第71話 火をも凍て付く気配
「シレット、その人はボーイフレンド?」
「ち、違いますよ! ただの同級生です!」
「へえ、初めまして。同級生君」
身震いさせる声。
席にいたのは、かつて王座に平然と座っていたあの女だった。
ミレッジは妖しく微笑むのに対して、ダージリンは眉間を寄せて、拳を震わせた。
殺気が立つ雰囲気にシレットは困惑する。
「あ、あ、あれ? だ、ダージリン君、どうしたの?」
「……いや、別に」
すると、ミレッジはテーブルに指を立てて、三回叩いた。
「折角だから、三人でお茶にしない? 突っ立っていてもしょうがないわ。それとも、女の子には慣れてない感じ?」
ダージリンは「失礼します」と言いながらシレットの隣に座った。
紅茶が静かに三つ置かれていく。
甘い香りが鼻に漂う。
「うん。凄く美味しい!」
「そうね」
「あれ? ダージリン君、飲まないの?」
一つだけ、テーブルに置かれたカップ。
ミルクが回りながら湯気も立っているが、ダージリンは口にせず、ただミレッジの顔を見続ける。
「ダージリン君、今日は機嫌が悪いの?」
「ごめん。ちょっと考え事していて……」
引き気味に見つめるシレットを見て、流石にと思ったのか、ダージリンはやっとカップを手にして、口に運んだ。
だが、その視線は変わる事無く、ミレッジに向けられている。
当のミレッジは険しい眼差しを気にせず、目を瞑って紅茶を嗜んでいた。
――ごめんね。
左手をテーブルに下に入れ、指を回すと、真っ白な冷気が浮かんで来た。
冷気は蛇の様に曲がりながら進んで行く。
やがて、とぐろを巻いた。
「う……」
腹を抱えるシレット。
ダージリンはカップを一旦置いて、シレットの身を案じる。
「し、シレット?」
「お、お腹が急に冷えて……」
「え、いや、今だって、熱い紅茶飲んでいた筈……」
「ちょっとごめん、行かせて」
駆け込もうと急ぐシレットに押され、ダージリンは席を離れる。
店の奥に消えていくシレット。
ダージリンは心配そうに彼女を見つめた。
「王子様が、街の中をブラブラしていて良いの?」
ミレッジの声を掛けられ、ダージリンは振り向き、先程よりも険しい顔を浮かべながら、席に着いた。
「遊んでいるわけじゃない」
「まあ引きこもりよりはマシね」
「どうしてここにいるんですか?」
「王子様の様子を見に来たの。私が送り込んだ刺客をやっつけたみたいね」
「やっぱりアンタの仕業だったのか」
「その通り。だけど聞いて。私はこう見えて、貴方の事を買っているの。これは本当よ」
「僕の事を買っているなら、早くこの国からいなくなって欲しい所だ」
「ええ。もうすぐ帰るわ。貴方の首をお土産に、ね」
「一つ聞かせて。どうして父さんを殺した? 一体何の恨みがあってこんな事をする?」
「恨みなんて無いわ。暗殺が私達の仕事よ」
「目的はなんだ?」
「私は実行犯だから知らない」
「実行犯?」
「そう。私よりも恐い人が他にいるの」
カップの縁に染みた紅茶。
ミレッジはポケットに手を入れながら「質問は終わり?」と聞いた。
「うん。益々嫌いになった」
苛烈な返答。
ダージリンの拳がテーブルの上で震えていた。
それに対してミレッジは「結構」と受け流す様に呟き、財布からお札を取り出し、テーブルに置いた。
「私の奢りね。王子様の、最後のティータイムになるかもしれないし」
掌から湿り気が広がり、お札が濡れていく。
次第にお札は霜に包まれて、凍て付いた。
「待って。僕を殺すのは構わない。だけど、他の人に迷惑を掛けたくない。場所を変えよう。街を出た所に、誰もいない場所がある」
「……良いわよ」
二人は店を出て、街中を歩いて行く。
門を越えて、橋を渡った先に広がる野原の上に二人は立った。
「これで二人きりになれたわね」
「最後に一つだけ、話がある」
「何?」
「このまま黙って、帰ってくれませんか?」
「敵に情けを掛けているの? それとも私に勝てないから見逃して欲しいの?」
「はっきり言ってしまえば、貴方は嫌いだが、まだ話のわかる人間だと思う。僕を殺そうと思えば殺せたのに、殺そうとしなかった。刺客を送り込んで、回りくどいやり方で僕を試そうとした。それに貴方は、シレットといる間は楽しそうに会話していた。貴方の方こそ、僕に情けを掛けているんじゃないんですか?」
「言う様になったわね。だけど王子様、一つ間違っているわ。あの人斬りを送り込んだのは誰だと思う?」
その時、ダージリンの口が開いた。
開いた先にあった歯が剥き出しになって輝いている。
両拳も震えていた。
右手を開いてから爪を立て、顔を剥ぐ様に力を入れた。
――泣かないでよ。王子様でしょ? みんなの憧れなんだよ?
体の芯から震えが起きて、熱が込み上がる。
呼吸も荒くなってきた。
顔から手を離して、ダージリンはミレッジを睨んだ。
「黙っていれば良い事を……何で……」
「後で知られるよりはマシだから」
「スーザンは本来なら、僕達との因縁には関係なかったんだぞ」
「そうね。お気の毒」
「毒を盛ったのは……貴方だろ!」
一喝と共に、ダージリンは紅蓮に包まれた。
灼熱の炎の中から現れたその姿に、ミレッジは思わず目を丸くする。
ならばと、ミレッジは丸くなった目を鋭く整えると、純白に身を包んだ。
ミレッジを中心に雪原が広がり、草花に霜が付いていく。
草花が雪の中へ隠れて行く。
――さあ、遊びましょう。
純白の処刑台が出来上がった。
凍て付く風がダージリンを横切っていく。
炎を見下ろす白雪。
雪のスピルシャンは今、命を終わらせるために再び白き刃を手にした。
TEA PRINCE 死した絆で燃え上がり、赤き命を解き放て。 マナトプス@紅茶王家の家来 @Manatops
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