269・鬼神が戦火に見るもの
――セツキ視点――
「ティファリスの話を聞いたときにはとても信じられなかったが……今、この軍勢を見れば信じる気が起きるってもんだ」
俺様の目の前に広がる戦いの光景。
それはパーラスタに焼かれ、スロウデルの侵略を受け、疲弊しているセツオウカの
奴らが侵攻を開始してすぐ、こちらの方に兵士たちを進めているのを確認したからなんだが……てっきり全軍こっち側に来るのかと思っていた。
その後、フレイアールがわざわざティファリスの言葉を届けてくれたから、今の状況を正確に把握することが出来た。
まさかヒューリ王が全ての地域に侵攻を開始していた……なんてな。
どこにそんな戦力を隠し持っていたのかは不明だが、そこまで念入りに準備を進めてきた……というのだけは伝わってきた。
だからこそ、『こっちは気にするな。自分たちのことはなんとかする』と言い切ったところまでは良かったんだが……今となってはそれも激しく後悔せざるを得ない。
あの時、俺様がヤーシュとの一戦で感じた違和感。
心の臓がある部分でなにかが砕けた感触を……フレイアールに教えてやれば良かった、と。
現れたのは大量の既に死んでいるであろう……死者として蘇った者が兵士として運用されていたのだから。
全員ヤーシュと同じ青白い肌をしていて、種族はてんでバラバラ。
鬼族の姿もあれば、エルフ族や狐人族の姿まで確認できて、どこから用意したんだと言いたくなる大量の妖精族と猫人族が侵攻に使われていたのだから。
その時の勘が働いたおかげで、俺様はすぐにヤーシュとの戦いの時に気付いた違和感を武士たち全てに伝達し、心の臓を狙うように指示を飛ばした結果……それが見事に功を奏した。
戦いが始まった当初はどこを斬り落としても磨り潰しても、回復の光属性魔法さえあれば無限に立ち上がってくるその姿に戸惑いと恐怖を覚えたようだったが、俺の言う通り左胸――心の臓を狙い出した槍兵たちが、なにか核のような硬い感触が手に伝わり、それが砕かれた敵兵は、倒れ伏したまま動かなくなってしまった。
この事が露見してすぐさまこちらの知ることとなったおかげで、今では普通に生きている兵士を相手にしているのと何ら遜色ない状態に持っていくことが出来たのだ。
だからこそ、このことを他の連中に知らせなかったことを後悔した……というわけだ。
これを知っているのと知らないのとでは大違いだからな。
最初は圧され気味だったこちらが今では五分五分といったところか。
しかしこれではティファリスに奴らの特性を伝える暇がない。
ワイバーンすら今は戦力として数えていて……伝令のために動かせるものなんざ、ラントルオぐらいのものしかない。
そんなもん、戦争している最中に送り出してる余裕なんかあるものか。
こっちだって今相当瀬戸際に追い込まれている。
精神的にも肉体的にも限界に近いやつだって中にはいる。
それでも敵軍に負けないのは純粋に鬼族としての誇り、国を背負って立っているという意思を持っているからだ。
その事がなによりの強みとなり、自身を、友を奮い立たせてくれている。
焼くか腕や足を斬り落とし、その隙に核を突く……こうやって徐々に優位にたとうとはしているのだが、相手も今までとは別格。
俺様の率いる鬼族の軍勢に真っ向から対峙して均衡を保っていられるんだ。
それだけ敵兵のやつらは非常に練度が高く、連携を組んで行動している……というわけだ。
「シィィィネェェェェ!」
「ヒューリ王のために、滅びろぉぉぉぉ!!」
「てめぇらが死んでろっ!」
中にはこういう心底ヒューリ王を敬愛しているようなのもいて……そいつらは更に動きがおかしい。
俺様に向かってきた馬鹿共は一刀ずつ浴びせ、核もろとも粉々にしてやったが、あれは盲信とか妄信みたいな……そんなものじゃない。
最早狂信の領域に達している。こういう奴らは本当にたちが悪い。
自爆特攻はなんのその。回復さえすればなんの不利もなく動けるようになることをいいことに、一人がこちらの武士に抱きついて、一人がそれを爆発粉砕。最後の一人が周囲で傷ついてるやつも含めて傷を癒やす……という凶悪さだ。
こっちも負けずに武士たちで連携をとり、狂信者共の攻撃を掻い潜ってはいるが……それでもあちらの方は被害が徐々に大きくなってきている。
「セツキ王、これでは……!」
「カザキリは何をしている?」
「はい。お一人……単騎であの狂った者共を一掃しようと……」
俺の冷静な問いかけが不機嫌そうにでも見えたのか、若干おどおどした様子でカザキリの現状を報告してくれた。
「わかった。あいつも俺様の契約スライム。なに、何も心配することはない。
それよりも、お前はもう少し堂々と振るまえ! 堂々と!」
「は、はい!!」
「よし、狂った奴らの対処をする時は、必ず他の武士たちと連携を取れ。
一人二人で事をなそうとするな。
そして……近くに俺やカザキリがいるなら、そいつらの位置を伝えろ。
その代わり……必ずぶっ潰してやるからよ」
にっ、と笑みを返してやると、伝令に来た武士もすっかり勇気を取り戻したようで、気を引き締めた表情で戦場へと駆け戻っていった……かと思うと、今度は別の伝令が俺のところに報告をしにやってきた。
「セツキ王様。左翼に強力な敵兵が現れたようで……相当な被害が出ております」
「……危惧した通りになったな」
最初は弱い奴らをぶつけ……それでも上手く行かないとわかった奴が次に打つ手となれば大体予想もつくってやつだ。
「俺様は左翼の援護に向かう。中央はオウキに任せると伝えろ」
「御意!」
さて……そろそろ俺様も本格的に動かなくてはならないみたいだし、兵士たちの相手はオウキに任せて、左翼で大暴れしてるやつのところに行くとしようか。
――
そこはまさに大惨事と言っていい光景が広がっていた。
地面のあちこちが抉れていたり、こちら側の武士がまるで円のように広がって倒れていた。
そしてその中心……そこにいたのは……。
「……久しぶりだな。セツキ王」
「……なるほど、お前もここにいて何の不自然もないってわけか……」
ヒューリ王がここにどうやって来たか、なぜ南地域に侵攻しようとして中途半端な位置で止まったか、そして……この死んだものを蘇らせる魔法か魔道具か……。
十分に考えられることだった。
だが、そこまではしないだろうと心のどこかで考えていたのかもしれない。
「あの『宴』の時以来か……よもやこのような形で会うことになろうとはな」
「いや、お前と会うのは初めてだな。俺様は死人に知り合いはいない」
……ヤーシュの時はある程度割り切れていた。
それは単にあいつが過去の魔王だったからだ。俺様は顔や武勇は知っていても、しっかり向き合って話したわけでもない。
だからこそ、割り切ることが出来た。
別にこいつとは特に覚えれる程の話をしていたわけじゃない。
だが、あの男にはいつも花があった。
ひらひらと舞う黄色い光を宿した契約スライムが周囲をうろちょろするところなんか、どこか儚い綺麗さがあるもんだと思っていた。
そんな奴が今ではこんな無様な姿を晒して……どうしようもなく憤りを感じる。
「確かに余は一度死にはしたが……今はこの通り、元に戻っている……そうだろう? セツキ王」
「いいや、お前は死んだままだ。同じ上位魔王だったせめてもの情けだ。
もう一度
魔法を使い武士たちをなぎ倒し……その中央にいる魔王ですら無くなったリアニットと……その契約スライムであるライニーを睨みつける。
どこかから溢れ出る怒りを、胸の中で焼き焦がしながら。
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