第3話 真守と竜二 ②


 今まで真守がいた部屋はメゾネット型マンションの

 中2階にあたる居室だったようで、 

 真守がらせん階段で階下のLDKに降りると、

 竜二は既に出かける身支度を済ませていた。

 

 真守が ”あれっ”と意外に思ったのは、

 てっきり学生だと思っていた彼が学校の制服ではなく

 サラリーマンが着るようなスーツ姿だったから。

 

 

「……もしかして、これから仕事?」 

 

「もしかしなくても仕事だが」


「あ ―― あぁ、そうか。俺のせいで引き止めて

 すまなかった」

 

「何ちゃあないって。じゃ、俺は仕事に出るけど、

 マモは好きな事してていいからな。夜は何か

 外で旨いもんでも食おうぜ」

 

 

 それは一瞬の出来事だった ――

 

 真守の顔へググッと寄ってきた竜二は

 真守がそうと気づく前に素早く真守の唇を奪った。

 

 まるで映画のワンシーンみたいに……。

 

 へ? 何? 今の……

 

 

「俺が戻るまでいい子にしてろよ」



 そう言って颯爽と出て行った。 


  

 (戻るまで ―― って、

  俺、夜までここにいていいのか?)

 


*****  *****  *****



「いただきます」



 我ながら図々しいとは思ったけど空腹には勝てず、

 テーブルにセットされていた純和風の朝飯を綺麗に

 平らげた後 ――

 

 

「ごちそうさまでした」


 

 一応後片付けをして。

 

 さぁて、これからどうしよう……

 

 まだ名前も知らないイケメンなあいつは、

 俺に夜まで待っていて欲しいみたいな口ぶりだったが

 そうそう甘えてばかりもいられない。

 

 前回までは自殺未遂をやらかす度に、

 病院なんかの治療費がつき。

 借金は減るどころか増える一方だった。

 今回そうゆう事はなかったようでそれだけは

 ホッとした。

 

 でも、ほんの少しだけ”ひと休み”と、

 ソファーに寝転がった。

 

 

 借金取りから逃げ回らずにいられる時間。


 お腹もいっぱいだし、快適で安全な空間。



「昨日までは、想像もしてなかった」



 ただもう、生きていくだけで精一杯だった。

 

 返済できるあてなどない多額の借金 ――

 それこそ夫婦共働きで身体が磨り減るくらい働いても

 利子すらまともに返済できない状態で。

 

 両親は別れの言葉さえ残さず死んでしまった。


 葬式の翌日、借金の取りたてにきたヤクザに


 『喜べ。いい買い手が見つかったぞ』


 と言われて目の前が真っ暗になった。


 普通なら信じられない事だけど、

 叔母が俺を売ったらしい。


 『5分で身の回りの荷物をまとめてこい』

 

 って言われ、半地下の自分の部屋に行くフリをして、

 叔母の家から逃げ出し、無我夢中で走って。

 

 辿り着いた場所が、あのビルの前だった。 


 

 

 


 涙を誰か拭ってくれる ―― 抱きしめてくれる。



「もう、泣かなくていいから……」



 その声は……お母マモくん? 

 じゃあ、今まであった事は全部ゆめ?



「マモ、1人にしてごめんな」



 その声は、お父マモくん?

 俺の傍に居てくれるの?


 俺も2人を強く抱きしめた。



 でも、待てよ ――?

 なんか、ちょっと、違うような気がする……


 俺は目を開けた。



「はよ~、寝坊助ちゃん」



 至近距離にあのイケメンの顔があった!



「大丈夫か? 泣いてるぞ?」


「あ……」



 俺は、もしや抱きついていないか?

 そして……抱きしめられてないか??



「もう大丈夫、俺がついてる」 



 並みの女なら即キュン死しそうな天使の微笑みで

 俺の瞼にキスをして涙を吸い取った!!


 瞬間、意識は完全覚醒!



「ちょっっ! 何してる??」



 いつの間にか俺の上には毛布が掛けられていて

 その中にイケメンもいる!


 しかも上半身裸! 

 俺は……服を着ている。良かった……



「仕事から帰ってシャワー浴びて戻っても

 マモってば寝てて、めっちゃ可愛い寝顔見てたら

 俺も眠くなってさ」



 俺を見てテヘッと笑う。



「……顔、近くない?」


「あー、気にしない気にしない、マモの寝姿も

 可愛いすぎ。しかも泣いてるし、顔真っ赤だよ」



 俺は慌てて涙を拭いて、イケメンへ背を向けた。



「……お父さんって言ってたけど、

 やっぱまだ寂しい?」



 背後からイケメンが聞いてきた。


 心臓が痛いくらい鼓動を速める。



「こ、この間死んだうちの番犬。子供の頃からずっと

 可愛がってたから、夢にまで出てきちゃたのかなぁ、

 アハハハ ――」

  


 咄嗟に理解不能な上にわざとらしいでまかせを

 かました。



「ふぅぅぅん、ワンちゃんなんだぁ。変わった名前

 つけてたんだな……」



 明らかに嘘だとばれてる……当然か。


 イケメンが先に毛布から出る。



「シャワー浴びな、出かけるぞ」



 言いながら片隅のらせん階段で階上へ登って行った。


 既にカーテンが引かれた窓に目を向ければ、

 外はすっぽり夕闇が降りている様子だ。

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