卵屋ではなかった
安良巻祐介
去年の冬ごろからこの春にかけて、卵屋と称して往来で商売を行っていた男が、実は卵屋などではなかったことが判明して、近隣一帯は騒然となった。
長いあいだ売られていた、白くて丸くて脆くて中に金色の玉と汁の入っているものは、上等の卵として辺りの家庭でも評判であり、これまでに幾つのオムレツに化けたか知れない。
けれど、当局の綿密な捜査が明らかにしたところによると、それは卵でないどころか、食べ物ですらなかった。
それは鉱物であり宝石であって、何らかの手段で液状に溶かされた宝石とそれが固まった珠を、白く壊れやすい宝石の殻で覆った工芸品であったのだ。
卵屋を名乗っていた男は、口が利けないために筆談で用を足し、毎日夕暮れ頃に屋台を出して精力的に商売していたが、捕らえて調べてみるとこれも生きた人間ではなく、数種類の言葉を覚えるだけの占い人形の一種に誰かが戯れで卵売りの文句を覚えさせただけのものであって、それと鉱物を加工してさまざまな状態に変え科学実験を行う通称「いしわりだま」と呼ばれる専門家の装置を組み合わせ、食べ物屋台の皮を被せたものが卵屋の正体であった。
卵の材料には、去年の初めにとある財蓄家の蔵から盗まれたまま行方のわからなかった大量の金銀の宝石の山が使われていた。
当局が卵屋に目をつけたのも、最近売られている卵が殻ばかりになっているという苦情が入ったからで、金色の宝石が先に尽きたためにそうなっていたようである。
ちなみに、支払いに使われた金貨や銀貨もどこかへ行くでなく、装置の中で溶かされて卵の材料になっており、こんなからくりを往来に仕掛けた者の意図は当局にも全く掴めなかった。
そもそも、宝石の価値に対して卵の値段は安すぎたし、儲けを目当てにしていたわけでないのは明白だった。
結局、仕掛けた犯人が誰とも知れないままその卵屋は撤去されたが、問題は冬から春にかけてずっと宝石を食べ続けた近隣住民であり、この事が明らかになるや否や、腹を下したり嘔吐するものが続出したが、病院で検査したところによれば、彼らの多くは涙や涎や血などの体中の液体悉くが、透き通った玻璃質に変わりつつあり、もう元には戻らないということである。
卵屋ではなかった 安良巻祐介 @aramaki88
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