294・鬼の魔王の相談事

 西の地域にあったヒューリ王の城を地下室ごと跡形もなく消し飛ばした時、一つだけ持ち出したものがあった。

 それは何の変哲もないペンだった。


 二階の明らかに他とは作りが違う部屋に会ったのを拝借してきた形だ。

 結局、私はヒューリ王の事を敵だと思いきれなかった……甘い証拠だろう。

 一応、何らかの魔道具ではないことは確認済みだし、別に何の細工もない普通より少し立派な装飾が施されたペンだ。


 多分、他の魔王連中に見つかったら感傷だなんだと笑われかねないから、自分の執務室でしか使わないようにしよう……そんな風に心に決めた。


 そうして持ち帰ったペンで仕事を始めて……丁度1の月ガネラの15の日になったときだったか。

 フレイアールが私の執務室でお気に入りの寝床を作ってのんびり日向ぼっこをしながら眠っている……そんな陽気が眠気を誘う、この南西地域では極々ありふれたいつもどおりの日のことだ。


 そろそろ12の月から1の月にリセットされる時になにかしら行事を行ったほうがいいのではないか? とか思っていた私の執務室に向かってくる……なにやら騒がしい声が聞こえてきた。


「――から! ――ですって!」

「――、――じなん――!」

「ああもう、うるさくて集中できないじゃない!」


 とりあえず机を叩いて憂さを晴らし、ため息を吐いて徐々にこちらに近づいてくる声の主を待つことにした。

 ぼーっと扉が開くのを待っていると、いきなりバンッ! という強い音が聞こえ、そこには予想通りだが少し意外なセツキの姿があった。


 彼のいる南東地域はちょうど寒い時期で、見るからに暑そうな服を着込んで……ちょっとは薄着になってから来て欲しいものだ。

 見ているこっちが暑くなってくる。


「おう、ティファリス! ちょっとフレイアールに聞きたい事があるんだが……いるか?」

「ああもう! だから今ティファ様はお仕事中なんですってばぁ!」

「だから、少しフレイアールの居場所を聞きたいだけだと言ってるだろうが!」


 珍しくなにやら焦っているセツキだけど……フレイアールになんの用なのだろうか?

 アシュルが一生懸命引き留めようとしているのだけど、彼は全く聞き入れずにフレイアールを探していた。


「フレイアール? 呼んでるわよ?」

(んー……眠い……)


 せっかく日向ぼっこしてるのに……というかのように迷惑そうな声音が、念話でもはっきりと伝わってくる。


「……今ちょっとおねむみたいだからまた後で来てほしいんだけど」

「ああそうか、それじゃあ……なんて言ってる場合じゃねぇっての!

 とにかく、大変なんだよ!」

「わかった、わかった。

 どう大変なのか、まずは私に詳しく説明しなさい」


 私の冷静な姿を見て、少し落ち着きを取り戻したのか、ようやくセツキはその荒い息を整え始めた。

 それで自分が今どんな格好だったのか気づいたようで、ひとまず上に羽織っていたものを脱いで、手ぬぐいで汗を拭っていた。


「悪い……あんまり動揺してしまってな……」

「貴方がそんなに慌てるなんて珍しいわね。

 一体何があったの?」


 もしかして、またなにか非常に厄介な出来事が発生したのではないかと思わず身構えてしまった。

 ヒューリ王との戦いの熱も未だ冷めやらぬ中、今度はどんな先端が切り開かれようとしているのかと……。


「……俺のところの飛竜が、女になった」

「……はあ?」


 今一瞬、相当どうでもいい話だが、わけのわからない事を言われたような気がしたのだが……気のせいだろうか?

 疲れと目の前にいるセツキのせいで一瞬軽いめまいがしたような気がして、目頭を軽く押さえてしまった。


「俺のところのコクヅキが女の姿になってたんだよ!」

「寝言は寝てから言いなさいよ。

 アシュルもそう思うわよね?」

「え、あ、はい」


 思わずうんざりしたような声が出てしまったが、そのままアシュルの方に話を投げると、いきなり同意を求められた彼女は曖昧なまま返事をしていた。


「お前……信じてないな」

「あのね、竜がいきなり人になっただなんて御伽話、信じると思う?」

「だからー……」

(それ、多分本当のことだよー)


 眠そうだったフレイアールは、まぶたをこすりながら呑気にあくびをしながら答えてくれた。

 一瞬、寝ぼけているんじゃないかとも思ったけど、その割には意識がはっきりしていたというか……私の問にはっきり答える程度にはしっかりしていた。


「それ……本当?」

(うん、多分、その子も【始竜】にに近い竜種になったんじゃないかな?

 元々、竜人族の始まりって魔人族の女性と人化した【始竜】が交わった事がきっかけだし……)


 今の話は本当だろうか? 若干、歴史の真実を垣間見たような気がする……んだけど、今はそれよりも先に彼にこの事を伝えたほうが良いだろう。


「セツキ、フレイアールが『始竜』の力を宿した竜種になったんじゃないかって言ってるわよ」

「……それでなんで人――竜人族に似た姿に変化するんだ?」

「それは、元々始竜が人の姿に変わって、魔人族の女と結ばれて生まれたのが竜人族……らしいわよ」

「らしいって……いや、ちょっと待てよ」


 ようやく冷静に話ができる程度に落ち着きを取り戻したセツキは、私の話を聞いてなにやら思い当たるフシがあったようだ。

 腕を組んでそのことについて悩んでいるようだった。


 というか……。


「貴方、自分の飛竜に直接尋ねてみればいいじゃない」

「聞いてみたけど、いまいち信じられなかったからここに来たんだよ。

 だが、フレイアールとコクヅキのおかげで俺の方もようやく合点がいった」

「やれやれ……だから申しましたでしょうに……」


 私とセツキが互いに意見を交わしている最中……またもや誰かの声が扉の方から聞こえた。

 今度は誰だろうか? とそちらの方に視線を向けると……ものすごく可愛らしい少女がそこには立っていた。


 セツキより随分と背は低いが、私やアシュルよりは少々高い。

 濡れるような妖しさを宿す黒髪。満月を思わせるような輝かしい黄色の目に、フェーシャやケットシーと同じように縦に細い瞳は吸い込まれるような黒を宿している。


 彼女はセツオウカ風に言うと雅な着物を身にまとっていて、裾の方は足首のところで留まらせている。

 素足じゃなくて白い布っぽいのが見えるから、多分足袋を着けているのだろう。

 そして下駄をはいて優雅にからんころんと音を響かせながら歩いてくるこの姿は、まさにセツオウカの美少女と言った様子だ。


 セツキがバツの悪そうな顔をしているところから、まず間違いなく彼の知り合いなのには違いないけど……私の方に視線を向けたその少女はそっと優しく笑いかけてくれた。


 その様子から、彼女は私の事を知っているようだけれど……一体どこで会ったのだろうか?

 こんな美少女に出会ったのなら記憶に出会ったのなら、少しでもなにか印象に残っているはずだ。


 それだけの存在感を彼女は放っている。


「ティファさま?」

「……ちょっと。ちょっとだけ見惚れただけよ」

「やっぱり見惚れたんじゃないですかー!」


 私がその少女に注視していることが気に入らないのか、不機嫌そうに頬を膨らましているアシュル。

 その様子も可愛くて微笑ましいのだけど、後できちんとフォロー入れてあげないといけないだろう。


「ええと、それで……貴女はどちらさま?」

「これは……申し訳ございません。

 この姿でお会いするのは初めてでしたね……。

 わたくし、コクヅキと申します」

「え……? 貴女……が……?」


 一瞬呆けてセツキと少女の顔を交互に見たのだけれど……どうやら本当のようで、二人共頷いていた。

 信じられないのだけれど……この子はどうやらあのセツキが乗っていた黒い飛竜の……コクヅキのようだ。


 どうやら、別の方向で面倒なことになってきたかもしれないな……。

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