315・エンドロールのない世界

 あの夢を見て以降、私はなにか胸の辺りがすっと楽になったような……そんな気がした。


 私を本来の意味で産んでくれたのはお母様だけれど、彼もいなかったら私は私として生きてはいなかったろう。


 だから彼に礼を言えた、ということにどこか嬉しさえ会った。


 これからも私はティファリスとしてこの世界を生き抜くだろう。

 ローランでも、聖黒族の生き残りでもない……唯一無二の私として。


 だからこそ、今日も執務を頑張ろう。

 平和になりつつある世の中で、私が出来ることと言えば他にはないのだから。


「ティファさま、今日も頑張りましょうね!」

「ええ、アシュルもお仕事、頑張ってね」


 なんて互いに言い合う仲にはなったりして、一緒に眠るようになったりはしたけど……まだ同じ部屋で一緒に過ごすのは慣れなくて、どこかドキドキするような気持ちがあったりもする。


 それでアシュルが私の寝顔こっそり見てたのを知った時は本当に恥ずかしくて……会う度に朝のことを思い出して、しばらく離れて生活したりもした。


 いや……あんな無防備な姿を見られたらちょっと、ね。


 私たちがそんな生活を送ってる時、他の魔王たちは結構進んでいるようで……ケルトシルのノワルは最近妊娠したと聞いた。


 フェーシャが惚気話と共にそんな事を言ったもんだからアシュルが――


「ティファさま! 私たちも頑張りましょう!」


 なんて隣で言い放ったものだから、思わず顔を熱くしてフェーシャにからかわれた時もあった。


 セツキたちも仲良くやっているようで、最近では北地域の酒を飲み歩いているようだ。

 その分執務が全部カザキリやオウキに流れ込んでるみたいで、一度里帰りしたカヅキが泣きつかれたようだ。


 フワロークは自分の欲しいものが手に入って上機嫌なようで、近々マヒュムに告白するそうだ。

 私の方にアドバイスが欲しいと手紙が届いたけど、実際上位魔王の中では一番遅いんじゃないだろうか?


 セツキやクロヅキよりも可能性があっただけにまだ付き合ってすらいなかったのが心底意外だ。

 というか、そこのところ、私に意見を求められても困る。


 まあ、彼女ならなんとでも出来るだろう。

 私だって自分のことで手一杯なのに他人に気を回せるわけがない。


 フラフは約束通り銀狐族の国を再建するための領土を手に入れ、今も奮闘中だろう。

 彼女に入れ込んでる猫人族がかなりの数付いて行ったし、しばらくは人材を派遣する必要がなさそうだ。


 ……私の元から巣立つ時、何故か『お母様』と呼ばれてしまったけど、彼女は私にどこか母の面影を重ねていたのかも知れない。


 ベリルちゃんは……あの子は何か悪巧みをしているようで、度々アシュルに突っかかってる所を見る。

 とは言っても非難するとか、負の感情をぶつけてるわけじゃないようだし、アシュルも迷惑そうにはしてるけど、特段問題にしてないから大丈夫だろう……多分。


 だけど何か胸騒ぎがするのは気のせいだろうか?

 時折私に熱い視線を送ってくる辺り、あまり良い事ではなさそうだ。


 一度、じっくり問い詰めた方がいいのかも知れない。


 みんなが様々な思惑で動いてるこの世界は、時には自分の思い通りにならないこともあって、それが腹立たしくあったり、向き合って理解したり……苦悩しながら前に進んでいる。


 まだ世界には争い事は絶えないし、私は別にこの世界の統べた訳でもない。

 今日もどこかで起こる小競り合いを苦労しながら解決していくのだろう。


 それが私の望んだ世界。

 永遠に停滞して共に傷を舐め合うように死んでいく未来より、泣いても傷ついても前に進んで……誰も知らない新しい世界を作り続ける、時間のある限り生き続ける未来。


 いつかきっと、私も死ぬだろう。

 その時、もしヒューリ王に会ったら思いっきり自慢してやるのだ。


 私はこんな世界を作ったのだと。

 貴方が作ろうとした死者が溢れる世界よりも……悲しみを抱えて止まった未来よりも共に支え合い生きあう時間を過ごしたのだと。


 だから……次に彼が聖黒族として再び生を受けた時は、きっとそこは光が射す場所になっているはずだと。


 力強く宣言するために、私は今日も頑張り続ける。

 明日を生きる子孫たちの為に、まだ名前の無い我が子の為に……生きる事こそ、この世界に自身を刻み続ける事なのだと。






 ――






 今日も一日仕事が終わり、私は部屋へと戻る。

 最近は前以上に仕事の量は少なくなっていたけど、その分国境付近で起こる小競り合いを止める為に駆り出されたりすることが多くなった。


 それは、最強だと思っていたレイクラドが敗北した上、イルデル・フェリベル・ガッファ・ラスキュス・リアニット・ヒューリと……次々と上位魔王が欠けてしまい、席が空いてしまった事が原因らしい。


 ……確かに、気付けば現存している上位魔王は四人しかいない。

 十人という枠で今まで守られてきたからこそ、残り六人の枠に入りたいと思う者が出てくるのは当然というわけか。


 たとえフェーシャとマヒュムがその席に座ることが決まっていたとしても、まだ四つ残っているのだから、しばらくは次の上位魔王になりたがってる連中からのアプローチの対応に追われる事になるだろう。


 ……私はその一つにフラフを推薦しようと考えている。

 あの『猫愛限界突破剣キャリッツオーバー』の性能をあそこまで引き出せるとは思いもしなかったし、あれを装備してる彼女は中央セントラルの魔王にも負けず劣らずの強さを持っている。


 今も魔王としての力を磨いてる最中らしいし、認められる為にこっちに攻撃仕掛けてくる迷惑な連中よりはよほど推し甲斐がある。


 まだ『夜会』までは間があるけど、セツキやフワロークの所にも魔王が現れているらしく、レイクラドの所に関しては何を思ったのか侵略して返り討ちに遭っている馬鹿まで存在する始末。


 事ここに至っては新しい上位魔王を決めなければならないと近日中に『夜会』を開く事に同意して、久しぶりにディトリアに帰ってきた。


 ヒューリ王が好き勝手やった挙句、そのまま放置したせいで私たちが管理しきれていない場所が出来て、そこに変なのが湧き出した事に対する対処をしないと……と考えながら部屋に入ると、アシュルが何やら神妙な面持ちで私を待っていたから思わず後退りしてしまう。


「ア、アシュル? ただいま」

「お、かえりなさい。ティファさま……」


 最初はあまり帰らない私を責めているのかと思ったらどうやら違うようで……むしろ申し訳ない、といった態度を取っていた。


「アシュル、なにかあったの?」

「あったのはあったんですが……えっと……」


 言いにくそうにそわそわと落ち着かない笑みを浮かべながら視線を逸らす彼女を見て……悟ってしまった。


 ――ベリルちゃんと、なにかしでかしてくれたな、と。


「……アシュル、怒らないから言いなさい。

 なにをしたの?」

「あ、あはは……ティファさま、目が……全く笑ってないですよ。

 お、落ち着いてください」


 慌てふためく彼女の姿を見て、私は自分の予想が確信に至る。

 ただでさえ色んな厄介事が起こってるのに、これ以上なにを持ってきたのか……アシュルを問い詰めるように迫ると、彼女は心底謝るかのようにやったことを暴露した。


「えっと、ですね? あの、ティファさまのその……血と、私とベリルさんの血を使って、ですね。

 ベリルさんがスライムと契約したら……なんだか凄い子が生まれたんです」

「はぁ? 私の血って……」


 というか、何をどうしたらそんな考えに至るのだろうか?

 それに私の血……って。


 私は別に血を流すような事をしてな――


「アシュル、貴女まさか……」

「えっと、そのまさか、です」


 私がどんな結論に至ったのか、彼女も流石に気づいたらしく……いとも簡単に白状した。

 この子は……っ!


「あ、ティファさま、私、本当はそんな事したくなかったんです!

 でも、決闘に負けてしまって――」

「言い訳はいいからとりあえず床に座りなさい」


 疲れて帰ってきて、更に厄介事を持ち込んだアシュルに対し、流石に怒りを覚えた。

 というか、ここまで怒ったのは久しぶりな程だ。


「あ、あの、ティファさま?」

「ゆ! か!」

「はいぃぃ……」


 アシュルも自分が何をしたのかわかっているらしく、おとなしく床に座って私の説教を受けることになった。

 その後すぐ、ベリルちゃんも呼び出して同じように床に座らせる。


 いくらなんでも今回のことは許せない。

 昔の本にやり方が記されていたとかそんな言い訳はどうでもいい。

 ……『夜会』でラスキュスに言い寄られた時以上の恥ずかしさを感じながら、ひたすら説教を続けていく。


 そのベリルちゃんの隣には――彼女のように綺麗な緑色の髪に、白銀の右目と、氷のように青い左目を宿した少女が、きょとんとした様子で眺めていた。


 なんでこんなに頭が痛くなることばかり続くのだろうか……。

 どうやら私の周りには騒動のタネが常につきまとっているらしい。

 もはや諦めはついたけど、これからも忙しくなりそうで大変な予感が……。


 でも――これもまた生きている、ということなのかも。

 私は、これからもこんな風にトラブルに巻き込まれながら生きていく……ということなのだろう。


 時にため息が出そうになることも多いけど、覚悟を決めたのだから付き合っていかなくてはならない。

 それこそが、私が世界に存在を刻むことになるのだから――。

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