288・死者たちの禊

 ヒューリ王が倒れた後、突き刺さっていた剣を抜いて、回復魔導である『リ・バース』をかけた。


 そのおかげで傷は塞がり、体力自体も戻ったのだけれど……肝心の魔力はかなり奪われてしまった。


 干上がった大地に水をぶちまけたかのように遠慮なく吸収しつづけるあの剣のせいで、精神的疲労と大量の魔力を一度に吸収された反動が一気に襲ってきた。


「くっ、う……」


 ふらふらとよろけそうになる自身の身体を、精神力でなんとかしっかりと立たせる。

 ヒューリ王は倒したけど、彼の魔法は……まだ続いていたからだ。


 彼の死をきっかけにしたのかはわからないが、一人……また一人と、黒髪に白銀の目を宿す青い肌の兵士たちが集まってきたからだ。


 男も女も……剣を流れるようになった少年少女も、そこに集結していた。

 数は今のところ三十人。


 だけど、まだまだ来るようで……とてもじゃないけどこのまま『終わった』と感じるには早すぎるように思うのだ。


「あんたが……ティファリスか」

「あいにく、一般兵に呼び捨てにされるほど安い名前ではないのだけれど」

「こいつ……!」

「やめろ!」


 一応私は戦場にいて、魔王としてここで戦っていたんだ。

 誰が聞いてるかもわからないところで、敵兵に呼び捨てにされるわけにもいかない。


「……ティファリス女王。貴女が我らがヒューリ王を殺した……そうですね?」

「そうね。貴方たちは……まあ、聞かなくてもわかるわね」


 私がヒューリ王を倒したと宣言した瞬間、集まっていた聖黒族が一斉に殺気をこちらに向けていた。


「よくも……よくも我らの恩人を……!」

「私たちは戦争をしているのよ? 戦って死ぬ……そんな事が当然の場所に――」

「わかってる! でも、あの方はあたしたちに新しい命を与えてくれた!」


 ここで『仮初のね』って思わず言いかけて……やめることにした。

 ただでさえ尋常じゃない程の殺気が集まってきているのに、火に油を注ぐようなことはしないほうが良いだろうと思ったのだ。


「あの方が新しい世界に我らを導いてくれる……そう思ったからこそ、我らはここまで来たのだ。

 それが叶わぬなら……」

「御託はこれ以上いいわ」

「何……?」


 どんどん集まっていく聖黒の一族に、親の仇を見るような目でこちらを見てきているのだ。

 悪いがとてもいい気分とは言えない。


 それに……彼らの言いたいこと、やりたいことは十分に伝わった。

 なら、私が出来ることは一つしかないだろう。


「全員、かかってきなさい。

 私が憎いのでしょう? ヒューリ王が倒され、悔しいのでしょう?

 ならば……これ以上の問答は必要ない。

 ティファリス・リーティアスはここにいる!

 なおも意思が砕けぬならば、恐れを捨ててかかってきなさい!」


 集まった死人である聖黒族はおよそ百人は超えるだろうか。

 彼らは一斉に……指し示したかのように動き出し、一個の巨大な殺意の剣となって私に襲いかかろうとしていた。


 ――それでいい。

 彼らの、生を受けてから今まで与えられた痛みを苦しみを全てぶつけてくるといい。


 怒りも憎しみも、怨みも悲しみも……あらゆる負の感情を私が受け止めよう。

 そして……それらはここに全て置いて行けるように――私もまた、彼らの感情に応えよう。


「「「「『マリスハウンド』!」」」」


 一斉に放たれるのは黒い狼を作り出す魔法。

 狼たちは一つの大きな群れとなって、私に襲いかかる。


「『カエルム・ヴァニタス』よ……我が意を示せ!」


 私もまた走り出す。

 逃げ出すことは一切しない。

 極限のこの状態になったからかは知らないが、私はいつの間にか『カエルム・ヴァニタス』による剣の召喚を、なんの動作もなしに行えていた。


 一度に呼べる剣は五本までだが、さっきまでの事を考えたら急激な成長とも言えるだろう。


 ――いや、違う。

 私は今まで、『カエルム・ヴァニタス』をはっきりと認識出来ていなかっただけだった。


 魔導でもあり、物理でもある……ということはイメージで自由に顕現することが可能なはずだ。

 そして、そのどちらでもないなら……魔導名を紡ぐ必要はもはやない。


 ただいつものように力を振るうだけ。

 その事に気付くまでここまで掛かるとは思わなかったけど。


 私のところに向かってくる狼も兵士も次々と串刺しになっていく。


「ヒューリ王のところに逝けぇぇっ!」


 兵士の剣を振り下ろす姿を見ながら、通り過ぎるように串刺しにする。


「このっ……『ダークネスシャイン』!」


 降り注ぐ黒い光も越えて……私は踊る。

 それは鎮魂の舞。


 彼らの魂が、迷わずに『黄泉幽世よみかくりよ』へと迎えるように――


 襲いかかる狼の牙を恐れず、降り注ぐ魔法の嵐を前に悠然に、迫る刃を友としながら……彼らはやがて力尽きるように一人、また一人と倒れていく。


「くそっ……化け物かよ……!」


 彼らの猛攻を平然と受け止める私を見ながら聖黒族の兵士の一人が呟いた。


 彼らは確かに強い。

 それは私も認めよう。


 死んで蘇った者だからなのかは知らないが、彼らのそれは、一兵士の能力を遥かに超えている。


 だけど……それはただ強いだけだ。

 彼らは上位魔王と呼ばれるほどに強大な私たちの力を欠けらも理解していない。


 ガッファは己の復讐に生きた。

 イルデルはただ、快楽を求め、自らの至高を追った。

 フェリベルの片割れは自らの種族を絶対とし、知謀策略を巡らせ、エルフ族の最善を掴もうとした。


 そしてヒューリは……狂気の果てに自身の価値観で世界を塗り潰そうとした。


 国を民を守る事を当たり前とし、その上で私たちは自らの核となる――心の柱を立て、目指し歩く探求の使徒だ。


 死んでいった上位魔王たちはみんな、自身の命を賭けてでも達成したい事があった。


 心底成し遂げたいという願望があった。

 それはきっと、生きている上位魔王たちと……ある種通じるものがあったと思っている。


 だけど、目の前の彼らには苛烈さがない。

 成し遂げるために何をするか……力強い意思というものを彼らからは感じない。


 上位魔王とは、いわば自分の決めた生き方にどこまでも殉じる者たちのことを指すのかも知れない。

 今さっき手に入れた恨みや憎しみ……その程度の感情を飲み干せない程の器ではない。


「……どうしたの? 貴方たちの怒りはこの程度で萎えるものなのかしら?」

「ちっ……」

「ふざけ……っ!」


 気力が萎えかけているようだった聖黒族の兵士たちは、それでも強く私を睨みながら向かってくる。


 ……良いだろう。この世の未練の……全てをここに置いていけ――!


「『エンヴェル・スタルニス』――!」


 私の魔導が発動したその瞬間……世界は止まる。

 空にヒビが入り、ありとあらゆる闇――母のような暖かさを秘めたそれが、一滴の涙となって零れ落ちる。


「な……なんだ……? この魔法は……!」

「上位魔王が……! 『ブラックインパルス』!」


 地面に向かってゆっくりと零れるそれを見守る者と……私さえ倒せばどうにでもなると思っている者。

 二つに分かれたが、結局結末は一緒だ。


 地面に堕ちたそれは大地に波紋を広げ、闇色の球体となり一気に膨らんでいく。

 私を含め、ヒューリ王と激戦を繰り広げた場所を含めた広範囲を全て包み込んで……私と戦っていた聖黒族たちは全員飲み込まれていってしまった。


 唯一対象外になっている私のみがこの戦場に独り。


「負の感情はここに置いて……せめてその安らぎの繭の中でおやすみなさい。

 聖黒族は……私が必ず復興させてみせるから」


 願いを、ここに込めよう。

 全てをまとめて、私が世界の頂点に立つ。


 聖黒族が二度と他者に虐げられない為に、力を振るい続けよう。

 それが……無残に散り、哀れにも蘇った彼らへの弔いになると信じて。

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