293・魔王様、地下に行く

 地下へ降りる階段を一体どれくらい歩いただろうか?

 ランプの明かり一切ない暗闇の中、慎重に降りていってる最中……私は言いようのない不安を感じていた。


 なにか嫌なものがあるような気がする――

 そんな気持ちを抱えながら、降って行った先にようやく一つの扉にたどり着いた。


 ところどころ錆びてる重いそうな鉄の扉が目の前にそびえ立っていた。

 なんというか……ここだけ城の外装とは似つかない物々しさを感じる。


 まるでここから先は別世界のような……そんな気さえするほどだ。


 ランプの明かりを扉の方に向け、よくよく見てみると鍵穴があり、軽く開こうとしても鍵がかかっていて全く動かない。


 さてどうしようか、と考えそうになったとき、フレイアールの呼ぶ声が念話として聞こえてきた。


(母様ー! 変な本見つけたよー!)

「……本?」


 どうやら二階で何か見つけたらしく、フレイアールはしきりに私を呼んでいる。


 ……仕方ない。

 こちらの方も気になるけど、あまりにもあの子が呼んでくるし、先にそっちの方に行ったほうが良いだろう。






 ――






(母様! こっちこっちー!)

「わかったから……そう急かさないでちょうだい」


 フレイアールが私のことを待ちきれなかったようで、一階のロビーの階段を登った先にふわふわと待ち構えていた。

 その手の中には本が……別に握りしめられていなかった。


「あら? フレイアール、本を見つけたんじゃなかったの?」

(いっぱいあったから直接案内した方が早いかなって思って)


 なるほど……どれだけあるかは知らないけど、恐らくフレイアールは書斎を見つけたのだろう。

 そう考えるのが妥当だろう。


 それからの私は、フレイアールに連れられて書斎の方に案内される。

 左側の一番奥の部屋がそうらしく、隣の方は寝室になっているようだった。


 そして肝心の書斎なんだけど……ちょっとかび臭い匂いがして、本がぎっしりと敷き詰められている。


「ここが……」

(そうだよ。ほら、これ。

 これが母様に見せたかったものの一つだよ)


 そう言ってフレイアールはどこからか一つの本を持ってきてくれた。

 タイトルは掠れていて読めないが、中身の方はまだかろうじて読めるもののようだった。

 そこに書いてあったのは……なにかの研究について書かれていたものだった。


「これは……」


 それは一人の男の観察・経過の報告が書かれていて……そこにはこれを書いた者が狂っていること。

 そして……この城では聖黒族を使った、交配・薬物・魔法・戦闘・合成……様々な実験を行っていたということがわかった。


 この男はその中でも交配実験を担当していたようで、対象の男は、頭がおかしくなった聖黒族の女性から産み落とされ、最初に産湯代わりに父親の血を絞り出して浸け、それを口にさせたと書かれている。

 どうやら当時は魔力の高い者の血を体内に取り込ませることによって、より強力な魔力が得られると信じられていたようだ。


 バカバカしい話だが、随分古い記録だったし、当時はこういう事が平気で信じられていたからこそ、こういう事が行われていたのだろう。


 どうやら両親共に様々な交配実験の末に産み出された存在らしく、この本にはそれが嬉々として書かれていて、吐き気すら覚えるぐらいの気持ち悪さを感じる。


 赤ん坊の頃は睡眠学習で戦闘での知識を直接頭に叩き込んだと書かれていたが、どうにも成果が得られなかっただの、様々な薬を少しずつ注入して様子を見ていただの……見るに堪えない内容が続き、成長するに連れて戦闘実験を主軸に移していったことが事細かに書かれている。


「なに、これ……」

(これね、多分ヒューリ王のことだと思うんだ)

「これが?」


 フレイアールが私と一緒に本を読み進めながらそんなことを言ってきたものだから、思わずそちらの方に視線を傾け、フレイアールの方をじっと見てしまった。


(読んでいれば、わかるよ)


 なにやら含みのあるフレイアールの言い方。

 それは読んで欲しい……という願望の現れのようでもあって、再びこの本に目を通すことにした。


 それからはただひたすら戦闘記録や研究対象がなにを欲しがった、なんと言っていた……ということが書かれていたけど……ある日を境に対象が『死』についてしきりに聞いてきたり、なにやら独り言を呟いている――という記述の辺りで途切れてしまった。


 ――幾度となく行われた実験の影響か、アレは様々な魔物をかけ合わせた合成生物との戦闘実験の終了後、なにかを悟ったかのように『ただ生きることに何の価値もない。死んでからこそ、本当の【生】が始まるのだ』と気味の悪いことを言っていた。

 この環境下にあるせいかは知らないが、これも壊れてきたのかもしれないな。

 聖黒族と言っても所詮愚かなアールヴ族と同じ、知恵の回らない下等種族というわけだろう――


「なるほど……確かにこれはヒューリ王のことについて書かれた本ね」


 そして執筆しているのはエルフ族だろう。

 傲慢なものの書き方……他者を馬鹿にしているこれは、誰が見てもエルフ族だと断言することが出来るほどだ。


 しかし……この本、書かれてから相当時間が経っていると思う。

 少なくとも『愚かなアールヴ族』などという記述は、その種族を知らなければ書くことは出来ないことはずだ。


 それから考えると……少なくとも『アールヴ族』が歴史上の種族になる前からここは存在していたことになる。

 ということは――


「まさか、ここにある本全部?」

(……他のもあるけど、僕が読んだのは大体そんな感じだったよ)


 ……ヒューリ王は一体何を思ってこの本を……城を残したのだろう?

 彼にとって、いや少なくとも聖黒族にとってこの城は遺したくない負の歴史そのもののはずなのに。


「ヒューリ王の拠点……でいいのよね?」

(多分、間違いないと思うよ。

 でも……そうだったとしたらヒューリ王はなんでこんな場所を遺したんだろう?)


 フレイアールも私と同じことを思っていたようで、不可解そうに首を傾げていた。

 あくまで予測でしかないのだけれど……ヒューリ王は戒めとして遺しておきたかったのかもしれない。


 自分たちはああはならない。こうはしない……。

 そういう教訓としてこの城や本を残したのかもしれない。

 ……本当のところはどうなのかわからないけどね。


 なにを思ったとしても、これは全て私の憶測でしかなく、何を思ったところでやることは決まっている。


「フレイアール、壊すわよ。ここ」

(……いいの?)

「もうヒューリ王はいない。私自身がこの城に住むわけには行かない以上……ここはむしろ足枷になるでしょう」


 それに、私は彼とは違う道を生きると決めたのだ。

 これ以上この城はここにあるべきものではないだろう。


 それから私たちは、一旦外に出て何度も『エンヴェル・スタルニス』を打ち込んで……城の存在そのものが消えて無くしてしまうことにした。


 結局私は地下には行かなかった。

 あの本を読んで、あれだけの所業を知った今――とてもではないがあそこに向かう気が起きなかったのだ。


 本当なら……ヒューリ王の在り方を否定した私は、せめて彼らの生きた証をなにか残してあげなければならないのかもしれない。

 だけど、感傷で何かを残せば、それは確実に後の世の禍根になる。


 というかヒューリ王の魔法や、それに関連した技術の全てを放棄させるために屍兵しへいの存在を認めなかった私が、この城を放置すること自体問題になるだろう。


 私が……いや、私たちが目指した未来にはこんなものは必要ないのだ。


(母様……本当にこれで良かったのかな?)

「……わからないわ。

 これがどう転ぶか、未来にどう影響するか……なんて誰にもわからないのよ。

 フレイアール、私たちはね、常に自分が信じる『最善』を選んで信じ抜く事しか出来ないの。

 例えそれが苦難や困難にまみれた道でも、ね」

(……うん)


『エンヴェル・スタルニス』によって地下の施設ごと消えていくのを、どこか感傷的に眺めるのだった……。

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