297・魔王様、祭りで振り回される

 フェーシャとの会話が終わり、町に繰り出した時にはすっかり日も暮れ、夕方が夜に変わる瞬間。

 黄昏の色と夜闇の色が混ざりあった狭間のような時間にも関わらず、猫人族のみんなは大騒ぎしていた。


「はいにゃはいにゃ! フェーシャ王の結婚記念の黒猫ネックレス、お安いのにゃ!」

「みゃーのお店に酔ってきてくださいにゃー! とびきり美味しいケルトシルのチーズが待ってるにゃー!」


 相変わらず猫人族特有の言葉だけど、こうも周囲から聞こえてくると、自分たちの方が間違えてるんじゃないかと思えてきそうだ。


「セツオウカのときも結構わいわいしてましたけど、ケルトシルも同じくらいにぎやかですね」

「ティファちゃん、何食べたい? なんでも買ってくるよ!」

「むっ……」


 ちょっとした問題があるとすれば、ベリルちゃんが結構ぐいぐい迫ってくるところだろうか。

 アシュルやベリルちゃんとは、こうして一緒にいられるのもいつぶりくらいになるだろう?


 同じ国にいても、私は執務に忙しく、アシュルやベリルちゃんもそれぞれやらなければならないことがあったせいか、なかなかこうして一緒に出かけられる機会なんてなかった。


 だから久しぶりに――しかもベリルちゃんとは初めて一緒にお祭りに来たもんだからか、余計に気持ちが高ぶっているのだろう。

 私の左手を離さないようにギュッと握ってきて、それに対して若干嫉妬したようなアシュルが、右手をずっと握ってきている。


「あの、二人共? 先に手を離してくれない?

 私も自由に歩きたいんだけど――」

「「だめ(です)!」」


 まるで私に触れられない分を補給しているかのように息ピッタリで提案は拒絶されてしまった。

 あまり無下にすることも出来ないから、結局はされるがまま。

 幸い、二人共左右反対に移動することはないから痛いことはないんだけど……。


「ティファちゃん、ほら、このふわふわであまーいパン、美味しいよ!」

「わかったから、そんなに押し付けないで……」


 ベリルちゃんが全体的に黄色いパンを私の口元に近づけて食べてほしそうにしてくれるとアシュルがむくれてきて――


「ティ、ティファさま! こちらも美味しいですよ!」

「わかった……わかったから、ちょっと手を離してもらえない?」

「いやです!」


 アシュルが絞ったばかりの牛乳を砂糖を入れて熱したホットミルクを勧めてくる。

 ちょうどよくぬるくなってるのは良いのだけど、手を離す事を頑なに拒否されてしまう。

 確かにベリルちゃんの黄色いパンは甘く、どこか野菜の味を感じさせる逸品だし、ホットミルクは絶妙に濃厚な味とほのかに感じる甘さはなんとも言えない。


 ……のだけれど、この両手を拘束された状態をどうすればいいのか。

 二人共にこにこと笑顔を浮かべてくれるのだけど、手が少し汗ばんでも全く気にされてない悲しい状況だ。

 それについてなにか言おうとすると――


「ティファさま? ……やっぱり、迷惑ですか?」

「……別に迷惑ってわけじゃないから」


 アシュルもベリルちゃんも、悲しげな表情で私に訴えかけてくるのだから本当に策士なんじゃないかと思ってしまう。

 これがナロームとかフェンルウとかだったら容赦なくぶっ飛ばしてもいいんだけど……流石にこの二人にそんな暴力で訴えるような真似はできない。


 結局、許してしまって私は今もある意味囚われの身……ということが出来るだろう。


 唯一マシなのは、セツキたちがここにいないことか。

 あの時、かなり強引に追い出したものだから、今こうして二人と手をつないでる姿を見られると……怒りはしないだろうが、皮肉の一つでも言われることになるのは目に見えてる。


 ――それから、しばらくの間は二人にあちこち連れ回される事になった。

 私は相変わらず自由は無く、二人に色々と餌付けされたりしていた……そんな時、ふとベリルちゃんの方が手を離してしまった。


「ベリルちゃん?」


 確かに離してほしいとは思っていたのだけれど、急にどうしたんだろうと首を傾げていると、ちょっと名残惜しそうな顔で一歩私たちより先に歩いていってしまう。


「……そろそろ二人っきりにしてあげようと思ってね。

 ティファちゃんのぬくもりも十分堪能したしねー。

 その代わり、私の言うことも後で聞いてよ? せっかく引いてあげるんだから!」


 そのまま彼女は穏やかな笑顔のまま、もう少し町を見て回ると行って、さっさとお祭りの喧騒の中に消えていったその速さたるや、私も思わず呆然として引き止める暇もなかったほどだ。


 そうして気づいたときには、私とアシュルの二人っきりに。


「あ、行ってしまいましたね」

「うん……。

 ねえ、アシュル。流石にちょっと離してほしいんだけど……」

「あ、はい」


 ベリルちゃんが離れた今、競うように手を握る必要もなくなったからか、アシュルの方もあっさりと手を離してくれて……久しぶりに私は自身の体の自由を取り戻した気分になった。


 ちょっと汗ばんでる両手を、ハンカチで拭いながら、私とアシュルは一緒に歩き続ける。

 周囲にはちらほらとカップルが手を繋いで楽しそうに談笑している姿が目に映る。


 ……私たちは女の子同士だし、少なくとも周囲にそんな風に見られることはないだろうが、あまりにも周囲の彼らがそういう風に見えるものだから、私自身も『もしかしたら……』なんて普通はありえない感情を心のなかにしまいこんでしまうのも仕方のないことだろう。


 だからこそ、私は自然とこんな事を口にしていた。


「アシュル、明日……フェーシャとノワルは結婚式を挙げて、夫婦になるのよね」

「そうですね。あのフェーシャ王が……という意外さがありますよね」


 アシュルの全体的な表情はよくわからないけれど、彼女がどうおもっているのか……いや、少なくとも『羨望』『憧れ』の眼差しをしているように見える。


 だからだろう。私の方もつい、口が滑ってしまった。


「もし、今の戦後処理やらなにやらの面倒なことが全部……全部終わったその時には、私たち結婚式、やる?」

「……本当に良いんですか?」


 驚いた表情でアシュルは思わずぽかんと口を開いて、信じられないといった表情でこっちを見ていた。

 そんな呆けた顔も愛おしくて優し気持ちになってくる。


「本当よ。

 ……まあ、スーツ姿なんて私たちには似合わないから、どっちもドレス姿になるだろうけど、それでも良いんだったら、ね。

 せっかく……私たちも一緒にいようって誓ったんだし」


 それに、私は見せてあげたいと思えてきたのだ。

 お父様、お母様……それとリカルデに。


 今私はこんなに『幸せ』なんですって……すごく伝えたくなった。

 それにはやはり一度は憧れたことのある結婚式は必要不可欠なのだと……感じたからだ。


「私たちで、本当にしても大丈夫なのでしょうか?」

「女の子同士で結婚式を挙げるのが初めての事なんだとしたら、それが未来へ進む新しい一歩になるでしょう?」


 にんまりと笑みを深める私に、釣られるようにアシュルも微笑んでくれた。

 確かに、スライムとであるならば同性でも子どもを作ることも可能だ。

 スライム自身は姿は男・女と姿を取るけど、実質中性と言っても過言ではない。


 だから中には女性姿のスライムと女性の魔王の子どもがいたとしても、何ら不思議はないだろう。

 だけど、結婚式を挙げるとなったらそう多くはないはずだ。

 そこにはやはり……スライムが実質二つの性を行き来出来る中性であったとしても、外見が魔王と同性ということに変わりがないからだろう。


 だからこそ、することに意義があると――そうも思うからだ。

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