差して言う。そして舐めまわすように男の子を見た。周りに居たもじゃもじゃ頭の化物たちは兄弟げんかに首を突っ込む気はないらしく散って行った。男の子が人間だということもどうでも良いようだ。そもそも人間が居るはずがないと思ったのかもしれない。三匹の化物の子供たちもどこかへ行ってしまった。残ったのはドリウスとアストロと男の子の三者だけだった。何かを確信した様子でドリウスがアストロに手を差し出す。アストロが首をかしげる。
「何だ? こいつは人間じゃないぜ?」
「は?」
ドリウスが首をかしげる。アストロは人差し指を出してチッチッチと言った。
「コイツは座敷わらしの子供だ」
アストロが笑いながら言う。男の子がアストロの顔を見た。アストロは無表情だった。無表情でありながらどこか楽しそうだった。ドリウスがもう一度舐めまわすように男の子を見た。目を細めてアホ面になる。男の子はビクビクしていたが、その反面ドリウスのアホ面が面白すぎて笑いそうで仕方がなかった。ドリウスが口を開く。
「いや、だって。座敷わらしは女の子じゃなかったか?」
「最近は男の娘の座敷わらしだっているんだぜ。別におかしくはないさ」
ドリウスがしつこくもう一度男の子を舐めまわすように見た。
「そうか。でもこの子からは人間の臭いがするぞ!」
「そら、座敷わらしは人間の一番近くに居るし、人間に一番近い化物だからな」
アストロはドリウスの指摘に対して完璧な返しをする。ドリウスがなるほどと頷く。そしてまた男の子を気持ち悪いくらいに舐めまわすように見る。
「流石兄貴! 何でも知ってるんだな! オレも見習わないとな!」
突然ドリウスがもじもじし始めた。拳を握り締めている。
「どうしたドリウス、気持ち悪いぞ」
「い、いや……。か、可愛らしいなと思って、だな」
それを聞いたアストロは男の子の方を見る。ドリウスがうずうずしている。男の子の方を見て何かをしようとしている。そして意を決したのか男の子に声をかけた!
「な、なぁ。座敷わらしっ子よ。その、少しでいいんだ。さ、触らせてくれないか?」
男の子は吃驚した。困ったようにアストロを見る。アストロは顔を背けている。何を考えているのか解らないその顔の裏では笑っているような気がした。男の子はドリウスを見る。手をワキワキとさせてとても触りたそうだ。
男の子はアストロのローブを強く握り締めた。それに気付いたアストロが片手で男の子の頭を撫でる。ついに抑えきれなくなったドリウスは両手で男の子の頬をムニムニとこねくり回す。ドリウスは興奮していた。
「あぁ。この感触……素晴らしいじゃないか。オレ様にはない……オレには、ない……」
ドリウスはハッとして男の子から手を離しケープの端を口元に当てて首を横に振った。
「く、くそ。オレ様としたことが! いいか、オレ様はドリウス様だ! さ、触られたことを光栄に思うがいい。そして、お前は今日からオレ様のライバルだ。オレ様にはないものを持っているからな。オレ様もお前のようなモチモチなムニムニを手に入れてやる!」
ドリウスが壊れた。顔を赤らめてずいぶんと長くよく解らない捨て台詞を、男の子を指差しながら言い残し去っていった。アストロが笑い出す。男の子はきょとんとしていた。
「よかったじゃないか。すっかりドリウスのお気に入りだな」
男の子はアストロを見る。相変わらずヤギの頭骨は笑いもしなかったが、アストロが少し嬉しそうなのが伝わってきた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます