316・聖黒の魔王

 ――???視点――


 目が覚めると、天蓋付きのベッドの中で……私はゆっくりと身体を起こした。

 眠たいまぶたをこすって、いつものように部屋に置かれている姿見鏡で自分の身体をチェックする。


 自慢の長くて綺麗な黒髪と、白銀色の目を持った少女の姿がそこにはあって、すごく眠たそうにしていた。

 右肩の方の細い肩紐がだらんと腕の方に垂れていて、胸の上側がちょこっとだけ見えてる……他の人に見られたら結構情けない姿だ。


「ふぁ……」


 起きたのは良いけど、すんごく眠たい。

 ちらっと後ろを振り向けばふかふかベッドが『こっちにおいで』と誘惑しているように見えて、ちょっと恨めしい。


 あの気持ちの良さそうな場所に飛び込んで、問答無用で惰眠を貪ることが出来ればどれだけ幸せだろう?

 半分寝かけている私は、必死に睡魔と欲求に戦いを挑んで……なんとか勝利することが出来た。


「……着替えよ」


 いつまでも寝間着姿でいるからいけないのだ。

 そう結論付けた私は、さっさと着替える事にした。


 メイドに手伝ってもらおうか……と一瞬考えたけど、こんな情けない格好を見せるのも嫌だったから、一人で着替える事にした……んだけど、ノックもなしに扉が開いて、女の子が私の部屋に入ってきた。


「おはよーう」

「ちょ、リセ! ノックしてから入ってよ!」

「うん、ごめんねー」


 どこかのんきな口調のリセは、全然気にしてない様子で部屋の中に入ってきた。

 相変わらず綺麗な緑色の髪に、右目の銀色と左目の青色が珍しいオッドアイの契約スライムだ。

 ……私の、じゃないけどね。


「で、リセはなんでここにいるの?」

「着替えを手伝おうと思ってー」

「いいよ、すぐに終わるから」


 というか、わざわざリセが手伝うほどのことでもない。

 私はささっと彼女の目の前で着替えて、身支度を整える。

 再び鏡の前に立って、どこかおかしなところが無いかチェックする。

 深い青色のドレスに、腰に大きな白いリボン。


「……よし、問題なし」

「終わったー?」

「う、あ……ええ、終わったわ」


 思わず『うん』と言いそうになりそうになって、慌てて言い直した。

 私もそろそろ言葉遣いには気をつけなくてはならない年頃だって言われてるし、子どもっぽいって言われるんだもん。


「それじゃ、ティファリスさまもアシュルさまもずっと待ってるから行こう?」

「ずっとって……ずっと!?」

「うん、いつもより遅いから、私が迎えに来たんだよー?」


 そういうことは先に行って欲しい。

 というか、私が起きた時はまだ問題ないはずだったのに……あ、もしかして半分寝かけてぼーっとしてる時に……?


 どうやら私は勝っていたと思い込んでいて、実は負けていたらしい。

 これは不味い。


「リセ、急ぎましょう!」

「だから手伝うって言ったのにー」

「ほら、早く!」


 これ以上二人を待たせる訳にはいかない。

 私はリセを急かしながら、駆け足で部屋を出てそのまま食堂の方へと向かった。



 ――



 館の食堂につくと、そこには二人が並んで座っていて……私の姿を見つけると呆れた視線をこっちに向けていた。

 リセは案内したことで役目を果たしたと言うかのように、そのままどっかに言ってしまって、余計に気まずくなってくる。


「……お母様、アシュル母様、遅れてしまい申し訳ございません」

「……ほら、早く座りなさい」

「はい」


 お母様に言われて、私は二人の真正面に座る。

 二人共怒ってる訳じゃないけど、ちょっと居づらい。


「リシュティア、貴女は今日、十六になったと思うのだけれど」

「はい」

「せめて自分の誕生日くらい遅れないようにしなさい」


 お母様はそれだけ言うと、いつもの優しい顔に戻ってくれた。


「ティアちゃん、もう少し早く起きようね」


 アシュル母様が諭すように言うのが妙に心に突き刺さる。

 こういう子どもに言い聞かせるように説得されると、私の歳だと地味にクルものがあるんだけど……アシュル母様は理解してくれないんだろうなぁ……。


 で、お母様は私がそういう風に言われるのを嫌がってるのをわかってるから、わざとアシュル母様には注意しない。

 私が苦言を呈しても『嫌なら気をつけなさい』と返される未来が見えるようだ。


 それにしても……相変わらずお母様もアシュル母様も綺麗だ。

 私の髪も目もお母様譲りらしくて……優しくて、時に厳しく接してくれる素敵な方だから、より一層同じ自慢したくなる。


 アシュル母様とは、顔や雰囲気が似てるって言われてて、それもまた私の自慢だった。

 だって、二人共こんなに素敵で、この国の歴史を作り上げてきた……すごい魔王様たちなんだもの。


 歴史の本や学院の授業なんかでも二人がどれだけすごいか……特に、お母様がいなければこの国は存在していなかったかもしれないとまで言われている。


「リシュティア」

「は、はい」

「貴女もあと四年もすれば二十になるのだから、そろそろ私が魔導の扱い方を教えようと思うのだけれど――」

「ほ、本当ですか!?」


 私は思わずテーブルを両手で叩いて、そのままの勢いで立ち上がる。

 だって、今まで私がどれだけ泣いてもせがんでも教えたくなかったんだもの!


 とうとうこの時が来たと胸躍るのも無理もない。


「良いんですか? ティアちゃんはまだ――」

「確かに、私たち聖黒族はさておき、魔人族の視点から言ってもまだまだ子ども。

 だけどね、私はそんな頃から既に戦っていたわ」


 アシュル母様が不安げな声を上げると、お母様は優しく諭すように『大丈夫だ』と言ってくれた。


「それに、妹を守るのも姉の役目だしね」


 お母様が私にウィンクしてくる。

 そう、私がどうしても魔導を教えてもらいたかった理由――それは二人の妹のことだった。


 一人は私と両親が同じで、黒髪に白銀の目で……妹な分、身長が低いルルシー。

 もう一人は薄緑色の髪に右目の水色と左目の白色の子で、リセとベリルさんの子どもなんだけど、お母様が家族として扱う事を決めたファセス。


 ……そういえば、妹が出来た時、なんで女性同士で子どもが出来るんだろう? って疑問だったけど、スライムは男でもあって女でもあるからって説明されたのを覚えてる。


 ファセスは私より五つ、ルルシーとは六つ離れてて、今も絶賛甘えたい盛りだ。

 私は、もう卒業したけど? お母様はそう思ってないようで……度々抱きしめてくれるんだけどね。


 二人が産まれた時から、お母様はいつも言ってた。

 私たちや国民のみんなを守ることがお母様の役目のように、妹を守り、導くのが私の役目なんだって。


 初めて言われた時、妹たちはまだ小さくてふにふにしてて……とても可愛らしかったのを覚えてる。

 そう言い続けられて育ったおかげで、私もすっかり妹たちが好きになってしまった。


 それに……憧れてるお母様に近づけるような気がしたから。


「嬉しいです!」

「それと……一つ、私に出来ることだったら聞いてあげる。

 なにがいい?」


 お母様が慈しむような笑顔を向けて聞いてきたから……私は昔よく聞いていた話をねだることにした。

 誕生日プレゼントはアシュルお母様と一緒に貰ったから他に欲しい物……と言っても思いつかなかったし……私はお母様が話す物語が好きだからだ。


「だったら、私、久しぶりにお母様のお話が聞きたい」

「話? それだったらいつでもしてあげるのに……」

「……だめ、ですか?」

「ふふっ、そんな訳無いでしょう。

 それじゃあ、どこから話そうかしら――」


 それから私は……本当に久しぶりにティファリスお母様のお話を聞いた。

 辛いこと、苦しいことはあっても、強く生きた少女……滅亡寸前の国の魔王で、両親を失っても前を向き続けた聖黒族。


 この世界で誰よりも敬愛するお母様が、生きることの大切さを確かめながら歩んできた――

『聖黒の魔王』のお話を。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

聖黒の魔王 灰色キャット @kondo3

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ