313・始まる新たな歴史

 ラントルオも取り外され、いよいよ何も無くなった真ん中から上半分が無くなった鳥車の上に、私は立っている。


「ティファリス様、これを……」


 腰を低く落とした状態で近づいてきたカヅキが私に差し出したのは短い棒に、魔石が嵌め込まれているものだった。


 これは最近ドワーフ族が開発した、声を遠くまで届ける道具なのだとか。

 魔力を使って声を反響させるものらしく、私も初めて試した時には少し感動したものだ。


 ただ、風属性の物しか使えないから、魔石の部分は緑色で、まだ試作品ということだった。


 軽く息を吸い込み、そのまだ名前の決まっていない魔道具に魔力を込める。


「まずは、今日、ここに集まってもらった者たちに感謝の意を伝えたいと思う。ありがとう」


 私は噛み締めるように周囲の人々を見渡して、ゆっくりと目を閉じ、考えをまとめながら正面を向いて目を開く。


 たったそれだけの動作でも、この大観衆の中、どう自分の気持ちを伝えようかと考えるには十分だった。


「私が魔王として即位した時、この国は亡くなってしまう寸前だった。

 それが今日、この時を迎えられたのは、共に戦った兵士たち、私がいない間に国を支えてくれた役人のみんなと……この国に残ってくれた貴方たち。

 そして……今この場にいる全ての国民のおかげだと思ってる。

 正直、感謝の言葉もないわ」


 私も激務をこなし続けていた。

 喧嘩や商売による衝突のち仲裁から始まって、水道や工事に関連すること、国家を運営する上での予算や兵士たちの現状の視察まで……幅広くやってきたつもりだ。


 だけど、それら全ては下で一生懸命国を盛り立てようと……少しでも生活を楽にしようとしたこの国に住んでるみんながいたからこそだ。


 それを忘れてはいけない。

 だからこそ感謝の言葉を先にした。

 静まり返ってる彼らは真剣味のある表情をしていたり、妙に感動したり……様々な表情を見せてくれている。


「これから先、リーティアスは……いえ、南西地域はより発展し、さらに歩みを進めていくことでしょう。

 ならば今日この日を、新しい時代の幕開けとし、記念すべき日として未来に受け継いで行きたい……。

 その証として『聖暦』を制定し、まだ見ぬ明日へと確かな一歩を踏み出していこうと思う」


 静かに、そして確かな意思を宿して、私は周囲に宣言した。

 正直どういう風に切り出そうか大分迷ったのだけれど、結局まっすぐ伝えることにしたのだ。


「この『聖暦』というものは、今までの魔王の歳に合わせた物ではなく、1の月ガネラの1の日を迎える度に増えていく物である。

 これにより歴史を纏めやすくし、管理しやすくすることになる。

 私たちは歩んだ道のりを後世に確かに伝える術を手に入れ、歴史が続いていく限り、それは受け継がれていく。

 ここに、聖暦1年を制定し、新たな一歩を踏み出して行くことを、宣言する!」


 ――瞬間、湧き起こるのは歓声と拍手。

 これは事前に説明され、きちんとこの『聖暦』というのが理解出来ている側の者が率先して行い、他の国民たちは彼らに流されるように拍手をしている。


 ……今ここで彼ら全員がわかるとは思っていない。

 いきなりこんな事を言われて理解できるようなら、もっと早く『れき』や『年』は生まれてきていただろう。


 だからこその新しい教育施設。

 まだまだそこのところは精度として甘いところがあるが、全てはこれから。

 問題なんてものは起きてから正していけばいいのだ。


 最初から完全な制度が作れるほど、私は出来た魔王でもない。

 支えてくれるみんなと一緒に、これからも歩んでいければ……。


 歓声の中、これから先の未来を思い馳せる。

 アシュルとの結婚も終わり、新しい時代の幕が開け――より一層忙しくなっていくだろう。


 それでも、今この時、この瞬間を……私は決して忘れることはない。

 どんなに時代が変わっても、歴史が今を過去にしても……確かにここに、私の胸に想いは宿っている。






 ――






 ――聖暦1年・5の月メイルラ――


 アシュルと結婚して以降、特に何も変わらず、いつも通りの日々を過ごしていた。

 強いて言えば昔はアシュルとは違う部屋だったのが、一緒の部屋になったくらいか。


 まだまだぎこちない感じだけど、仕事が終わったら一緒に話して、眠って……前とは違う充実感がそこにはあった。


 あれから、完成した教育施設は『リーティファ学院』と名付けられ、少しずつ浮き彫りになった問題を解決していくことに追われている。

 というか、どんな名前にするかは私が考えていたはずなのに……なぜか建築が終わったと同時に名前が決まっているとフェンルウに言われたものだから驚きだ。


 なんでもリーティアスと私の名前を合わせたものらしく、アシュルが考えたものだとか。

 ……そんな事を言われたら、私だって何も言うことが出来ない。


 ここで私が抗議を上げてしまったら、せっかく考えてくれたアシュルに申し訳ないというものだ。

 それに、あながち悪い名前でもない、ということでそのまま使わせてもらうことになった。


 最初は子どもの部と大人の部の二つを設け、大人の方は仕事と両立。

 子どもの方は家庭の環境によって対応を変えていく……という形を取ることにした。


 まだ始まったばかりの未発達な制度だけれど、少しでも国民が利用しやすいようにこれからも取り組んでいくつもりだ。

 知識を得れば、新たな発見もある。


 それは新たな商品を作り、魔法を作り、国を潤していくだろう。

 だが、発展するばかりでは見えない事もある。


 それを見定めるのも、私の大切な仕事だと言えるのかもしれない。


 ……そう言えば、あの後、月をまたいでセツキも正式にコクヅキと結婚したのだそうだ。

 セツオウカ風に言うと、『契り』を結んだ……とでも言うところだろうか。


 私も呼ばれたが、黒に彼女にセツオウカ風の衣装……白無垢と呼ばれる衣装を纏ったあの姿は本当に綺麗だった。

 コクヅキは長年この時を待ち望んでいたようで、うっとりとした様子がすごく印象に残っていた。


 ここ最近結婚式を見たりしたりと慌ただしかったけれど、過ぎてしまえばあっという間か。

 仕事は相変わらず多いが、昔のように私一人でなんとかしなければならない時期は当に過ぎていて……みんなで力を合わせて物事を対処している。


 泣いたり笑ったり……私たちは精一杯この時を生きて、明日へ繋いでいく。

 まだ見たことのない未来の子どもたちに。

 出来る限りの贈り物を残して……。


 忙しない日々を過ごしていたある日――私は一つの夢を見た。

 それは遠い昔のあの日。色褪せることのない花咲き乱れる場所の夢だった……。

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