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ここ数日、メディアではとある殺人事件の話ばかり。
わたしは日課である、朝食を食べながら新聞を見たりしていると。
台所で妻がわたしを呼ぶ。
「あなた、ちょっと来てくれる?」
「どうしたんだ? 顔を青くして」
「青くもなるわ。今、包丁を使おうとしたら、全部刃に血が付いているの」
「血?」
「ええ」
「全部っていうのはおかしい。確かに昨日、わたしは料理をしようとして指を切ってしまったが……。それでも、しっかり洗ったはずだ」
ふむ、とわたしは腕を組む。
「気持ちが悪いから、全て捨ててしまおう。わたしがやっておくから、君は休むと良い」
「ありがとう」
妻はそう言って、部屋に入った。
わたしは血を綺麗に拭き、刃に新聞紙を巻き、ゴミ袋に入れて捨てる。
一体どういうことだろうか。
わたしは妻と二人暮らし。
子どもは四人いた。
双子と双子である。
その四人の子どもたちは、もう成人して自立している。
だから、子どもたちの悪戯ではない。
ならば、誰の仕業だろうか。
と、考えていると、妻がわたしの後ろでわたしの服の裾を引く。
「何だか恐ろしい夢を見たの。隣にいてくれる?」
「恐ろしい夢? それは一体どんなものだ?」
「あなたが人を殺す夢よ。一人ではなく大勢」
「それは恐ろしい。そんなわたしが隣にいて良いのか?」
「あなたはそんなことをする人ではないわ。たとえ、そんなことをするとしても理由があるのよ」
妻は不安そうに、わたしを見る。
「そうでしょ?」
「そうだね」
わたしは頷いて、妻と一緒に妻の部屋に行った。
妻の隣でわたしも布団に入る。
妻はわたしを見ると、安心した顔をする。
「ねえ、あなた」
「何?」
「あなたにとって、この世の全てはお金で、大切な物もお金でしょ?」
「そうだね。だから、娘と息子に嫌われてしまった」
「……あたしはそれでも良いのよ。あなたは、そんなこと言いながらも家族を愛していたから。それが嘘でも、演技でも。あたしには、あなたの愛が伝わったし、伝わっている」
「君は物好きだ。こんなわたしを好きだというなんて」
「ええ。だから、あなたに付き合えるのはあたしなのよ」
「……なあ、先程わたしにとってこの世の全て、大切な物はお金だと言ったね」
「ええ」
「君にとっては違うのかい?」
「違うわ」
「なら、それは何だい?」
「あたしにとって、あなたと子どもたちが全てで、大切なものなの」
「情というものだろうか」
「そんな言葉で表せない。もっと不確定なものよ」
妻はそう言うと、目を閉じた。
妻はわたしにはない感性や価値観がある。
だから、わたしは彼女と一緒にいるのだろう。
妻の台詞は、いつもわたしを考えさせる。
わたしと子どもたちが全てで、大切だという。
それは情ではなく、一体何だろうか。
それに、わたしがお金を大切にしていて、家族をそこまで見なかったことに対し。
なぜ、彼女は怒らないのだろう。
子どもたちは怒って、わたしによく説教をしていた。
『そんなことだから、お父さんは――』
最後に出て行った、長女の一言。
わたしは、それが何だったかいまいち思い出せない。
とても酷い父親だと思う。
父親と名乗る資格もないだろう。
子どもたちにとって、わたしは金の亡者だった。
実際、そうかもしれない。
ただ、子どもたちには知っていてほしかった。
この世界は、どうやってもお金で動くということを。
そして、そのお金は身を守ったり、身を滅ぼしたりする恐ろしい物だと。
大きな物音で、わたしはハッとする。
妻と一緒に眠ってしまっていたらしい。
わたしは物音がしたのは、わたしの部屋だ。
わたしの部屋は所謂仕事部屋。
顧客情報や帳簿など、お金と同じくらい大切な物がある。
――それらが盗まれたりしたら大変だ。
わたしは少し走って部屋に行くと。
そこには人はいなかったが、部屋は荒らされていた。
顧客情報や帳簿などは盗まれていなかった。
それについては、ホッとした。
念の為、何か盗まれた物はないかと確認すると。
盗まれたのは現金百万円だった。
これから銀行に預けようとしていた物。
警察に連絡をしようとした。
だが、その瞬間。
わたしの仕事机の上に、一つの封筒があるのが見えた。
宛名はわたし。
差出人は不明だった。
ペーパーナイフで封を切り、中を確認すると。
そこには一枚の手紙があった。
【あナタの 悪事 ス
ベテ 知ッて い
る! 償え、
罪を!
死刑になレ!】
わたしには身に覚えはない。
悪事とはどういうことだろうか。
死刑と言われるようなこと?
なら、それは殺人だろうか。
わたしはドキドキしながら、手紙をそっと仕舞った。
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