298・猫人族の結婚式

 お祭りを十分に楽しんだ次の日……私たちはアイテム袋の中に準備していたドレスにそれぞれ着替えることにした……のだけれど。


「え、ティファさま、本当にこれを私が着るんですか……?」

「当たり前でしょう。貴女が決めきれないから、私が代わりに選んだんじゃない」


 アシュルは普段メイドの仕事もあまりしてないのに率先してメイド服ばかり着ているせいか……ドレスを着るのに抵抗感があるようだ。

 どちらもひらひらとしていると考えたら似たようなものだろうに……。


「ねーねー、ティファちゃーん、似合ってる?」

「ええ、とても良く似合ってるわ」


 対するベリルちゃんは、緑色のドレスを上手に着こなしている。

 ひらひらの裾の方を掴んでくるくると回って私にアピールしてくる辺り、結構様になっていた。


「私の方はどう? なにかおかしいところない?」

「ううん、大人っぽくてすごく綺麗だよ!」

「ありがとう」


 若干ほんわかしながら、私の方も着替え終わってベリルちゃんにおかしいところはないか確認してもらった。

 本当だったら着慣れてる黒色の服が良かったのだが、流石に結婚式に黒は不味いだろう。

 結局黒に近い紫色のドレスを着ることにしたというわけだ。


 最初は背伸びしている子どものような格好に見えるかもしれないと思ってたから、本当に良かった。

 ……ここでベリルちゃんがお世辞を言っている線もあるにはあるが、そんな風に誰かを疑うことをするのは仕事の中だけで十分だ。


「あの……」


 若干おどおどしたような声がしたかと思うと、何故かアシュルが恥ずかしそうにふりふりと水色のドレスの裾を左右に揺らしながらもじもじしている姿は妙に可愛い。


 顔を赤らめて、どこか切なげに見ているその様子は、なんというかこう……ぐっと来るものがある。

 やはりこういう姿には若干おしとやかそうに見えるほうが丁度いいのかもしれない。


 もちろんベリルちゃんのように着慣れてる感があるのも悪くない。


「うん、良く似合ってる。

 というか、アシュルは本当に髪飾りはそれでいいの?」


 本当はアシュルの髪飾りも選んであげたのだけれど、彼女は私が初めてあげた白いリボンを大事そうに使っている。

 後ろに髪を結っているのが普段と違う新鮮さを与えてくれて余計に可愛らしく見えた。


「はい! ティファさまに初めて貰った物ですので!

 ……それに、ティファさま同じじゃないですか」


 中々いじらしいことを言うな……とも思ったけど、私の方も結局初めてアールガルムで買った夜闇のような色のリボンを髪の左側に纏わせるように結っている。

 なんだかんだ言って最初に買った物に思い入れが強いというものだ。


「なんか……二人だけずるい」

「まあまあ、貴女にもリボン買ってあげてるから……」

「本当? えへへ……」


 それで頬を膨らませるようにしているのはベリルちゃんに薄緑色のリボンを私と対称になるように結んであげると、上機嫌に頬に手を当て喜んでいた。


 ――よし、準備も整ったところで早速乗り込むとしようか。

 なにか決意するような面持ちで、私は二人を引き連れて結婚式へと向かうことにした。


「あの、ティファちゃん……戦いに行くわけじゃないんだからリラックスして」

「……わ、わかってる」


 なまじこんなところにお呼ばれすることなんてなかったんだから仕方ないじゃない! と心の中で反論しながら、改めて気合を入れていくことにしよう。






 ――






 結婚式の会場はある意味それ専用に作られている大きな館のホールで行われていて、様々な料理がテーブルに並べられていた。


 猫人族を中心にして、様々な種族で賑わっていたけど、周囲にはちらほらと知ってる顔が見える。


 やはり南西地域の面々はみんな招待しているのか、ジークロンドとビアティグの姿を久々に見た。

 フォイルはアストゥとなにか話しているようだし、魔王たちの契約スライムの面々も自由にしている。


「どうやら私たちが最後みたいですね」


 アシュルが周囲にいる魔王や、他の招待客を見回しながらそう呟くと、なにやら縦長の……青い司祭の帽子のようなものを頭につけ、同じく青いローブを身にまとった茶色の毛並みの猫人族が一人、祭壇のような場所までとことことのんびり歩いていた。


「それでは、フェーシャ王とノワル王妃の結婚式を始めたいと思いますみゃあ! 両人が入場されますので、お静かにお願いしますみゃあ!」


 一際大声で叫んだ茶色の猫人族の声が周囲に響き渡って、みんなが一斉に静まった後……館の入り口からガチガチに緊張したフェーシャと、リラックスしてるノワルが入ってきた。


 ただ、魔人族と違ってドレスやタキシードを着るわけにはいかない二人は、それぞれ特徴のある姿をしていた。

 ノワルの方は綺麗な装飾の施された純白のケープとヴェールを纏っていて、フェーシャの方は初めて私と会った時に身に着けていたケルトシルの王の証であるマントを身にまとっていた。


 後ろにはそれぞれ着飾った猫人族が付き従っていて、ノワルの後ろには王冠を持っている者が。

 フェーシャの後ろには美しい装飾の施されたティアラを持っている者がそれぞれ歩いている。


 二人共ゆっくりとみんなに見せるように歩いていって、祭壇の方で待ち構えている司祭風の猫人族の元へ。


「ノワルさん、綺麗ですねぇ……」


 うっとりするような声音で呟くアシュルは、羨ましそうな視線をノワルに注いでいるけど……私の方は妙に息子を送り出す母親のような気持ち……とでも言うのだろうか?

 色々な思い出が蘇って、やけに感無量な気持ちで歩いていく彼らを見送っていく。


 やがて二人が祭壇の前に辿りついて、後ろを歩いていた猫人族がそれぞれ左右について冠を差し出すように片膝をつくと、司祭の咳払いが一度だけ聞こえてきた。


「あ、あー……此度の婚礼、誠に目出度い出来事ですみゃあ。

 我らがご先祖様方が見ている前で、二人共誓いを立てるみゃあ」


 猫人族の語尾が妙に厳かな空気を緩めてはいるけど、これは多分気にしたら負けだろう。

 フェーシャが一歩前に出ると、胸に手を当て、ゆっくりと口を開く。


「我が先祖に誓うは猫人族の繁栄とその礎となることにゃ。

 どんな苦難であろうと、この者と共に楽しきも悲しきも寄り添い歩む事をここに誓うにゃ。

 我らの魂、死が二人を別つとしても」


 その後すぐにノワルも一歩前に出て、同じ言葉を繰り返す。

 ちょっと違うけど、最後の言葉は魔人族と同じようだ。

『死が二人を別つとしても』……これはたとえ肉体の死が二人を引き離しても、魂は常に共にある……という意味を秘めた言葉だと聞いている。


 結婚という席で『死』という不吉な言葉を組み込むのも、ある意味『永遠の愛』の証を立てる為なのかもしれない。


「最後に、誓いの冠を……」


 司祭の言葉にまずフェーシャが隣で待機していた猫人族からティアラを受け取る。

 ノワルが片膝を付いて頭を下げると、フェーシャはその頭に静かにティアラを載せる。


 その後はノワルがフェーシャがそうしたように片膝をついた彼の頭に王冠を載せ……二人はそのまま司祭に向き直る。


「二人の誓い、我らがご先祖様にも確かに届いたみゃあ!

 新しく夫婦となった二人に、祝福の光があらんことを、我ら一同祈っているみゃあ!」

「おめでとうにゃー!」

「おめでとうございますのにゃ!」


 大声で司祭が叫ぶと、猫人族が一斉に祝福の声を二人に投げかけるから、私たちもそれに合わせて声を掛ける。

 魔人族の場合、ここは誓いのキスをする場面だけれど……猫人族の場合、周囲の皆が一斉に祝いの言葉を投げかけるのが慣習のようだ。


 それにしても、フェーシャとノワル……二人共本当に幸せそうな笑顔で、なんだかこっちも同じくらいの幸せを分けてもらってるような、そんな気分にさせてくれる。

 二人の結婚式は、猫人族や人狼族や魔人族……様々な種族からの祝福の言葉と光に溢れて、幸せの様子に満ち満ちていた。

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