3

 とても不思議な夢を見た。

 宝くじが当たり、大金手にするがすぐにそれを失うというもの。

 目を覚まし、わたしは隣で眠る妻を見る。

 妻はとても気持ち良さそうに眠っていた。

 わたしは息を吐き、起き上がる。

 カレンダーの日付を見ると、今日は月曜日だが祝日だった。

 だから、今日は休みである。

 久しぶりに妻と出かけようか、と考えながら職場に行くと。

 わたしの仕事机の上に、一枚の封筒があった。

 昨日の手紙といい、一体何なのだろうか。

 恐る恐る封筒を開けると、中には宝くじが入っていた。

 一体誰が、いつ、何の目的でわたしの元に置いたのか。

 私は怖くなり、それを引き出しの中に仕舞った。


 少しすると、妻が起き、朝食の支度を始めた。

 妻は料理をしながら「ねえ」とわたしに声をかける。

「あなた、今日ってお休み?」

「ああ、そうだよ。だから、久しぶりに出かけようと思うんだ。どうかい?」

「嬉しい。どこに行く?」

「君の好きな場所で良いよ」

「なら、あなたの好きな場所ね」

 妻は食卓に野菜炒め、鯖の塩焼き、白米を置きながら言う。

「あたしはあなたと一緒にいて、もう二十五年になるのに。あなたのことを、あまりわかっていないと思うの」

「そうかな。君は、わたしの良き理解者だよ」

「そうなりたいと思っているだけよ。実際はきっと良き理解者ではないわ」

「そうか」

 わたしは手を合わせ、それから朝食を食べる。

「まあ、君がそうしたいならそうしよう。と言っても、わたしの好きな場所というのはあまりないよ? 図書館や博物館、美術館などだ」

「良いの。ありがと」

 妻は笑って、手を合わせ、それから朝食を食べる。


 久しぶりということもあり、わたしと妻は手を繋いで歩く。

 隣を歩く妻がとても楽しそうで、わたしも何だか楽しく感じた。

「ねえ、あなた」

 妻は私を見て言う。

「今朝は仕事場に行った?」

「ん? どうして?」

「昨夜、あなたへのプレゼントとして宝くじを買って、あなたの仕事の机の上に置いておいたの」

「ああ、あれは君からのものだったのか」

「ええ」

「ありがとう。後で番号を確認してみるよ」

 わたしがそう言うと、妻は首を横に振る。

「わたしが今朝、確認したわ」

「そうなのか」

「あれね、あの……」

 妻はわたしの耳元で言う。

「一等が当たったのよ」

「え?」

「一等の七億円が……当たったの」

「そうなのか。それは良かった。ありがとう」

 わたしは妻を抱きしめる。

 外で、通行人がそこそこいたが。

 あまり気にせず、わたしは強く妻を抱きしめた。

 妻は嬉しそうに笑う。

「全部、あなたにあげるわ」

「全部はいいよ。十分の一とかで良い。当てたのは君だから」

「あたしはあなたにあげたかったのよ。全部」

「どうして?」

「大金があったら、あなたはしばらく仕事を休んでゆっくりできるでしょ?」

「…………」

「こうして、夫婦の時間も過ごせる。ほんの少しの間だけどね」

「……そうか。そうだね」

 わたしは申し訳なくなり、妻から少し離れる。

「ずっと仕事をしていて、申し訳なかった。君や子どもたちのことを見ていなかった」

「良いの。あなたがお金がとても好きなのはわかっていたから。だけど、ほんの少しだけ寂しかったわ」

「……わかった。しばらく休もう。君とゆっくり時間を過ごそう」

 わたしはそう言って、また強く妻と手を繋いだ。

 離れないよう。

 はぐれないように。


 帰宅し、すぐに銀行に向かった。

 妻と一緒に。

 大金を手にし、わたしはとても満たされた。

 だが、不安になった。

 それは、あの手紙のことである。

 わたしは妻に話すかどうか悩んだ。

 妻はわたしが悩んでいることに気づいたのだろう。

「どうかしたの?」

 と、優しくわたしに声をかける。

「あなた?」

「ああ、実は昨日、わたしの机に脅迫めいた手紙があってね。わたしはどうやら何かしらの罪を犯したようで、それは死刑に値するという」

「そんな。あなたは犯罪をするような人ではないわ」

「ああ、わたしも身に覚えがないのだ。ただ、その手紙の送り主がこのことを知ったら、また脅迫めいた手紙を送ってくるのではないか? と、思うと怖くてね」

「…………」

「心配させてすまない。きっと、何かのいたずらだ。この仕事をしていると、たまに恨まれたりするからね」

「あなた……」

 妻はわたしの服の裾を掴む。

「無理はしないで。あたしの前ではそのままのあなたでいて。どんなあなたでも、あたしは好きだから」

「……ありがと」

 それじゃあ、行こうか、と銀行から出た。


 妻と一緒に家に向かって歩いていると。

 後ろから奇声を発しながら何者かが走ってきた。

 わたしが振り向くと。

 そこには、一人の少年がいた。

 少年は充血した眼で、わたしの方へナイフを向けながら走る。

「おマエは! 罪ヲ! 犯しタ!! 死ね!! シネェェエエアア▲▼○◆◣●◆◁◁◇!!」

 わたしは驚いて、動くことができなかった。

 きっとこのまま、この狂った少年に殺されるだろう。

 そう思った瞬間、妻が「危ない!」と言って、わたしを押した。

 そして、わたしの代わりに刺された。


 わたしは妻の名前を叫んだ。

 何度も何度も。

 妻はわたしに向かってニッコリ笑う。

「ほら……、言った……でしょ……?」

「何を?」

「あなた……は、家族…………を……愛し……て……いる…………て」

「!」

 昨日の妻の言葉を思い出し、わたしは涙を流す。

「ああ、そうだ。わたしは君や子どもたちを愛している! 愛しているのだ!! だから、死なないでくれまいか……? 頼むから……!!」

 強く妻を抱きしめる。

 段々と冷たくなっていく妻を。

 もう一言も喋ってはくれない妻を。

 わたしが初めて愛した人を。

「君と行きたい場所があったんだ……。君と初めて出会った、あの場所に……」

 だけど、もう叶わない。

 わたしに抱きしめられたまま、息を引き取った妻からわたしは離れる。

 近くには、妻を刺殺し、立ち尽くす少年がいた。

 妻を刺したナイフは軽い音を立て、地面に落ちる。

 私はそのナイフを拾い、少年に向ける。

「教えてくれまいか? なぜ、わたしを殺そうとした?」

「犯罪者ダからダ!」

「わたしは何も罪を犯したことなどなかった。だが、今、罪を犯す」

 人を殺してはいけないのだろう?

 人を殺すから、殺人罪になる。

 なら、目の前にいるこの少年は人の形をしたただの狂った物だから、殺人罪にはならない。

 器物損壊罪だろう。

「妻を返せ。妻を返せ。妻を返せ。妻を返せ。妻を返せ。妻を返せ。妻を返せ。妻を返せ。妻を返せ。妻を返せ。妻を返せ。妻を返せ。妻を返せ。妻を返せ。妻を返せ。妻を返せ。妻を返せ。妻を返せ。妻を返せ。妻を返せ。妻を返せ。妻を返せ。妻を返せ。妻を返せ。妻を返せ。妻を返せ。妻を返せ。妻を返せ。妻を返せ。妻を返せ。妻を返せ。妻を返せ。妻を返せ。妻を返せ。妻を返せ。妻を返せ。妻を返せ。妻を返せ。妻を返せ。妻を返せ。妻を返せ。妻を返せ。妻を返せ。妻を返せ。妻を返せ。妻を返せ。妻を返せ。妻を返せ。妻を返せ。妻を返せ。妻を返せ。妻を返せ。妻を返せ。妻を返せ。妻を返せ。妻を返せ。妻を返せ。妻を返せ。妻を返せ。妻を返せ。妻を返せ。妻を返せ。妻を返せ。妻を返せ。妻を返せ。妻を返せ。妻を返せ。妻を返せ。妻を返せ。妻を返せ。妻を返せ。妻を返せ。妻を返せ。妻を返せ。妻を返せ。妻を返せ。妻を返せ。妻を返せ。妻を返せ。妻を返せ。妻を返せ。妻を返せ。妻を返せ。妻を返せ。妻を返せ。妻を返せ。妻を返せ。妻を返せ。妻を返せ。妻を返せ。妻を返せ。妻を返せ。妻を返せ。妻を返せ。妻を返せ。妻を返せ。妻を返せ。妻を返せ。妻を返せ。妻を返せ。妻を返せ。妻を返せ。妻を返せ。妻を返せ。妻を返せ。妻を返せ」

 頭の中には、妻と子どもたちのことでたくさんだった。

 本当はあの宝くじで、子どもたちと一緒に家族で外食をしたりする予定だった。

 子どもたちの生活費にする予定だった。

 あとはのんびり夫婦で、旅行をする予定だった。

 なのに、どうして?

「ああ、わたしのせいか……?」

 わたしが殺されそうになったところを、妻が助けてくれて、代わりに死んでしまった。

 死なせてしまった。

 わたしの方が死ぬべきだったのに。

 妻を殺したナイフで、このまま死のうか。

 そう思ったとき、わたしはとあることに気づいた。

 わたしを殺そうとし、妻を殺した少年はたくさんの刺し傷があり、血塗れになっていたのである。

 わたしも血塗れになっていた。

 少年はまだ少し息があるようで「タスケテ」と言う。

 そんな少年に、わたしは「なあ」と問いかける。

「人の価値は、お金で決まるんだ。その人が死んだときに支払われる金額で。君には一体どれくらい価値があるのだろう」

「そ……な………い……、た……けて……」

「わたしは、君には価値がないと思うんだ。無価値の物や者はなくなっても世界は変わらない。むしろ、スッキリして良いと思うんだよ」

 わたしはそう言って、少年の首にナイフを突き刺した。

 どこかで誰かが悲鳴を上げる。

 その悲鳴が、なぜか心地良かった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る