295・鬼に寄り添う黒竜

「……で、そのコクヅキはどうしてここに?」


 私は扉から入ってすぐの、ところで佇んでいる黒髪の美少女――コクヅキに向かって問いを投げかけると彼女は袖の中にしまっていたなにか……いや、あれはセツオウカで最近人気になってきた扇と呼ばれるものだ。


 セツオウカにしか生えない木や、バルブス――向こうでは竹と呼ばれているもので作る品物だ。


 ワイバーンにも積荷としてたまに届いているのを見てるし、今度のアシュルへの贈り物はこれにしようとこっそり決めていた。


 彼女の持っている扇は、黒塗りの木で出来ていて、張られている紙は深い黒紫色に黄色く輝く満月。

 それに少し白い雲がかかっていたりと……繊細な技術が伝わってくる美しさがあった。


 使い慣れているもののように片手でバッと広げ、口元をそっと隠す姿はすごく様になっている。


「簡単なことでございます。

 セツキ様の行くところが、わたくしの行くところでございますから」

「はぁー……」


 感心するような声がアシュルの方から聞こえてきた。

 あれは恐らく『私も言ってみたい』といったところか。


 それにしても……えらくはっきりと言い切ったな。

 セツキの方は若干呆れと疲れがいりまじったような表情でコクヅキを見ている。


 いや、『疲れてる』っていうより『憑かれてる』って感じがしっくり来るのかもしれない。

 うっすら目を細めて口元を扇で隠していても、その妖艶さが溢れ出してくるようだ。


「なるほどね……いい子じゃない」

「……そうか? 少なくとも俺様にはそうは見えん」

「まあ! おひどい方ですわ……あんなに愛してくださったのに……」

「誤解を招くような言い方をするな」


 じつはであるかのように語っているけど、恐らく竜の姿の時のことを言っているのだろう。

 だが、その姿でそんな風に言われると別の意味で聞こえてくるものだから不思議だ。


 現にアシュルの方は顔を赤くしている。


「で、コクヅキ。今の……ティファリス越しのフレイアールの話だとお前も始竜になったのか?」

「確かにわたくしは溜め込んでいたセツキ様の魔力で再び大きく成長させて致しましたが……それでもそちらのフレイアール様には遠く及ばない駄竜でございます。

 始竜の系列の末席に身を置くものだと思っていただければ……」


 ちょっと熱を帯びた目でフレイアールを見つめているコクヅキなんだけど、少なくとも今の状態では彼女のほうがお姉さんのように見える。


 フレイアールの方が誇らしげに胸を張ってるのを見るとなおさらだ。


「……ようやく事態が飲み込めてきた。

 しかし、飛竜というのは急激に別の姿へと成長を遂げることが出来るものなのか?

 そんな事は初めて聞いたが……」


 セツキの疑問は私も思っていたことだ。


 確かに飛竜はスライムと同様、成長次第でどんな姿にもなれる種族の一つで、時間さえかければそれこそ今のコクヅキのように人の姿へと成長することだって出来る。


 だけど、スライムも一度自分の姿を変えてしまったら元に戻れないように、大人は子どもに戻れないように……一度姿が変わりきった飛竜がまた新しい形を取るなんて聞いたことがなかった。


 そして……少なくともコクヅキは成竜のように思える大きな姿を取っていた。

 一から育てていたセツキが疑問に思っているのだから、確実に子どもから少しずつ成長していって今に至ったはずだ。


 その時の彼女は、人の姿を取ることなんて出来なかったはずだし、それが出来ていたらもっと早くセツキが知っていただろう。

 確かに魔力が強くなればそれも可能なのかもしれないけど……そんなに急激に変わるものなのか?


 考えれば考えるほど、頭の中が混乱していく。


「わたくしはあの姿が成長期だと前に説明したはずですが……?」

(あぁ、偶にそういう子、いるね。

 一旦強くて大きい姿に成長した後、魔力をひたすら蓄え続け、内面で練り上げながら一気に成長を遂げようとする子。

 強力な魔王の隣にいる飛竜はより強大な存在へと昇華したがるものだしねー)


 くすくすといたずらっぽく笑っているところからすると、竜の状態のときに伝えたんだとわかる。

 セツキとコクヅキは念話出来るほどではなかった。

 恐らく、その分の魔力ですら彼女は成長に回していたんじゃないかと思う。


 だからセツキはそれを知る機会がなかった、というわけだ。

 フレイアールのおかげで私自身はそれなりに理解することが出来た……のだけど、セツキには念話が聞こえてない。


 仕方無しに私の方から直接説明してすることになり……ようやく彼の方も納得しくれた。


 セツキは若干渋い顔でコクヅキを見たが、彼女自身はどこ吹く風だ。

 楽しそうに微笑んでる彼女は感慨深げに一度ため息をついた。


「わたくしもようやくこの姿を得られることになって、本当に嬉しく思います。

 これで……愛しいセツキ様と婚姻の儀を行うことが出来るのですから」

「は?」


 さり気なく爆弾発言をしたようなコクヅキは一切笑みを崩さなずに、素っ頓狂な声をあげたセツキを見つめていた。


「お前、何を……」

「セツキ様、常々仰られていたではございませんか。

 娶るなら特別黒髪の美しいおなごが良い。そして……強ければなおのこと良い、と」

「へえ……」


 ここでまさかのセツキの趣味が暴露されたが……なるほど。

 だから最初に私にあんな提案をしてきたのかと思わずにやにやしてしまった。


「あー……確かにそんな事も言っていたな」

「ティファリス様が現れた時は奪われるかもしれないと不安で胸が一杯になりましたが……それも過ぎ去った今ではいい思い出でございます」


 私が……ということはこの子は随分前からセツキの事が好きだったんじゃないかと思う。

 いやでも……これってつまり父親である彼が好きだってことなのか?


 フレイアールは私を『母様』と呼んで慕っているし、私も出来る限りそういう風に接していた。

 それなのにコクヅキは普通に結婚したいと言っている。


 これの違いが、どうにもよくわからない。


(……どうしたの母様?)

「いや、フレイアールは私のことを親と認識してるのに、なんであの子は好きっていうか……恋愛感情を持っているのかしら?」

(最初は親だと思ってたんじゃないかな? ほら、あの子……どこか倒錯的な考えを持ってるみたいだし)


 私の疑問にフレイアールがしっかりと答えてくれながら、セツキとコクヅキの方に視線を向けるものだから、私もついそっち側に向いてしまった。

 そうすると、若干戸惑っているようなセツキと、彼にしなだれかかって熱い視線を投げかけている最中で……貴方たちは人の国で、というか私の部屋でなにをしようとしているんだと言いたくなるほどだった。


「ね、御前様。早く戻って式を挙げましょう?」

「いや、ちょっと待て。俺はお前の親だろう? それで本当に大丈夫なのか?」

「まぁ……わたくしたち、実の親子ではないではございませんか。

 うふふ、早くセツキ様のと夫婦めおとになりたくてしょうがないです」


 ああ、なんだかすごくイライラしてきた。

 大体、彼らはなんで私のところでこんな恋愛劇を繰り広げているのだろうか?

 セツキの方も妙に満更ではない態度を取ってるし……この男は一度本気で締め上げなければならないだろう。


「アシュル」

「……はい、なんですか?」

「このお馬鹿者たちを追い出して、お茶会にしましょう。ね?」

「そうですね。すごく素敵な提案です」

(僕も一緒にお茶するー)


 私とアシュルは互いの気持ちがここまで通じ合った事に嬉しさを感じながら、いつまでも妙に温かい空気を纏っている二人に鉄拳制裁を浴びせ、追い出すことにした私たちなのであった――。

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