268・鬼へと至り、鬼神へと至る 後編

 そこからのそれがしは本当に致命傷になりえそうなもののみを選び最低限に回避することだけに留め、腹に、顔に、肩に血が滲み、出るほどの傷を負わされてもただひたすらに……前に。


「捨て身か? それで某が討てると本気で思っているのか?」

「ふふっ……捨て身、ですか」


 確かに、シャラ様の目から見ればそれがしはなんの勝算もなく、ただただやけっぱちになって捨て身になっているようにしか思えないでしょう。

 今も頬を掠め、脇腹を軽く斬られたとしても全く怯まずに苛烈とも言える攻撃を加え続けている。


 それのおかげでシャラ様の方も傷がかなり増え、同様に身体がボロボロになっていく。

 なるほど。二人が互いに傷つく、というのは捨て身の攻撃であると考えれば余計に理に適った動きを取っていると言えるでしょう。


 確かに、それがしは今はひたすら生をこの手に掴み取る為、死を恐れずにひたすら果敢に攻撃をし続けています。

 ですが……なんの勝算もなしにこんなことをするほど、それがしは酔狂ではないつもりです。


「はっ……はあぁっ!」

「ふっ……!」


 繰り出される鋭い、閃光のような突き。

 それがしとシャラ様の刃が互いに交差しあい……首筋を掠め、そのまま引きながら根本を掻っ切ろうとしましたが、それを嫌うようにシャラ様はそれがしに更に接近し、腹に思いっきりと蹴りを喰らわされ、それがしは吹き飛ぶように後退してしまいました。


 ……やはり、そう簡単にはやらせてくれませんか。

 ですが、シャラ様はそれがしの目的を勘違いしてくれております。

 ならば、今は攻めて攻めて……斬り続けるのみ……!


「かかっ、それも悪くあるまい。

 今の某とお主の実力は伯仲しておる。ならば……雌雄を決する為には多少の無茶は行わんとな!」


 にいっ、と獰猛に笑みを深め、最早抜刀術も失ったシャラ様は狂ったかのような剣撃の嵐を浴びせ続けてきました。


 互いに傷つき傷つけ合い……まさに諸刃の剣。

 砂嵐吹き荒れる中、ただ一人彷徨い歩く孤独な探求者のように、それがしはただひたすら活路を見出すため、その剣の嵐の中をもがき、好機を伺う。


 例え右肩に深い傷を負い、『吽雷うんらい』を握りしめるその手に血が滴っても、左の太ももに鋭い突きが思ったより深く掠め、血が吹き出したとしても……。


 ただひたすらその活路のために。

 今のそれがしは正に修羅の如き存在でしょう。


「どうしたのですか? 貴方様の実力は……その程度ですか?」

「かかっ、随分と抜かしおる。威勢だけはいいようだが、いつまで続くか?」


 左目を貫かんと放たれたシャラ様の突きを頭を軽く動かして回避。

 目の横を刃が通り過ぎるのを冷静に見送りながら、それを掠めた痛みを自覚しつつ刀を振るう。


「くっ……いいぞ、もっと激しく死合おうではないか!」


 斬りつけたはずの左腕の痛みを物ともせず、シャラ様は一旦距離を取り……そっと構えを取りました。

 それは染み付いた抜刀術の構え。鞘はなくとも、一番慣れ親しんだ動き。

 これをする、ということは確実にそれがしを仕留めよう……そういうことなのでしょう。


 鞘がない、ということは抜く動作が不要で……最速の行動をすることが出来るということ。

 ですが、この状況こそ……確実に決めるために彼が動き出したことこそ、それがしが一番待っていた最大の好機!


 それを迎え撃つために地面を踏みしめ、この場を動かぬようにそして……身体の全魔力を一箇所に集め、最後の一撃をシャラ様に浴びせるために。


「かかっ、相打ち覚悟の一撃か。だが、わかっておるのか?

 某の弱点は左胸の心の臓……その代わりをしている核。ほかはどこを傷つけられても致命傷へとは至らぬ」

「ええ、知っていますよ。だからこそ……それがしは戦えるのです。

 明日を信じて……前に進める!」

「ならば、見せてみよ! おぬしの力を……その全てを!」


 だんっ! と力強く地面を踏み抜く音がして、シャラ様はそれがしに向かって疾風のように駆けてきました。

 まっすぐ、どこまでも一直線に……低い体勢で某の間合いに入り込み、純粋な殺気の練り込まれた……死へと誘われそうな一撃。

 そしてそれは……それがしの首を狙ってきました。


 同じように左胸の核を破壊すべく、『風阿ふうあ』を下から迫りくるシャラ様の右鎖骨の方面からまっすぐ核を狙いに、『吽雷うんらい』は……そのまま左胸をまっすぐ突き刺しに。


「なにっ!?」

「シャラ様……貴方の敗因はたった一つ。そして、それこそがそれがしの唯一の勝因です!」


 それがしは迫りくるシャラ様の『首落丸しゅらくまる』を見ながら、タイミング見計らって……なんの脈絡もなしに『吽雷うんらい』を手放し、右腕を盾にするように力を入れ、首に全ての魔力を集中させました。


 その結果……右腕は斬り飛ばされ、周囲を血で染め上げ、首の方にも中心までは届かずとも深々と刺さり……思わず口から血が吐き出てきた程。

 ですが……致命傷は避けた。そしてそれが導き出す答えは――


「か……かかっ、み、見事……」


 それがしの『風阿ふうあ』の方は左胸の核を捉え、シャラ様は片膝をついたようでした。


 しかし、それは砕いたわけではなく、罅が入っただけ。

 ですがそれだけで十分。一度入った核の傷は少しずつ広がっていき、いずれ砕け散る……それを予見させるように、シャラ様は少しずつ弱っていました。


「その刀の力か。首に当った瞬間、風のようなものに妨害された手応えを感じた。

 威力を殺し、致命傷を避ける……これこそが、おぬしの策か」


 そう、『風阿ふうあ吽雷うんらい』はそれがしの手足のように自在に扱うことが出来る……。

 だからこそ、こうして『風阿ふうあ』の力を首のところで解き放つ事が出来た……というわけです。


 もちろん、それがしも無事では住まず、結構痛手を負いましたが……死ななければこれくらい、軽いものです。

 それでも不安だったから腕も差し出したのですが、恐らく魔力だけで対処したら本当に相討ちで終わってしまったでしょう。


「……なぜ、某が首を狙うとわかった?」

「貴方は致命傷を狙っても、首以外どこか甘かった。

 ……だからこそ、気づけたのですよ。シャラ様がそれがしを殺す時は、必ず首を狙ってくる、と」

「かかっ……なるほど。某も首に固執しすぎた……か」


 シャラ様は満足気な笑顔を浮かべて……やがて面倒だと言わんばかりに空を見上げて――


「ああ、素晴らしきかな我が生よ。死して尚、これほどの強者つわものに会えた事に……ただひたすらの、感謝を!」


 ――そのまま本当の意味で、動かなくなってしまいました。

 それがしはただ一目し、一度回復のために腕を拾って自陣に戻ることにしました。

 あの方が斬ったこの腕は凄まじく綺麗に斬られていて……これであれば、魔法で治療してもらえばなんとか元通りになることでしょう。


 ……まだ、戦いは終わらない。ならばそれがしは最後に……別れの言葉だけ、胸にしまい駆け抜けましょう。


 鬼神族のシャラ様。

 誰しもが認め、それがしも憧れた……魔王様。

 どうか、安らかに……お眠りください。

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