290・禁断の西地域

 戦争が終わり、月は過ぎて9の月ファオラ23の日……私はヒューリ王の本来の支配地域である西地域にやって来ていた。


 あまり大規模……というわけにはいかず、二百人ぐらいの規模で遠征部隊を作り、何かあった時のためにすぐに戻れるようワイバーンを一匹連れてきていた。


「はぁ……連日の書類整理に加えてこの西地域の探索……流石にちょっと精神的に疲れるわね」


 若干ぐったりしながら、私は西地域の荒野を歩いていく。

 ここには妖精族の『国樹』の影響が及んでいないからか……痩せた土に雑草がそれなりに生えてる大地がただ広がるだけだ。

 うんざりとしながらも、今後のことを考えなくてはならないな、と思っていた。


 他の国は恐らくこんなところを自身の領土にすることはないだろうし、他ならぬこここそが聖黒族が滅んだ地域だと聞いた。

 それなら、私がここを管理しなければならないだろう。


 出来れば放置しておきたいのだけれど、唯持っているだけ……というわけにもいかない。

 ヒューリ王がここであの死体を蘇らせる魔法を手に入れたのは確かなんだし、ただ探すだけにしてもこの地域は他の魔王の支配を一切受けていない。


 だから町や村といった身体を休める事が出来る場所が一切無く……おまけに色んな狼の魔物が出現するようで、ヒューリ王との戦いが終わったと思ったら今度は魔物との戦いが待っている始末。


 しかもここにいるのはどれも南東地域にいる腑抜けの魔物とは訳が違い、血肉に飢えているようで……ここに来てから何度も襲撃を受けていた。

 全く……ここがそれなりに過ごしやすい気候で助かった。


 いや、今が9の月ファオラの後半だからかもしれないが、南西地域に比べたら少々肌寒いぐらいで済んでいる。

 ただ、これが他の月だったらどうなるのかはわからないからこそ、拠点になりうる場所が必要なのだけれど……ここまで資材を持ってきて、適当な場所を見繕って……なんてことをやらなければならなくて、私が調査に乗り出したというわけだ。


 本当はフレイアールに任せれば楽なんだろうけど、彼は今、レイクラド王のところで彼の面倒を見てくれている……というより、まるで孫と祖父のような関係のようにも見えた。


 レイクラド王は現在ドラフェルトのクレドラルで軟禁状態にしてある。

 彼と竜人族たちは私の期待に応えてくれた。

 それに報いる為に、リーティアスから自国のクレドラルに軟禁場所を移し、元ドラフェルトの兵士で、今はこちら側の兵士になっている竜人族を数人選んで護衛にあたってもらっている形だ。


 本当はドラフェルトの首都でも良かったのだけれど……あそこは今、中立地帯になっている。

 残った竜人族の兵士たちでなんとかやっているようだけれど、ここはフワロークやマヒュムの手前迂闊な事は出来ない。


 ただ、竜人族以外ではワイバーンくらいしか行き来することの出来ない為、あまり価値のない領土になっていた。


 一応フワロークとマヒュムにも相談した結果、ここだけはドラフェルトの領土のままにしておこうということになったのだ。


 流石に彼らでもあんな空気の薄い山の上の町なんて欲しがらないし、ワイバーンも私の国とは違って少ない。

 無理に自分の国の領土にする利益は非常に薄いと言えるだろう。

 だからこそ、現在のドラフェルトの領土はクレドラルのみとなっている。


 他の元ドラフェルトの領土はヒューリ王の侵略した領土が全て判明してから、全員で相談して決めることになるだろう。

 ……それによってかなりの領土を手に入れることが出来るだろうけど、飛び地になりそうな部分は他の魔王たちに任せるような形にして、こちらはなるべくまとまった領土さえ手に入ればいい。


 それまではレイクラド王はクレドラルで隠居生活のような暮らしをしていてもらい、フレイアールはそれに付き添っている……ということなのだ。

 あの子には戦時中随分と世話になった。


 それこそ常に空を飛び続けてもらっていたと言っても過言じゃない。

 明らかに兵士たちの何倍も働いていたのだし、しばらくの間はゆっくりと休んでもらうには丁度いい理由だったと言えるだろう。


 アシュルはこういうのには向いていないし、それはカヅキにも同じことが言えるだろう。

 フェンルウは戦力的に不安が残る。ケットシーはディトリアには欠かせない存在だ。

 というわけで私とベリルちゃんを中心として、遠征部隊を組織して今のような状況に至る――というわけだ。


「ティファちゃん、大丈夫?」


 日頃の執務により溜まった精神的疲労に加え、こんな遠征まで行っているんだ。

 多少の疲れが顔に出てしまうのも、致し方のないことだろう。


「大丈夫よ。ありがとう」


 ベリルちゃんが心配そうに顔を覗き込んでいるのを片手で制しながら、これが終わったら二日くらいゆっくりと休もうと心に誓って、私は引き続き先に進むと――


「ティファリス女王様!」


 一人の魔人族の兵士が大きな声で私の事を呼んでいた。

 この兵士は確か……そう、兵士たちの一部で探索隊を編成して、別行動をさせていたのだ。


 彼は恐らくその内の一人、ということになるだろう。


「どうしたの?」

「はい。ここからしばらく北東へと進んだところなのですが、そこには今まで歩いてきた西地域の土地から比べれば、木々も生えていて……他の場所を拠点にするよりはいくらかマシなところがありました。

 他の探索隊の兵士たちは周囲の魔物を駆逐しながら、ティファリス女王様の判断を待つことにして……私が代表として戻ってきた次第です」

「わかった。それじゃあ、まずはそこに行ってみることにしましょう。

 案内してくれる?」

「はい!」


 兵士は意気揚々と頷いて、先導するように案内してくれる。

 私の方は伝令兵を使って他の兵士たちに指示を出して、先導してくれる兵士に付いて行くことにした。


 それから数日かけて行軍を続け……周囲に緑が徐々に広がっていってるのがわかったところで、目的地に到着することが出来た。


 探索隊の兵士たちは一通り魔物の駆逐を終えたのだろう。

 隊長に任命しておいた人狼族の兵士に預けておいたアイテム袋からテントを取り出して設置していた。


「ティファリス様! わざわざご足労ありがとうございます!」

「いいえ、それよりよく知らせてくれたわね。

 確かにここらへんは今まで歩いてきた他の場所とは違うみたいだし……ここを中心に村を作っていきましょう」

「わかりました! それと、ここから北東の方に少し進むと、川が流れているようでしたので、そちらから水を引いていくのがいいかもしれません」


 草を抜いて畑を作って……村に水を引いて……やることはいくらでもありそうだ。

 とりあえず、まずやらなければならないのは、このテントの移動だろう。


「ここで待ってるのはいいけど、まずは川に近いところに張り直しましょう。

 その後、そこを中心にワイバーンを使って資材を搬入して、村作りをしましょう」

「わかりました!」


 それから、彼らのテントを一度撤収し、北東の川の流れているところに張り直し、私は自分の持ってきていたアイテム袋の中から保存の効く食べ物を中心に渡し、遠征部隊にはここに待機してもらうことにした。


 この西地域には魔王により支配された国も領土も一切なく、ヒューリ王ただ一人が管理していたおかげで兵士たちだけ残して国に戻っても問題はない。

 強いて言えば魔物が面倒だろうけど……別に数人でここに来ているわけではないのだし、交代しながらやればなんとかなるだろう。


 というわけで、遠征部隊がアイテム袋から取り出したテントを張り終わったぐらいから、私とベリルちゃんは一度リーティアスへと戻ることにした。

 これからは西地域の方も忙しくなりそうだけれど、ヒューリ王の負の遺産を早めに見つけて処理する為には、しばらくこっちに力を入れる必要があるだろう。

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