第2話 真守と竜二
目が覚めれば、見慣れない天井に見慣れない部屋。
一番最初に思い浮かんだ言葉は
”また、死ねなかった……” だ。
少年は名を ”
バイト掛け持ちで借金を返すだけの生活に
精も根も尽き果て ――、
竜二達の乗ったセルシオが急停止した
道の傍にあるビルの屋上から飛び降りたのだが……
”ここでこうして目が覚めた”という事は
まだ自分は生きている、という事だろう。
真守はこれまで少なくとも5回はそんな自殺を
試みて来たが。
いずれも失敗 ―― 未遂で終わっていた。
リストカットしても・睡眠薬でも・
真冬の海に飛び込んでも、何故か誰かに発見され、
一命を取り留めてしまうのだ。
だから ”今度こそは”と、
踏切に立ち走ってくる列車へ飛び込もうとしたが、
つい自分の身体がバラバラになった状態を
想像してしまって、気持ちが悪くなり、屋上からの
飛び降りに変更した。
でも、結局は死ねなかったのである……。
(とりあえず、今何時なんだろ?)
部屋にある壁掛け時計は8時を示している。
(あぁ ―― 親方に休みの連絡入れてねぇや……)
「とにかく起きなきゃな……」
―― ズドンッ!
まだ寝惚けていたせいでベッドから思い切り落ち、
したたかにお尻を打ちつけた。
「いててて……」
―― バタン!
「おい、何してる」
勢いよく扉が開いたと思えば、
駆け込んで来たのはパジャマ姿でも凛々しい竜二だ。
彼を見た瞬間、真守は ”あれっ”こいつと何処かで
あったような気がする……と思ったが、どうしても
思い出せず彼の端正な顔を見つめたまま固まった。
「大丈夫、か?」
「は? あ、何って……とりあえず、起きようと
思いまして……」
そう言い終わったところで、真守の腹の虫が
ギュルギュル~~っと鳴った。
「良かった。身体は丈夫そうだな」
「は、ぁ、お陰さまで」
(こいつは、何なんだ?)
そう思いつつ立とうとすれば、
さっきベッドから落ちた時に打ったお尻以外が
その頃になって痛み出し、立てず、
よろけてその場にへたり込んだ。
あぁ、情けねぇ……
「どうした?」
「あ、い、いや……」
「どこか痛むのか?」
「ん ―― まぁ、そんなとこです」
彼は「はぁー」とため息をつき
真守を軽々と抱き上げベッドに座るようにして
ストンと置いてくれた。
そして真守に目線を合わせるようにしてしゃがむ。
「どこが痛い?」
「どこって……全部? みたいなー」
「診るぞ」
真守が止める間もなく、
シャツがめくり上げられ、
竜二は大きく目を見開いて驚いた。
両親が自殺後、それといった身寄りのない真守は
譜系を末端まで辿ってやっと見つかった遠縁の
親戚宅に預けられた。
彼が見て驚いたのは、真守の身体の至る所に残った
傷痕だ。
遠縁の叔母やその家族から連日殴る・蹴るの暴力を
加えられていたから、そんな怪我の跡なんて
そう簡単に消えるわけがない。
家業柄、この手の疵なら見慣れている竜二は、
真守の疵が喧嘩や自損で出来たモノではないと
ひと目で見抜いた。
「誰にやられた」
「……」
初対面の名も知らない男に教える義理はない。
学校の友達にさえ言っていないのに……
言えるはずなんてないんだ。
(ってか、そんなのあんたに関係ないじゃん)
と、思って、真守は目線を逸らし黙り込んだ。
すると急に竜二は立ち上がり隣の部屋へと
真守を残して行ってしまった。
怒らせてしまったのだろうか?
いや、きっとあきれたんだ、と考えていると
救急箱らしき物を持ってきて、また真守の近くに
しゃがんだ。
「手当てしてやるから全部脱げ」
「別にいいよ」
「ちっとも良かぁない。従わねぇなら押さえつけてでも
脱がすぞ」
恐る恐る竜二の表情を見れば、
真顔だったので怖くなって渋々服を脱ぐ。
昨日の傷や今までの傷……それら全てが竜二によって
手当てされていく。
そんな竜二を見ながら真守は ”変な奴だな~”
なんて思っていた。
「ほら、もういいぞ」
そう言われて、脱いだ服を急いで身に着けた。
男同士とは言えど、知らない人に裸を見せるのは
少し恥ずかしかった。
「ありがとう……」
「で、誰にやられたんだ?」
さっきの話を覚えていたようで、
よほど知りたいのか?
真守の肩をガッツリ掴み、ばっちり視線も合わせ
半端ない威圧をかけてくる。
「……」
「話すのが辛いなら無理に話せとは言わねえが、
誰かに言って楽になる事もある」
思いがけない竜二の優しい口調と言葉に、
頑なな真守の心も微かに揺れ動く……が。
そんなすぐには素直にも、
目の前のイケメンの事も信じる事ができず、
真守はだんまりを続けた。
「……」
「ま、いいか。お前の身の上話は追々聞くとして、
腹減っただろ? 朝飯できてっから」
と、竜二は妙に弾んだ足取りでこの部屋から
出て行った。
1人に戻ったところで、
改めて室内を見回してみた。
…… …… ……
今まで世話になっていた叔母の家だって、
旦那(叔父)が開業医だから世間一般的に言って、
ちょっとは裕福な家庭だったと思う。
だけど、この家は ――
壁に掛けられている絵画や無造作に置かれている
アンティークの置物ひとつ取っても
叔母の家とは桁違いの金持ち臭が漂っている。
『マモ~っ! 早く来いよぉー』
隣室から聞こえてきた声に
”はーい”って返事をして慌てて立ち上がり、
ふと思った。
……??
(俺、あいつにいつ名前教えたっけ?)
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