等価交換

春血暫

ある会計士兼税理士の話

1

「君は君自身に、いくらの価値があるか知っているかい?」


 その一言に、世界中が反応した。

 勿論、わたしもその一人である。

 誰だって、自分には少しくらい価値はあると思っている。

 だが、それがいくらかはわからない。

 知りたくても、怖くて知ることを辞めるだろう。


 わたしは会計事務所をやっている。

 一応税理士の資格もあるが、基本的には会計士の仕事をしている。

 この仕事をするきっかけは、その一言だったと思う。


 わたしは、お金というものに関わり。

 お金をよく知ってから、自分の価値を決めよう。

 そう思ったからである。


 お金について、知ることは罪ではない。

 知らない方が罪だと、わたしは思う。

 お金を知らないと、価値の付けようがない。


 いくら、自分に自信というものがあっても。

 それを証明する道具がなければ、それは妄想である。

 個人の妄想。

 仲間内で言われても、その仲間内の評価が正しいとは限らないだろう。

 だから、それを表すためにお金が必要である。


 一万円札を見てもらいたい。

 千円札でも、硬貨でも良い。

 紙幣なんて、紙切れである。

 こんなに薄い紙切れに、人々は高い価値を見出している。

 硬貨だってそうだ。

 同じ金属の物なのに、大きさや色などで価値が変わる。

 本を正せば、紙幣も硬貨も同じような物だ。

 それなのに、こんなにも変わる。

 下は一円、上は一万円。

 それをみんな普通だと思っている。

 常識だと。

 だから、自分の価値を表すのにとても役に立つ。


 わたしには一万円の価値はない。

 精々三千円だろう。

 人のために働き、人のために稼いでいる。

 ただそれだけのことだ。

 わたしの職業には、多くの人が価値を見出している。

 それは、お金に関わるからというだけ。

 それがなかったら、わたし自身に価値などほぼないだろう。

 それでも、わたしには三千円ほどの価値はあると思う。

 それを知るためには、わたしは一度死ななければならない。

 この世界からわたしが消えた、その瞬間から。

 人々はわたしに対価を支払う。

 この世界にわたしの代わりになる価値を。

 お金を支払うのだ。

 それはお金だけではないかもしれない。

 花や手紙、お酒かもしれない。

 が、それもお金で手に入れた物だろう?


 つまり、この世界はお金で動いている。

 お金が全てだ。

 だが、それが大切だとはわたしは言わない。

 わたしにとって、お金は全てで大切だが。

 わたし以外の人間からすると、それは違うらしい。

 大切なのは心や情だという。

 人を想う心。

 隣人愛というものも。

 大切である。

 らしい。


 わたしにはさっぱりだ。

 だから、わたしは今日も大切なお金と関わる。

 心や情よりも優先して。

 客に問うのだ。


「あなたはあなた自身にどれくらいの価値を見出しますか?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る