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 まるで、今までのことが夢だったかのような気分である。

 目の前には、見慣れた天井があり、隣には妻がいる。

 あの日、見知らぬ少年に刺殺された妻が。

 わたしを見て微笑んでいる。

 妻はわたしの名前を呼び、優しくわたしの頭を撫でる。

 それがとても気持ち良く、わたしは幸せな気持ちだった。


 次の瞬間、気がつくと知らない場所にいた。

 見たところ廃墟だろう。

 今にも崩れ落ちてしまいそうな天井や床が見える。

「ここは……?」

 なぜ、わたしは椅子に拘束されているのだろうか。

 なぜ、わたしから血の匂いがするのだろうか。

 考えていると、見知らぬ男が現れた。

 男はわたしを見て、とても悲しそうに一つの厚みのある封筒を渡す。

「受け取ってください」

「受け取りたくても、拘束されていて無理です」

「そうでした。暴れ出されたら困りますからね」

 男はヘラっと笑い、拘束具を取る。

「これで受け取れますよね」

「ええ、まあ。でも、これは一体何ですか?」

「お金です」

「お金?」

 わたしは封筒を開ける。

 すると、そこには五十万円が入っていた。

「このお金は一体何ですか?」

「それはあなたの奥さんの価値です。平均は十万円ですが、あなたの奥さんはとても優秀だったので、五倍ですね」

「…………」

「受け取ってくれますよね?」

「お断りする」

 わたしは渡された封筒を男に渡す。

「五十万円なわけがない。わたしの妻が」

「はぁ……。これは我々死後等価交換組合が決めた計算方法により出された額なのですが……」

「死後等価交換組合?」

「ええ、世界中の人や物の価値を主にお金に換え、その人が亡くなった場合、物を失くした場合にそれ相応のお金を支払う者です」

「よくわからないが、わたしの妻はわたしを助けて死んだのだ。こんな安いわけがない」

「申し訳ありませんでした。それを入れることを忘れていました」

 男はそう言うと、銃をこめかみに当てる。

「間違いを指摘してくれたあなたは、きっと我が組合には必要不可欠な存在です。自分の変わりに、どうかあなたの計算方法で、等価交換を行ってください」

 そう言うと、男は引き金を引いた。


 わたしにとって、それは一瞬の出来事だった。

 止めようと手を伸ばしたが、間に合わなかった。

 男が死んだ後、わたしは持っていたボールペンで、男の持っていた封筒に金額を書いた。

 そして、その隣に【この男の価値はこの金額である】と書いた。

 きっと、こういうことなのだろう。

 不思議と罪悪感のようなものはなかった。

 わたしは正しいことをしているような感覚だった。

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等価交換 春血暫 @mr-0o

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