第4話 真守と竜二 ③


 シャワーを終え脱衣所に出ると、

 例のイケメン君が ”待ってました”みたいな感じで

 立ってたから。

 思わず俺は ”げっ!”となって、とりあえず

 大事なところは手で隠した。

 

 

「ささ、これにお着替えねー」



 突き出されたのは、大きな紙袋。

 多分中身は服だと思われる。



「って、え? スーツ? 俺じゃ似合わないって」



 まさかスーツ着て外めしって、

 高級レストランとか料亭の類なんか?

 

 そんなの俺、絶対無理! だから。

 


「テーブルマナーが必要な堅苦しい店なんか

 嫌ですよ」

 


 さすがに昨日の今日でオーダーメイドでは

 なさそうだが、やけにサイズが合っている

 その洋服に怯む。 



「そんなの分かってるよ。何でもいいから、さっさと

 着替えろ」

 

 

 上手い具合に言いくるめられ、

 俺はあれよあれよという間に着替えさせられ、

 どこかで見覚えのある黒塗りの高級車に

 押し込まれてしまった。 



 普通、乗車するのが運転手を含め身内だけの場合、

 上座は「助手席」になるハズだが。

 

 運転手はきっちり黒いスーツ姿の何となくチャラい

 感じのお兄さんで。


 助手席にはやけに顔の整った、

 これまた黒いスーツの男が乗っていた。



「あぁ ―― この2人はこれからもちょくちょく

 顔を合わせると思うから紹介しとくな。運転してん

 のが浜尾良守。助手席のおっさんは、俺の秘書

 八木だ」

 


 2人はそれぞれ俺に向かって目礼した。

 

 

「秘書 ―― って?」


「社長……もしや、自己紹介もまだなのですか?」



 ”八木”と言われた男が前を向いたまま言った。

 

 

「あーっ! そういやぁーそうだったな」



 って、ガハハハ ―― と笑い飛ばすイケメン君。    



「俺、手嶌竜二てしま りゅうじ、ヨロシクな」


「お、俺、いや、僕は成瀬真守です」


「やだなぁ~、そんな急に畏まるなよ。俺の事は

 竜二って呼んでくれや」

 

 

 砕けた口調は相変わらずだけど……

      

 あのマンションといい、

 この高級車といい ―― 

 よもや一般人だとは思ってねぇし。


 よーく見れば、八木さんも、一見チャラい浜尾さんも

 

 ”夜の世界の雰囲気をまとっている”というか……

 気軽には近寄り難い雰囲気がある。

 

 そんな八木さんから……

 

 

「社長 ―― って?」


「あぁ。一応親父から受け継いだ会社動かしてる」


「へぇ~……」



 マジマジと隣を見ていきなりある事を思い出し、

 声を上げそうになって、自分の口を両手で覆った。

 

 

 (嘘、だろ ―― まさか、な……)

 


「何だ。何か言いたそうだな」



 ククッと喉の奥を鳴らして笑う。

 愉悦に揺れる顔まで綺麗で目眩がしてくる。



「……もしかして、祠堂学院の卒業生だったり

 します?」


「まぁな」


「じゃあ……」


「ま、実際には中等部の1年1学期から停学食らって、

 そのまま留学したからあそこにはほとんど通って

 ないんだけど。未だ学籍は残ってるらしい」

 

 

 生徒会の”幹部三役”のうち会計監査役員を

 幼なじみの国枝 あつしがやってるので、

 以前1度卒業式の準備を手伝った時、生徒会室に

 飾ってあった歴代生徒会会長の写真で唯一”後ろ姿”

 だけしか写ってないものがあって。

 不思議に思いあつしに聞いてみたら、

 アレが祠堂の伝説ともなってる先々代会長の物

 だと教えられ凄くびっくりした。

 

 

「写真、嫌いなのか?」



 (あのとき感じた疑問をそのまま言葉にし、

  ついタメ口を聞いてしまい、慌てて言い直す)


  

「――じゃなくて、嫌いなんですか?」

 

「身内だけの時はタメ口でいいよ」 



 砕けた口調の竜二とは対照的に、

 車内の空気はだんだん凍りついてゆく。

 


「でも……」


「写真、な。俺、一応”手嶌”の跡目候補だから、

 今は必要以上に自分の顔、晒しちゃいけねぇんだ。

 だから、うちの組でも俺はもとよりおふくろや

 兄弟達の顔を知ってるのは幹部のごく僅かしか

 いない」

 

「そっか……」



 (見かけによらず結構苦労してるんだな) 

 




「―― ここじゃ路駐出来ないんで、この先にある

 コインパーキングに停めて来ます」

 

 

 と、浜尾さんは車から竜二と俺を降ろしたあと、

 八木さんと共に車で一方へ去った。

 

 おでん・ラーメン・たこ焼き・お好み焼き

 ……等など。

 

 その通りには多種多様な手押し屋台の店が

 ひしめくよう並んで、営業していた。

 


 いや、それにしても……こんな場所へ

 スーツでドレスアップして、 

 クラウン マジェスタみたいな国産高級車で

 乗り付けるお客って何なんだろ……。

 

 って、思ってたら。


 ここにある屋台は全部、煌竜会傘下の香具師が

 経営しており。

 竜二は週に1~2度、こうして訪れ、

 抜き打ち視察兼挨拶回りをするんだとか。

 

 

 どの屋台からも”よっ、竜ちゃんお疲れぇ~”

 みたいな親し気な声がかかって。

 

 どの屋台でも、お腹がはち切れそうになるまで

 ご馳走された。

 

 

『じゃ、ごっそうさん』


『またいつでも来てなー』

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