最終話「異変の終わり②」
天聖市立文化センターは市の中心部にある立派な西洋風の建物だと聞いた。
散々迷った俺はようやく見つけてそこに向かって走ってゆく。
「ここだ。間違いない」
建物入り口の自動ドアを飛び込むと、エントランスホールのベンチで談笑している爺さんたちが目に付く。そこを駆け抜け、階段を上る。
壁の「今月の予定」と書かれた掲示板にいろいろな催し物の告知のポスターが張ってある。演歌歌手の後援会や、健康講座とか。それをちら見しながら、階段を駆け上がり、突き当たったところの会議室に飛び込んだ。
「遅い! もう始まっちゃってるよ!」
待っていたのは第一高校の生徒、明美さんだった。
「はあはあ、ごめん明美さん」
今日は大事な日である。
地元の歴史研究の発表会がここで行われている。
「さ、こっちこっち。大事な彼女の晴れ舞台に遅刻するなんて、彼氏失格よ!」
静かにドアを開いた。
薄暗い会議室内は、ずらりと並べられたパイプにたくさんの人が座っている。誰もしゃべってないものの人の熱気が伝わってくる。
暗闇に入ったせいで、一瞬混乱した目を凝らすと、人々が見つめる壇上に制服姿の真琴がいた。
第一高校の制服は清楚で落ち着いた雰囲気がある。
なお制服については天聖館の中では、現在維持派と変更派に別れている。
やっぱり妙に色気たっぷりなミニスカや明るすぎる色彩のブラウスじゃ落ち着かないというのがあるのかもしれない。
これもやや時間が経過した影響なのだろうか。
にしても、男子校のままだったら制服議論なんて そもそも起こらなかっただろう。
学生服かブレザーなんて皆どうでも良かったしなあ。
来年、再来年、受験、進学そして就職さらには結っこン……。
(まあそこまではイメージしすぎか)
来年もこの学校で過ごすのだ。まだまだ学校生活は残っている。
名称こそ女子校の名が冠されているが、男子も受験できるようになっている――らしいと僕は聞いている。
(よく進学希望で男子がふざけて女子高を記入するとかあるし、ギャグで受ける馬鹿がいないともいえない)
考え始めるときりがなかった。
(……まあいい。とりあえず発表を聞こう)
今回のことの経緯は先週、真琴から誘われたことがきっかけだ。
「ちょっと付き合ってくれよ。今度うちの発表会があるんだ。来年の学園祭の前哨だけどさ」
真琴は正式に郷土史研究会のメンバーに入ったらしい。
そして早くも発表の大役を任せられた。
既に席はいっぱいだったため、一番後ろで立ったまま、マイクを掴んで壇上のスピーカーを使って話す真琴の発表に耳を傾けた。
―今から500年も前のこと。
―その人形に姫は託した。戦(いくさ)へ行って二度と帰らなかった兄の、分身とも言える人形に
―兄は願った。願わくば人形に生まれ変わっていつまでも姫の側にいたいという
―その人形の名は『双葉』
―人形は主の命令を守った。兄の願いを叶えた。
「双葉村はその少女の人形の名にちなんでつけられました。代々村人を外からの脅威から守り、苦難にあった時に手を差し伸べてくれる神様です」
「双葉様は――この町を護ってきた神様なのです」
赤いレーザーポインターで示された神社の写真を真琴は指し示した。そして詳しい解説をする。
この町で昔から代々神と崇められていた存在で神社に祀られ、村人は代々祭事で奉じることを怠らなかったという。
500年前にこの村と近辺で起きた合戦。
血を洗う惨い戦――失われていく命――傷つく人々、略奪――荒廃した村――
その時に起きた奇跡。
皆双葉様に包まれて、幸福の世界へ導かれていった。
「街は当時と様変わりしているけれど、今も祠があり、その足跡はきちんと保存されています」
真琴の発表は、この町に伝わる伝説をまとめ、1つに繋げたものだった。
双葉様の伝説、今もこの街に存在して人々を見守っている。
やや大きめの会議室に、薄暗くなった画面にプロジェクターが設置されている。
年表や写真のスライドや加工された文字。
各地に点在する史跡をマップにし、言い伝えを集約し、1つの歴史にまとめ上げる。
もちろん全て一人でというわけではなく第一高校の郷土史研究部の活動の1つの成果だったが、僕は知っている。
そのいくつかは真琴が探しあてたものだ。
発表は続く。
「母さ……じゃなくて、双葉様は、今もこの町を見守っています」
さらに提案として、双葉神社のお祭りを復活させようという提案もなされた。少女たちを神の使いに見立てて、捧げる歌と舞と儀式。
かつて存在した伝統のお祭りの様子を写真とともに紹介した。
「私たち、第一高校の提案です。地域の活性化と文化の復興のため伝統の踊りと祭りの復活を町の要に」
(凛々しい)
学校とは違い年輩の大人達が多数詰めかけるなかで、臆することなく発表する真琴は、紅一点。
お世辞ではなく、かっこよかった。
発表が終わり、真琴の一礼が済むと、ホールには大きな拍手が鳴り響いた。
「素晴らしい――」
「高校生でここまでとは大したもんだ」
中年のおっさんや爺さんのお偉いさん方が集まっているのだ。
市長だの商工会長なんかもこの場にいる。
その惜しみない賞賛から察するに、真琴の提案で物語形式にして発表を聴いて貰おうという試みは見事当たった。
「お疲れ、とても良かったよ。思わず聞き入ったよ」
発表が終わり、真琴の元へ明美さんと共に駆けつける。
「凄いよ、真琴。今度市の一大プロジェクトで、お祭りを復活させることで動くらしいから」
第一高校の研究と発表は特に秀逸とされ、脚光を浴びた。
祭りについては既に行政、地元の商工会、学校や大学等と共同で準備委員会を立ち上げようなんて話も出てきている。
だが、その中核となったのは、この市内にある郷土史を研究する高校である第一高校の郷土史研究会ということだ。
近々、部には地元紙の新聞記事の取材が来るらしい、とも聞いた。
清久には一度会って面識のある原田部長が緊張しまくっている様が目に浮かんだ。
どちらかというと学校では地味で目立たない部活が今一番脚光を浴びている。
学校でも真琴の尽力が大きいと専らの評価だ。
「オレ、大して仕事してないんだけどな」
「そんなこと無いよ、真琴は本当、座敷童みたいよ、福を呼び込む精霊ね」
開発で随分発展したが、この天聖市は、どこにでもある町だった。
デパートやショッピングモールがあり、アミューズメント施設や映画館もビジネスホテルもありプールや野球場もある。
けれどもどこでも見かける街だった。
ゆるキャラやB級グルメはありきたりとなってしまった。一過性のブームで終わることなく、その裏付けとなる歴史、物語。
地元の人にも受け入れられかつ外部の人にも一目おかれるような地域の特性……。
その秘策が一度はなくなってしまったお祭り。
町に根ざす神様、双葉様を再びこの町に呼び戻すのだという――。
一度は山奥に押し込めてしまったが、この町はこれから双葉様と共に歩んでいこうというのだ。
なお、お祭りは既に第一弾が、計画されている――。
踊りや、巫女の舞も、残っている資料や資材などを町の人たちの援助で準備する。
目下そのお祭りに近辺の高校も参加することになるのだが、天聖館高校は、特に復活する踊りや儀式に力を入れることになっている。
神の子である少女役をつとめるということだ。
女子校の意地というか面目が立たないということもある。そもそも本物の双葉様の娘たちだもんなあ。他の高校の女子に取られたら洒落にならない。
復活したお祭りのクライマックスの踊りは美女だらけと噂になっていた天聖館の生徒たちが盛大に街に繰り出す数少ないイベントとなりそうだ。
「こりゃ来年、凄いことになりそうね。着物姿の少女たちが街で舞い踊る様はきっと絵になるでしょうからねえ」
意外にも我が天聖館も志願者が多いらしい。
元々双葉様に捧げる踊り……。
そしてその準備チームとして天聖館高校にも、同じように街の歴史を研究する部を発足させるという動きを始めた時、驚いたことに入りたいという申し出が何人もあった。
チアリーディング部や体操部や、そんな部とかけもちだが、母さんのルーツについて詳しく知りたいという純粋な思いにかられてやってくる生徒が意外にいた。
そしてとりあえず――純も入りたいと申し出があった。
清久は今日は天聖館高校の生徒として、オブザーバー参加だった。まだ天聖館高校の歴史研究部は準備段階。
そういうわけで、発足のよびかけに、既に何人か興味のある生徒も確保していた。
さらに入部希望の生徒はあと数名は確保できそうだ。
最初は正式な部ではなく任意サークル、同好会としてまずは発足する。きちんと実績を残せば正式に部に昇格できるだろう。
部の補足と祭りの実行が残りの高校生活の仕事になりそうだ――
真琴との繋がりは天聖館にいてもあるのだった。
「行こうぜ、清久」
発表会が終わり、他の部員達に別れを告げ会場の外に出てきた真琴は僕を見つけると駆け寄ってきた。
そして腕を取った。
手を握ろうとしたけれど、気後れしてしまい握れなかった。
(やっぱ僕はまだまだだな……)
真琴の方もやっぱり露骨なカップルアピールやスキンシップは苦手だ。
(まあいいや。世間一般の彼氏彼女とは違うけれど、僕たちには僕たちなりのやり方があるさ)
「まったく、お前にとっては散々な一年だったなあ」
「いいや、色々あったけど凄く濃い1年間だったよ」
何もなく過ぎていくよりも……今こうして真琴と一緒にいられることの方が、どれだけ価値があるか。
失意も苦しみもあった。
振り返ってみると、かけがえのない一年だったように僕には思えた。
異変から真琴と出会えた。純もようやく自分の自立を意識し始めた。
ちなみに純はというと――。
一応資産家のある家みたいだが、純も自分の力で頼らずにやっていく技術を持つことを考えていた。
僕が聞いた話では看護婦、いや看護師を目指していくらしい。とりあえず、地元の看護大を希望。
遠く離れた有名大学ではなく、地元に留まろうと――。
「オレか? オレは……」
真琴は教育学部を目指しているとかなんとかをちらっと聞いたのだが、さてどうなることやら。
またそれに……純に限らず、保育士、幼稚園教諭とか栄養士とか目指す者も多く見られるようになったそうだ。
女子校生活のその先には大学、就職、女の人生が待ち受けている。
あまり口には出さないが出産、子育て……。
女にはどうしても不利な面があるのも確かだ。
大いなる恵みを貰ったが、人の世はそれだけで全て順風というわけにはいかない。
待ち受けている現実へ一歩一歩踏み出そうとしている。
天聖館高校という隔絶された美少女たちの楽園を出なければいけないんだ。
楽しく踊って遊んで綺麗に着飾ってばかりもいられない。
あの天聖館には『母さん』がいる。だけど、
『母さん』の元に帰るには、まだ時間がありすぎる――。
途中喫茶店に立ち寄った。民家の1階部分を店舗に改装した小さな小さな喫茶店だが、中は木製のテーブルやカウンター、椅子がおかれていて、クラシックな音楽が清々と流れている。
落ち着いた上品な雰囲気の店だった。
天聖館高校へと続く階段の途中にある店だが、真琴に紹介されるまで知らなかったところだ。多分目に入ってなかったんだろう。
街の方に行くと女子高生が集まるスイーツの店もあるらしいが、真琴はここを好む。
一体誰に教えて貰ったんだろうな……。
カラン、カランとドアが開かれる音がした。
「あ、明美と春香!」
一端別の用事があるからと先に発表会場を後にした明美が店に入ってきた。
「真琴に清久君!」
ひょっこりもう1人、いや2人いた。背はだいたい同じぐらいの小柄な少女。
天聖館高校の制服と、第一高校の制服が絡み合っている。
「春香も一緒に連れてきたわ――」
眼鏡の大人しめ、それに漂う清楚、理知的な感じは第一高校ならではだろう。
そのせいか、この春香という子もそれなりに綺麗な子だと感じた。
(女は雰囲気も大事なんだな)
「ついでにこの子も拾ったから――」
後ろからひょっこり現れたツインテールならぬポニーテールの少女。
「き、清久、あ、あたしも……」
「お、純もか」
「あ、あはは。あ、あたしだって歴史部の部員だし――っとっと、やめて、春香ちゃん苦しい、むぐぐ……」
春香は可愛い、可愛いと純に抱きついていて、純は困った顔をしている。
一方の春香はまったく止める気配が無い。
あきらめたように純は席に座ろうとする。
純は最初、それとない様子を装って僕と真琴の間に座ろうとしてあきらめ、さらに真琴の隣に座ろうとし、それも駄目となると、それに続いて僕の隣の席を伺おうとした。
その様子を明美はすかさず見逃さなかった。
「純、座る順番はさっき教えたでしょ?」
「ひっ! す、すいません」
明美の厳しい教育が行われているようだ。
どうも明美>春香>純になっているようだ。純は春香の隣、一番端になる
(女の世界って怖いな……。可愛いだけじゃ上にいけないんだな)
真琴 清久(ぼく)
明美 春香 純 の席次になる。
「出血大サービスなの。あ、春香は実際さっき鼻血だしてたけどね」
明美は、今純の教育役を引き受けているという。
「本来、女の道ってのは誰からも教わらず、自分で気がついて学んでいくものなんだから」
天聖館高校を出たら一人の女性としてやっていくことになる。それなりの女の素養は必要。
それには純には直接教育が必要ということらしい。純もどんなに綺麗でも女としてやっていけない、悲惨なことになるとさんざん脅しをかけられ純はたまらず明美に弟子入りを懇願した。
正しいところもあるような多少誇張が入っているような気がした。
あの放課後の平手の一件がなければ、純も思いつかなかった。
だが明美の女としての質の高さと自分が女としての修行が必要なことを、純は認めざるを得なかった。
今天聖館高校内では一時期の自らを特別視する風潮は収まり、外部の女子に女のやり方を学ぶために交流を積極的に行う動きもみられている。
その変化を純も僕も感じている。
「さて、今日の議題は――」
名目は他校との情報交換会。ただのおしゃべりだ。
コーヒーフロートだけで、何時間も過ごせる女の特技を披露される。
ファッションやら、駅前のデパートに新しくできたスイーツだとか。
話のメインは明美。
純は塾の授業でも受けているかのように、ふんふん頷きながら聞いている。勉強以上に熱心だった。
「あ、そうだ」
急に純はポンと手をうった。
「ほら! 手作りのパイを焼いてきたから、後で食べて!」
一通り話が終わり、会話が一瞬途切れた、その時を見計らったように急に純は鞄を開いて何か紙袋に包まれたものを取り出した。
「へえ、純も女の子らしいことをやってくるんだなあ」
「明美ちゃん、春香ちゃんとあ、真琴ちゃんと……………………………………清久にも」
一人ずつ配り、最後にこそっとさりげなく僕の目の前に置いた。
明美は見逃さない。
「はい、清久君のは私と交換」
「ええ! そんな!」
「嘘ついちゃだめよ? 手作りのお菓子やジュースに汗や唾液をまぜたフェロモンパイなんて作ってないよね?」
「や、やだなあ……使わないよ?」
「魅了効果があるって、この間雑誌のオカルトコーナーに書いてあったから――。気になる男の子に、これをこっそり食べさせてメロメロにしちゃおうって記事がねえ――」
「ツカワナイヨ?」
目が泳いだ。
(まさか、入れてるのか?)
「ふう――」
大きく明美さんはため息をついた。
そして明美は純の魅了(チャーム)攻撃だけは耐性を持つようになっていた。
通じない。
結局純の手製パイは僕と明美のものが交換された。
急に純は気落ちする。
(恐るべし明美、女の世界――)
僕たちの話そっちのけで、春香は可愛い可愛いと純にずっと頬ずりしている。
うんざりしたような顔で純はコーヒーのカップを手に取った。
「あ、携帯! 買ったのか、真琴……」
「必需品、らしいからな。これでお前と何か連絡も取りやすくなるからな」
頑なだったところもあったがついに真琴も今時の女子高生に近づいたことに感慨深くなった。
「ほら、番号と連絡先IDをちゃんと聞いときなって」
「お、おう……」
ポケットに手を入れ買ったばかりの携帯を取り出した。
「あ、あたしも!」
純も即座に反応する。真琴よりも先に清久の方にスマホを出そうとした。
「純、わかってるよね?」
「あ、は、はい……」
明美に厳しい視線を送られて、真琴に順番を譲った。
結局その場にいた全員がお互いに番号とメッセージIDを交換したのだが。
喫茶店でのおしゃべりを終えるともう結構な時間だった。
僕たちと一緒に帰ろうとする純の首根っこを掴んで引っ張りながら、明美は「また明日」と別れを告げて春香さんと共に去っていった。
「き、清久! 真琴ちゃん、また今度会おうね!」
純がようやくそれだけ言って、道の向こうへ消えていった。
(頑張れよ、純。女の道はまだ先が険しそうだ)
僕は手を振りつつ祈った。
僕と真琴は再び二人きりになって帰り道をゆく。
「……」
「どうした?」
真琴が振り返った。白い山を背景に校舎が映し出されている。
毎日見慣れた光景だが、ここを離れてしばらく経った真琴にとっては感慨が湧く光景だ。
「見てたんだよ。天聖館高校をさ」
そこはかつて真琴も過ごした場所だ。
「こうやってみると小さいな。あそこで、何百人の女子生徒がひしめいて、騒ぎ、笑い、泣いてたりしているとは思えない」
僕も頷いた。
小さな世界だと思う。
でも確かにあそこは二人にとっても世界であった。
少女になったばかりの生徒たちが外に出るまで 一時過ごすその世界。
子宮にも思える。
やがて飛び出すその日まで、母胎が胎児を包み込むようにそこにいる少女たちを育て、守っていることだろう。
少女たちの無数の思いを秘めて……
そんな風にはとても見えない、なんの変哲もない学校なんだが――。
もうすぐ、少女たちがあそこから生まれ出てきたら、どんなふうに街が変わっていくのか。
途方もないような気がした。
行こうか――。
僕と真琴は一瞬お互いの目を合わせた。そして揃って街へ向かって足を踏み出す。
周りには天聖館の生徒と見られる制服をチラホラみかける。かつて男子生徒だった、今は女子生徒たちだった生徒たち――。
(僕は確かに一人だけだ。だけどまだ僕はここにいる)
まだ残っている高校生活を悔いのないように精一杯満喫しないと――。
真琴と一緒に長い階段を下り始めた。
☆ ☆ ☆
雪どけの公園には多くの子供たちが繰り出していた
泥だらけになりながら、遊ぶ男の子や女の子。
鬼ごっこに缶蹴り、サッカー。
それを優しく見守る和服の少女がいた。
どこか過去を懐かしむような瞳で――。
そのすぐ横にはずっと年の離れた親子、いや孫とも思える年の差の男がいた。
「まったく驚いたよ……かの少女たちは囚われていたはずではなかったのかい? あんなに自由に解き放たれた鳥のように――これが君がやりたかったことなのかい?」
コートを羽織った白髪混じりの男がベンチに座りながら呟いた。
「わたしじゃないわ。全部あの二人がやったことよ」
少女は笑って否定する。
「もう、あの子たちは、私たちを乗り越えて先へ行ったの」
「あの日々はもう遠い過去となったんだな」
過去、現在、そして未来が二人の瞳には確かに映っていた。
「私たちが悩み、苦しんだことも全て意味があったということか……」
男はやや伸びた髭のある顎を撫でる。
「大きく周り道をしたし、迷路にも迷い込んで、けれどもを今あの二人は共に道を歩き始めたの」
少女の声は晴れやかさに満ちていた。
「君はあの子の下へ戻らないのかい? ようやく帰ることができたのに」
少女は首を振った。
「もう少し、二人の行く末をみようと思う。だからまだ戻らない」
透き通る空に浮かぶ雲が少女の瞳に映る。
「私には君ほど時間はないかもしれないな。なるべく長生きはしたいが……」
白髪交じりの男は同じく空を仰いだ。
静かな時間がしばし流れた。
「一緒に未来を見届けましょうよ――」
少女はそっと男に並ぶようにベンチの横に座った。
(完)
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