うたた寝したらコタツだった件

宗馬三夜

うたた寝したらコタツだった件

 労働基準法? なにそれおいしいの? という典型的なブラック企業に勤めている俺にとって、唯一のオアシスである貴重な休日。時間は13時頃。


「あ、あれ? 無い!? すみません! すぐに持ってきますね!」


 その貴重な休日を邪魔するように、俺の部屋の玄関に来訪した彼女は、何かを忘れたのか急いで隣に戻っていく。

 なんでも、俺の不在中に彼女が住む隣の部屋で事件があり、そのことで騒がせてしまったお詫びの品を持ってきたらしいのだが……。


「もう限界だ……」


 俺は眠気に抗う気力も無くしてコタツで横になる。

 正直、女性の声が聞こえてこなければ、そのまま昼寝していただろう。

 そして扉を開いてみれば、とんでもない美人が俺の目の前にいたのだ。


「いやぁ……。この質素なアパートには不釣り合いなくらい可愛かったなぁ……」


 長くてつややかな黒髪に、化粧っ気のない透き通るような顔と若々しい肌。

 たわわな乳房ちぶさに安産型のヒップライン。

 優しそうな笑顔と仕草は、まるで保育士か巫女みこさんみたいだった。

 高望みではあるが、ああいう子と付き合えたら、俺みたいな底辺も生きる意味を見出みいだせるかもしれないな……。


「はぁ……。どうせまた来るだろうし、5分でも3分でも良いから寝よう……」


 彼女の来訪を目覚まし代わりにしようと決めて、俺の意識は落ちていく……。




▽ ▲ ▽ ▲ ▽ ▲ ▽ ▲ ▽ ▲




 ん? 何だここ?


 目を開けるとそこは見知らぬ部屋。

 部屋の構造から察するに、どうやら俺が住んでいるアパートと同じような部屋だが、決定的に違うところがあった。

 部屋には可愛らしいピンクのベットと勉強机があり、その机の上で焚かれているアロマのせいなのか、部屋中が甘い匂いに包まれていた。


 どうしてこんなところで寝ているんだ俺は? こんな見るからに女性が住んでいそうな部屋で寝れるほど、俺はリア充じゃないんだが……。


 こんな意味不明な状況のまま寝ているわけにもいかないので、俺は体を起こそうとする……が。


 あれ? 金縛りにでもなってるのかな? 頭も腕も脚も全く動かせないぞ……?

 というか寝てる体勢がおかしくないか!?

 で寝てるとか、変わった寝相ねぞうってレベルじゃねえぞ!


「……はー。疲れたなぁ。今日は寒いし、さっさとコタツであったまろう」


 突然、可愛らしい声がしたかと思うと、俺に詫びの品を渡そうとしていたあの女の子が部屋に入ってきた。


 もしかしてここって彼女の部屋なのか?

 どうしてこんなことになっているのか分からないが、このままだと不法侵入者と変態の烙印らくいんを押されてしまうんじゃないか!?

 まずい! とにかく説明しなくては!


(あ、あの……。俺、いつの間にか君の部屋で寝ちゃってたみたいでさ。どうしてこうなったのか全く覚えてないけど、誤解だけはしないでくれ! 俺は君を襲おうとか全く思ってないから! …………あれ?)


 俺はできるだけ大声を出してみたが、何故かその声はするだけで、彼女には全く聞こえていないようだった。


 何だ? 声も出しているはずなのに全く自分の耳に届かないぞ?

 というかいま気づいたが、服の感覚が全くない気が……!?

 えっと……。つまり俺はなのか!?

 嘘だろ! この状況はどう考えてもまずすぎる!!


「……あれ?」


 ああ……。彼女が俺を見ている。終わった…………。


「おかしいなー。このコタツはこんな地味な肌色じゃなくて、ピンク色だったはずなんだけど……。まあ良いや」


 ん? 彼女の様子が変だぞ……? それに俺を見てコタツって……?


 彼女は俺を見ると何故か表情をゆるませて、少しづつ俺の顔面にスカートを近づけてきた。


「ふー……。やっぱ寒い日にはコタツが一番だね」


 彼女はそのまま俺の顔面に下半身を当てて、気持ちよさそうな声を出していた。


 何だ!? 何のプレイだこれ! 彼女は変態なのか!? それとも俺が変なのか!?


 俺の顔の大きさ的にはおかしいはずなんだが、目の前には彼女の豊満ほうまんな乳房があり、鼻や口のあたりには彼女の太ももが当たっている。


 ああ駄目だ! 女性特有の甘い匂いとか目の前の光景とかで、忙しくて長らく使っていなかった俺の息子が!

 そうなったら本当に終わりだぞ俺! …………あれ?

 普通ここまで興奮したら絶対にアレの感覚が分かるのに、全く感じないぞ……!?

 その代わりになんか体が凄く熱くなってきたような……?


「ん? なんか温度がちょっと高い気がする。えっと、コントローラーはどこだっけ?」


 そう言いながら彼女は体をくねらせて、スカート越しのアソコがあと数センチで口に当たるところまで近づいてきた。


 い、いかん! これはもう……無理だ!

 いつもなら間違いなくギンギンだよこれは!!

 てか熱い熱い熱い熱い熱い!! 体が燃えるようだ!


「っ!? あっつ! 何このコタツ! もしかして壊れた!? とりあえずコンセントを抜こう!」


 彼女は立ち上がって俺の腹の方に移動していく。

 彼女の言動が少し気になったので追いかけるように目を動かすと、奇妙なことにして、俺の左腹の方にいる彼女の様子を見ることができた。

 彼女は俺の下半身側の壁にあるコンセントを引っこ抜く。

 すると急激な眠気が俺に訪れていた。


 あれ……? あのコンセント、俺の胸あたりに向かって伸びてないか……?

 それにさっきから俺のことをコタツって言ってたけど、もしかして本当に俺は…………?


 俺は眠気の前になすすべもなく意識が落ちる……。




▽ ▲ ▽ ▲ ▽ ▲ ▽ ▲ ▽ ▲




「……どうして……あんなにきつく言わなくても…………」


 女の子のすすり泣く声と背中に感じる冷たさで目が覚める。


 顔は相変わらず動かないが、コンセントを見た時のように目のみを動かしてみると、背中や尻のあたりに目だけが移動して周囲を見ることができた。

 ……どうやらさっきと同じ部屋みたいだ。


 感覚的には俺は相変わらず全裸で四足歩行の体勢という奇妙な状況だが、さっき意識が落ちる前に分かったことがある。

 どうやら俺は彼女の部屋のコタツになっているらしい。

 俺の左腹あたりに寄りかかって涙を流している彼女の態度から察するに、どうも間違いないようだ。

 いや、むしろそう思いたい。だってそうじゃないとこの状況はあまりにも狂気的すぎるから……。


 どんなに目を動かしても自分自身を見れないが、自分がコタツだとすると四肢ししがテーブルの脚になっていて、ふとんが顔や腹、尻などの感覚を担っているみたいだ。

 てことは天板は背中だろうか。

 実に奇妙だが視界の感じからして目だけ天板の範囲を動けるようだな……。


 それにしても何で彼女は泣いているんだろう?

 自分がこうなった理由よりもそっちの方が気になる。


「確かに私はミスばっかりの役立たずだと思うよ……。でもだからってあそこまで言わなくったって……!」


 急いで仕事から帰ってきたのか、彼女はビジネススーツを着たまま大量のあせを流して泣いているようだ。


 もしかしてパワハラとかかな?

 このアパートに女性の一人暮らしって時点で、ある程度は苦労してそうだなと思っていたが、こんな可愛い子をいじめる上司がいるなんて世も末だな……。


「お父さん……お母さん……。私、どうすれば良いのかなぁ…………?」


 くそ。励ましてやりたいのに、声が届かないのがすごくもどかしい。

 彼女はこんなにもつらそうに泣いているのに!


「すー…………すー…………」


 しばらくすると彼女は泣き疲れたのか、そのまま眠ってしまったようだ。


 さて、どうするべきだろうか。

 このまま彼女の寝息と体温を感じるのも良いが、どうにかして人間に戻らないと……。

 そもそも何で俺はコタツになったんだろう? 一体全体どうなって……ん? あれは……。


 どうにかできないかと周囲を見渡していると、ピンクのベッドの上にデジタル時計があるのが見えた。


 そこに表示されている日付は彼女が俺の部屋に来た一週間前で、一瞬バグっているのかと思ったが、もしその日付が正確だとしたら今この瞬間は一週間前ってことになるよな……?

 だとしたら今の俺って誰なんだ? そもそも俺ってどうやって自分を認識してたっけ?


 いや、自分がコタツになるなんて出来事が起きたから頭が混乱しているんだ。冷静になれ。

 それに夢の中って可能性の方が多いにありえるんだから、そこまで深刻に考える必要はないだろう。

 こういう時は最初から思い出してみると…………。なんか左腹あたりの熱さがおかしくないか?


「……はぁ……はぁ……」


 苦しそうな彼女の声が聞こえて、左腹に目を移動させて見てみると、彼女は異常なほどの大量の汗をかいていて、顔色が青くなっていた。


 これってもしかしてコタツによる熱中症か!?

 確か顔色が青くなるって中度の症状だったような!? このままだと彼女は……。

 くそ! 俺のせいで彼女が死ぬなんて嫌だぞ! なんとか俺から彼女を出さなくては!


(うおおおお! 動けよ俺の体あああああああ!!)


 なんとか体を動かそうとあがき続けていると、少しだけ彼女の体が俺から離れたのを感じた。

 もしかして腰を動かせばコタツでいうと、ふとんの部分が動くのか?

 このまま一気に弾くように腰を動かせば彼女を助けられるかもしれない!


(うおおおおおおおおおおおおおおおお!!)


 俺は頭の中で叫びながら全力で腰を右から左に動かす。

 すると彼女の体が俺に押されるように弾き出され、俺から抜け出させることができた。


 よし! これで彼女を温め続けることはなくなったぞ。

 でも彼女が熱中症になっていることには変わりない。なんとかしないと……。


 何かできないかと目を移動させていると、天井に白い固形物があるのを見つけた。

 あれは火災報知器だ!


 もしデジタル時計が壊れていないのなら、そろそろ20時になる。

 確か、これくらいの時間になると年老いたアパートの管理人が、部屋の住人と毎日のように酒をみ交わしていたはずだ。


 これしかないか……。君を助けるためだ、許してくれ……!


 俺は興奮するために無防備に倒れている彼女を見続ける。


 清純な印象を思わせる長くて艶やかな黒髪は乱れ、苦しそうな声を出しているが、俺はその彼女の様子を脳内で変態的な発想に変えていく。

 そう、彼女は俺によってこうなっているのだ。

 つまり俺と行為をしているのと変わりないのでは?

 呼吸によって上下する豊満な胸と、汗でべっとりと濡れた服がまるで無理やり着たままヤッているように感じられて、何か凄く背徳的はいとくてきだ……。


 体が熱い! もっと! もっとだ! もっと興奮しろ俺!


 こんな清純そうな子ならブラジャーもパンティーも純白なんだろうなぁ。

 いや、ストレスを溜め込んでいるから、意外と黒くてヒラヒラのやつかもしれないぞ……!

 それに彼女の腰からお尻のライン……。凄く興奮する……!

 ああ、いますぐ人間に戻って彼女の匂いを嗅ぎたい! そしてメチャクチャにしたい!


 熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い!!


 体が熱くて我慢するのもきつくなってきた時、俺の体から異臭がしてきた。

 それに肌が火傷のようにヒリヒリする……。


 この臭いと感覚は間違いない! 興奮しすぎたせいで俺から火が出ているぞ!

 頼む! 反応してくれ!

 そうじゃないと彼女を火事で殺すことになっちまう……!


 自分のやったことに自信がなくなってきた頃、煙に反応したのか火災報知器のけたたましい音が響いてくれた。


「何だ!? どこかの部屋で火事が起きたのか!?」


 その火災報知器に気づいてくれたのか、管理人の声が遠くから聞こえてきた。


「ん? もしかしてこの部屋か!? おーい! 早瀬さん、大丈夫ですかー? …………返事がない。開けますよー?」


 ああ、これで彼女は助かるはずだ……。

 ごめん。君を助けるためとはいえ、コタツを燃やしちまった……。


 俺は管理人が部屋に入ってきたのを確認した途端、一気に意識が落ちていった…………。




▽ ▲ ▽ ▲ ▽ ▲ ▽ ▲ ▽ ▲




「はっ!? …………ここは?」


 目を開けるとそこは俺の部屋で、ドアを叩く音が聞こえていた。

 体はコタツで横になっていて、さっきまでの夢とは違ってちゃんと人間だと確信できる。

 だってアレが立っているんだもの……。


「佐藤さーん! 持ってきたので開けてもらいませんかー?」


 俺はコタツから飛び起きて、玄関を開ける。

 そこにはお詫びの品を持ってきた彼女が立っていた。


「良かった。開けてくれないかと──」


 彼女は頬を赤らめて顔をそらす。あ、そういえばこのままだった!


「あ、その! これはいわゆる朝立ちですよ! だから──」

「いえ、ちょっとびっくりしただけですから……。それよりもこれを……」


 彼女は俺の顔をまっすぐ見つめると、俺に瓶のようなものを渡してきた。


「えっと? これは……?」

「私が渡せるものってもうこれくらいしか残ってなくて、だからこれでお詫びということで良いですか……?」


 彼女から手渡されたのは、あの勉強机に置かれていたアロマオイルだった。

 俺は彼女が何でお詫びの品を渡し回っているのか気になり、質問する。


「あ、えと……。ありがたく受け取っておきます。……そういえば何で渡し回っているんですか?」

「あれ? 管理人さんから聞いていなかったんですか? 私の部屋で小規模の火事があったんですよ。それで皆さんに迷惑をかけてしまったので、せめてものお詫びにと……」

「そうなんですか。……どうして火事に?」

「あ、えと。情けないことにその時の私はコタツで温まりすぎて、熱中症で倒れてしまって……。で、そのままコタツから火が出て、火災報知器が作動したらしいんですよ。あ、管理人さんから教えてもらったので憶測なんですけど……」

「火傷とかしなかったんですか?」

「いえ、管理人さんが来た時にはもうコタツから体が出ていたみたいです。そんな体力なかったはずなのに不思議ですよね」


 やっぱりあれは夢じゃなかったのか……? そうだ。少し試してみよう。


「あの……。俺、いつでも相談に乗りますから!」

「え?」


 あ! つい気持ちが先行しちまったよ!


「あ、すみません! 実はこのアパートの壁が薄くて、あなたの泣き声が聞こえてきちゃったんですよ。ミスばっかりの役立たずだとか、あそこまで言わなくてもとか……」


 俺がそう言うと彼女は赤面して、


「え! やだ、恥ずかしい……」

「あ、あの! もし良かったら時々、お互いに仕事の愚痴ぐちをこぼしませんか? 俺も色々あってしんどいし、一人で溜め込むよりも話し合ったほうが楽になるかもなーって……。なんて、迷惑ですよね?」


 俺がそう言うと彼女はちょっと困った顔をして。


「えっと……。私は良いんですけど、私の話を迷惑に思ったりしませんか?」

「迷惑だなんて! それに俺から誘ってるんですし」

「…………それもそうですね! 私、早瀬恵美はやせえみって言います。えっと……。あなたは──」

「俺は佐藤栄介さとうえいすけです。あ、俺の話は結構エグいですよ。何せブラックですから!」


 あんまり空気が重くなりすぎないように、俺は大袈裟に変顔でおちゃらけてみる。


「あはは。それは興味深いですね! 私も色々と毒が溜まってますよ……!」


 そう言いながら彼女は俺に女神のような笑顔を向けてくれた。俺も彼女にとびきりの笑顔を向ける。


 ああ、神様。

 もし彼女と会うために一時的にでもコタツにしてくれたのなら、俺は神様を信じるよ。

 別にこのまま最終的に恋人になったりしなくても良い。

 こういう子と笑い合える、それだけで底辺だった俺の人生は光り輝くんだから……。

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