289・終戦後、屍兵の行方

 ヒューリ王率いるユーラディス軍との戦いは、最終的にはこちら側の大勝利で幕を閉じることとなった。


 勝利するにはしたのだけれど、受けた被害も大きかった。

 恐らく、今まで戦ってきた中で一番の規模になったのではないだろうか?


 元々、それなりの犠牲が出ると覚悟してはいたのだけれど……まさかここまでになるとは思っても見なかった。

 これはヒューリ王の軍勢が――フレイアール曰く『屍兵しへい』の彼らの尋常じゃない回復力を持っていたせいと言えるだろう。


 左胸に埋め込まれた核を砕かれなければ例え頭が千切れても下半身が消し炭になっても復活する……。

 敵対している私たちの兵から見れば、それは凄惨な光景だったはずだ。


 彼らを倒すには核を砕くか、それごと全身を消し飛ばすかのどちらかしかない。


 それを周知するまで、確実に戦況は向こうに傾いていた。

 恐らく、核自体もヒューリ王が新しく埋め込んで魔法を発動させれば再び動く仕組みになっていたからこそ、あそこまで命を捨てるような動きができたのだと思う。


 でなければ『死』超えた先にある『生』とは言えない。

 ……それを言ったら動かなくなる時点で違うのではないか? とも思いかねないが……不老不死なんてそう簡単に出来るものではない。


 弱点を見つけ出したところから徐々に士気を取り戻していき、形勢は覆った。


 それでもユーラディスの兵士たちは命を惜しまぬ特攻を仕掛ける者もいて……結局、私とヒューリ王の戦いに決着がつき、聖黒族の屍兵しへいを一掃するまで戦いは続いた。


 勝敗が決した後――生き残った私たちは一度みんなで集まり今後について話し合ったのだけれど……一番揉めたのは生き残った……とも言える屍兵しへいの存在だった。


 彼らの中には、こちらの国に逃げ延びた妖精族の仲間たちまでいたのだ。


 他にも知ってる者がいたり、親友と呼べる者たちが屍兵しへいとなっていたりもして……一応国に連れて帰るわけにはいかないから隔離しているのだけど――彼らの処遇について、意見が割れた。


 戦いに参加した魔王たちの中で、フラフ・マヒュム・フワロークは彼らを保護するべきだと訴え、フェーシャ・セツキ・レイクラド・私は全て殺すべきだと主張した。


 例え死んだとしても、一個の命として目覚めた彼らを再び殺すのは偲びないという考えなのだろうけど……それを許してしまえば、私たちはこれから不幸で死んだ者たちを全て生き返らせなければならなくなってしまう。


 ――『なぜ彼は良くて、彼女は駄目なのか?』


 そんな考えが一度浮かんでしまったらもう駄目だ。

 それは確実に周囲に伝染し、広がっていく。


 特に疫病が流行してしまえば、私たちの力を振り切ってヒューリ王の魔法を求める者が続出するだろう。


 例えここで屍兵しへいの家族、仲間の者たちとの禍根を残すことになろうとも、ここで彼らは全ていなくならなければならない。


 全ては儚く散る夢。

 そうしなければ、ヒューリ王の残した呪いは必ず私たちを蝕む。


 だからこそ、一掃すべきなのだと訴えたのだけれど――


「そんなの、あたしたちが気をつけて監視すれば済む話じゃない?

 ティファリスたちは彼らにもう一度失う悲しみを味あわせるっていうの?」


 なんてことをフワロークが言ったものだからフェーシャはそれに心を揺さぶられているようだった。

 なまじ彼が優しいからこういうことでぐらつくのだろうけど……この場合、それは『甘い』と言うべきだろう。


「なら、なんでティファリスに付いた?

 最初からヒューリ王の側にいればこんなことで揉めなくて良かっただろうが」


 フワロークの言い分に眉をひそめていたセツキの一言で、あちら側は再び黙ってしまった。


 私とは異なる主張をしているフワロークやマヒュムもわかっているのだ。

 あの時、私が手を差し伸べなければ……みんなヒューリ王に取り込まれていたことが理解出来ているからこその沈黙だった。


 ……元々フラフはほとんど喋ってないせいで実質二人なんだが、恐らく彼女も私たちが正しい事をわかっている。


 それでも割り切れないのは……パーラスタで消耗品のように使い潰された銀狐族の姿が目に焼き付いているからだろう。


「大体そちら側の言い分はわかった。

 ならこうしましょうか。

 万が一、屍兵しへい関連で揉め事が起きた時、貴女たち三人が矢面に立って面倒事を一手に引き受ける。

 私たち四人の国に被害が及んだ場合、それによって発生した損害は全てそちらが持つ――それならこちらも譲歩しましょう」

「そ、そんなの横暴じゃないっ!」

「ティファリス女王、それは流石に……」


 抗議の声を上げるフワロークとマヒュムだけど、これが私たちの出来る最大限の譲歩だ。

 あんな危ない魔法の塊を放置するなんて選択肢は一切存在しない。


 エルフ族は中央セントラルの方でまだ生き残っている。

 悪魔族だって私が全部管理してるわけじゃない。


 彼らの悪意に晒されたことがあるからこそ、こんな危ない魔法で蘇らされた兵士なんて野放しにする事は出来ないのだ。


「あのね、彼らをそのまましたいけど責任を取るのは嫌……だなんてそんな子どものような言い分が通るわけないでしょう。

 それとも、各国で好きにする……ということにしましょうか?

 その場合、屍兵しへいを抱える国と私の国は交流を断つことになるでしょうね」


 うんざりとした口調で提案したのは脅しとも取れるものだった。

 だけど、そう言わせたのはどちらも一歩も引かないこの状況だ。


 仮にフワロークが屍兵しへいを受け入れても全く問題はない。


 こちらは東。彼女は北。

 支配領域も違えば、隣接しているわけでもない。


 そして……向こうもそれをわかっているからこそ、何もいう事は出来なくなってしまった。


「ティファリスさま、あたしは……」

「フラフ、貴女が同情でそちら側にいることはわかってる。

 銀狐族がフェリベル――フェイル王にされた事を考えたら仕方ない事でしょう。

 それでも、私は彼の作り出した魔法の痕跡は完全に消し去るべきだと思ってる」


 私が『例えフラフであっても決別するなら構わない』という意思をはっきりと伝えると彼女は折れ、納得してくれた。


 些か強引な感じもした。

 恐らく、セツキと私の国が今最も国力を持っていると言ってもいいだろう。


 そんな国の魔王に『別にいいよ? その代わりこっちと関わり持たないでね』なんて言われて納得するようなことはない。

 私自身もこっそりベリルちゃんを受け入れたりしてるものだから心苦しくもあるけど……管理できないものを国に留まらせて、自滅するわけにはいかないのだ。


 ……結局、今回の戦いの功労者である私の言葉は受け入れられ、屍兵しへいは全員元の姿へと還す事になった。


 フワロークとマヒュムは渋っていたけど、最後には自分たちでは面倒を見る事が出来ないと結論づけて折れる形になった。


 ……その代わりこちらが手に入れた領土の中でも農業を行うのに向いている土地なんかを要求されたところからみると、同情しながら自国に利益がある方に行けるように調整しようとするしたたかさも持っていたようだ。


 まあ、こっちも西地域に行くことは禁止してるから、それくらいは受け入れないとまた揉め事に繋がってしまうだろう。


 それらを天秤にかければ、ある程度は彼らの条件を飲んだ方がデメリットがなくていい。

 ……のだけれど、この件については色々と調べなくてはならない事があるため、今すぐ……とういうわけにはいかない為、後日また話し合う事になった。


 ヒューリ王はほとんどの国に侵攻して自身の屍兵しへいを増やしていたから、一体どこまでが彼の国の領土となってしまったのか正確にわかっていないのが原因の一つだ。


 全てがはっきりしてからじゃなければ必ず不満が出る。

 その事は全員が理解している事だったので、問題なく受け入れられた。


 そうして……私たちは再び戻っていく。

 戦後処理に追われる毎日へ。

 血を流し、死体を踏み越える戦いは終わり……忙殺されるほどの書類の山を相手にする日々へと……。

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