299・再び向かう、あの場所へ

 フェーシャとノワルの結婚式が無事に終わり、リーティアスに戻った私は……ひたすら執務をこなす日々が続いた。

 なにか起こったとすれば……結婚式の当日にワイバーンを一体、プレゼントということで贈ったくらいだろうか。


 あの時の二人の表情は中々面白かった。

 昔は貴重だどうとかと言われていたワイバーンも、イルデルやフェリベルの軍からこっちに降った個体を合わせるとかなりの数になっている。


 今のリーティアスにはワイバーン牧場とかいう安直すぎるネーミングの施設すらある始末だ。

 ワイバーン便の方も順調だし、これからは徐々にワイバーンの数を増やして国力を挙げていくことになるだろう。


 ただ……食糧の問題もあるのだから徐々に農地を増やして行かなければならないという、今後の課題も残っているのだけれど。


 それと、ヒューリ王が手当たりしだいに制圧した領土のほとんどをようやく把握することが出来た。

 結構長い時間かかったのは、フレイアールを起用しなかったせいなんだろうけど……それでもまあ、終わってしまえばそれでいい。


 その後、私はすぐに各国の魔王にワイバーン便による手紙を出し、現在のドラフェルト唯一の町であるクレドラルに集まることにした。


 あんまりにも待たせすぎると、マヒュムやフワロークに何を言われるかわかったものじゃない。

 北地域は農作業の出来る領土を欲しがってるからなぁ……。


 戦後すぐの会談で私と対立するような立場を取ったのも、出来れば中央セントラルの領土を手に入れ、そこで北地域では育たない作物を作りたいからだろう。

 ワイバーン便で色々と入ってくるようになったとは言え、自給率の低いものはその分値段が上がるからね。


 その対策の為に、少しでも自国で生産できるものを増やしたいのだろう。

 気持ちはわかるし、彼らもなんだかんだで戦争勝利国だ。

 それなりに旨味がなければ、ただ被害が出ただけで終わってしまいかねないからね。


 領土の把握が大体フェーシャの結婚式が終わってしばらくの歳月が経った……5の月メイルラの17の日の事で、私たちが集合することになったのはその一月後……6の月レキールラになった。



 ――


 偶にレイクラドのところに遊びに行っているフレイアールに乗ってついたクレドラルは、ここだけまるで争いなどなかったかのようにいつもどおりだ。


「ティファリス様、お待ちしておりました」


 フレイアールが見えてきた辺りからずっと待機していたのだろう、竜人族の男性がやってきた。

 この男性……どこか見覚えがあるような気がするんだけど……思い出した。


「貴方、初めて私がここに来たときに案内してくれた竜人族よね?」

「これは……私ごときを覚えていただけているとは……これほど嬉しいことはございません」


 恭しく頭を下げるその姿はどこかサマになってるけど、それをここでされると周囲の目がこっちに集中しかねないから純粋にやめて欲しい。


「クルル、キャウ!(レッディナ、久しぶり!)」

「はい、フレイアール様もお久しぶりでございます」


 流石竜人族だ。

 私の知らない……というかわからないフレイアールの竜語が完璧に伝わってる。

 彼らが何を話しているのかは謎だけれども、少なくとも最初は互いに挨拶していたことならわかった。


 フレイアールがキャウキャウ話しかけ続け、男性の方も楽しそうに相槌をうっている。

 なんというか……この男性には悪いが、小さい子の相手をしているおじさんのようにしか見えない。


「ティファさま、どうしましょう?」


 一緒についてきていたアシュルは、目の前の光景を見ながら苦笑している。

 彼はそもそも私たちを会場に案内してくれる為にここまで来たのに、フレイアールが本当に楽しそうに彼に話しかけてるものだから……。

 仕方ない。


「フレイアール、色々話したいことはあるんでしょうけど、少しだけ後回しにしてくれないかしら?」

(はーい)


 フレイアールは男性に手を振って、そのまま私の後ろに戻ってきた。

 この子自身が始竜ってこともあってか、かなり竜人族と打ち解けているようだ。


「……申し訳ございません」

「いえ、うちのフレイアールがいつもそちらに迷惑をかけてるようだから構わないわ」

「迷惑だなどと……あの御方の明るさに、私たちも元気をいただいておりますから……。

 こほん、それではこちらの方にどうぞ」


 どこか照れくさそうに一度咳払いして元の調子を戻した彼は、そのまま仕事のする顔に戻って『夜会』をしたあの館へと案内してくれるのだった。






 ――






 久しぶりに訪れたあの大きな館は、妙に感慨深かった。

 思えば、ここでマヒュムと戦って私は上位魔王になったんだっけか。

 中に入ると、あの時のままの光景が広がっている。

 強いて言えば料理が並んだテーブルがないことぐらいだろうか。


 ……同じ館の中なんだからほとんどそのままなのは当たり前なんだけど、妙に思い出深いからか、つい浸ってしまう。


「ティファリス女王、久しぶりだな」

「ええ、久しぶりね。レイクラド」


 ホールの中央で待ち構えたかのように佇んでいたレイクラドに話しかけると、前とは随分違う雰囲気を纏っていた。

 なんというか、憑き物が落ちたかのような笑顔だ。


「というか、なんでこんなところで立ってるのよ?」

「はは、偶には物思いに耽ってもいいだろう。

 さあ、部屋の方に案内しよう。」

「あら、魔王自らに案内してもらえるなんてね」


 私の受け答えを軽く流すように笑ったレイクラドは、そのまま案内するように目の前を歩き出した。


「あの方、少し様子が変わりましたね」

「そうね。フレイアールのおかげでしょうね」

(僕のおかげだね!)


 アシュルが不思議そうにレイクラドの方を見ていたから、ついフレイアールの頭を撫でながら褒めると、すりすりと手に擦り寄りながら胸を張っていて、やっぱり可愛らしい。


 一通り堪能したら、そのままレイクラドに付いて行く。

 ホールを抜け、一階の奥を進んで部屋に入ると、そこには会議室と言っても差し支えないほどの広い部屋があって、フェーシャが既に辿り着いていた。


 どうやら結婚式のプレゼントにワイバーンを一体贈ったのを、早速活用してくれたようだ。


「あ、ティファリス様、久しぶりですにゃ」

「お久しぶり、ですニャ」

「二人共、結婚式以来ね。その後はどう?」

「はいですにゃ! それは……にゃはは」


 ノワルも後ろの方に付いていて、二人共私の質問に照れながら互いに頭を掻いていた。

 どうやら私とフェーシャ、レイクラドの二人しかまだ来ていないようだ。


「他の魔王はまだのようね」

「お前たち二人が早いだけだ」

「ぼくは上位魔王ではないですから、誰よりも早く来た方がいいと思いましてにゃ」

「執務の方はレディクアさんやネアさんがやってくれてますニャ」


 フェーシャの説明をノワルが補足するように話してくれているけど、だから誰よりも早かったのか……と半ば感心するほどだ。


「こんな風に早めに来る……などという心構えは中々見れるものではないな」

「にゃはは……」


 レイクラドの方も感心した様子でフェーシャの方を見た後……ちらっと私の方に視線を向ける辺り、私の事を少し皮肉ってるのだろう。


 さっきは受け流していたけど、やはりこうやって仕返しする機会を狙っていたというわけか。

 しかし、あの時は不可抗力と言えるだろう。


「初めてここに来た時は持たざるものだったからね……セツキに合わせていればそうもなるでしょう」

「……はは、確かにな」


 ワイバーンが一切居なかった時だったし、セツキと一緒に行かざるを得なかったことを盾にして、ちゃっかり彼のせいにしてしまうことにした。


 その間に竜人族の女性がお茶を淹れてきてくれて……一息つくことに。

 まだ他の魔王たちが揃う気配もないし、二人にも楽してもらいながらのんびりと待つことにしましょうか。

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