240・僕は……負けないから

 僕と同じ……『始竜』っていうわけじゃないけど、結構似た存在になったレイクラド王との戦いは熾烈を極めた。

 互いに熱線ブレスを吐いては相殺し、魔法を解き放っては相殺。


『バニシングレイ』や『フリーズコロナ』はすぐに綿密に練り上げられた――僕があの時放ったのと同じぐらいの威力の熱線ブレスに灼かれて消失してしまった。


 同じ――そう、同じなんだ。

 魔力の量も、技量も……力さえも全く互角と言っても良い。

 つまり、このままだと最初から全力で挑んでいった僕の負けになりそうだ。


 僕の目的はレイクラド王を倒すことじゃなくて……救援要請をしてきた二国を守ることなんだから。

 守りきれずに彼らが負けたら、それだけで僕の負けに繋がるんだもの。


 ちょっとしくじったかも知れない。

 こっちにももう一人……カヅキとかベリルとか……戦力になってくれる人を連れてくればよかった。


 ――いや、それこそ僕が自分たちが強いっていう驕りを持ってるからかも。

 ここにはフワローク女王、セツキ王とその契約スライムもいる。

 あのちょっと邪魔くさい重力が発生してる黒い球を作り出す魔道具もある。


 レイクラド王の契約スライムならなんとか出来るはずだ。


『事ここに至って考え事か? 随分と余裕ではないか!』

『そう見えるか? ならばお前の能力不足というものだ』

『ククッ、言ってくれるではないか!!』


 売り言葉に買い言葉。互いに挑発しあって、笑みを浮かべて攻撃を続ける。


 炎を創り出したら水が。風を生み出したら土が。雷を放てば熱線ブレスが……僕たちは互いに死力を尽くして魔法をぶつけ合う。

 接近戦をしてもあまり意味がないことがわかってるし、自然とこうなる。


 どれくらい長い間交戦を繰り広げていたんだろう? ……僕とレイクラド王は互いに一手、間違えてしまった。

 あの重力の球の魔道具のせいだ。いや、それのおかげでもあるかな。


 互いに『フリーズコロナ』を撃ち合った後、偶々その重力球を取り込むような形で発生させてしまって……そこで引き起こされたのは異常な魔力の干渉。


 より強い重力を生み出して、それぞれが相手に向かって撃ち出した魔法に引っ張られて――


『くっ、ぅぅぅ……ぬかったかっ』

『ちっ、この程度……【ドラグチェイン】!』


 僕の一瞬の判断ミスで事態は急転してしまう。

 レイクラド王の魔法で四方からいきなり鎖が飛んできて、僕をがんじがらめに拘束する。


 ギシギシと締め上げられ、動こうとしても一切身動きが取れない。


『よ、くも……! 【バニシング――】がっ……がふっ……』

『コォォォォ――』


 鎖が首に巻き付いて詠唱を中断させられている隙を突かれてチャージの体勢に移られてしまった。

 あれは――僕が最大までチャージした時と同じくらいの力を溜めてる……!


 ま、まずい……! 苦しくて、長い魔法を唱えられるような状況じゃない。

 ギリギリ『フリーズコロナ』辺りならなんとか……だけど、今あの魔法を使った所でなんの意味もない。


 熱線ブレスを防ぐ為に必要なものは……同じくらいの魔力を叩き込むか、超強力な魔法をぶつけるかだ。

 今咄嗟に思いつくもので相殺できそうな魔法は、どれも今すぐには唱えられないものばかり……。


 今こうやってもたもたしている間にも熱線ブレスのチャージが完了して……イチかバチかになるけど、もうなりふり構ってる場合じゃない……!


『【け……化、身……ふ、う……印……】!』


 魔法が僕の身体を包み込み、どんどん小さくなって――小竜の状態に戻る。

 流石に鎖も僕のサイズに合わせるなんて芸当出来なかったようで、束縛状態から解放される。


 これで――


『ガアアアァァァァァァァ!!』


 大気を震わせるように『ガオオォォォォンッッ!』って音がして僕は――


「ギャ、ギャウウウウゥゥゥゥッッ!」


 ――僕の……僕の身体が……あ、あぁぁぁ! 


 小柄になったことでスピードも増したんだけど、その分避けなきゃいけない範囲が増えて……回避しそこねた僕の半身は焼けてしまっていた。

 なんとか生きてはいるけど……こうなったら……!


(『け、化身、かい、ほう……』!)


 僕はもう一度成竜――巨竜の状態に戻って身体の状態を確認する。

 右腕と足はもう駄目。翼も……なんとかゆっくりと降下できるように体勢を整えてるけど……このままじゃ砦に落下するのも時間の問題だ。


『クッ、ククッ……ようやく、地に堕ちたか』

『ぬ、抜かせ……死なば……もろともよ……! 【フォールダウン・プリズン】!』


 僕は最後の力を振り絞って攻撃に転ずる。

『フリーズコロナ』とドワーフの重力球の影響で動きにくくなってるのは自分も同じだってこと、忘れてないよね……!


 それに更にバチバチと白い光の走る四角い黒い檻のようなものを生成する。

 これは重力の牢獄だ。僕のことを、あまり軽く見ないでよね……!


『はぁ……はぁ……【カ、カオティック・イグ、ニッション……ロアァァァァァァ】!!』


 赤と黒を混ぜて、産まれろ……終焉もたらす深淵の息吹ブレス――!

 僕のありったけ! 僕の全部! これで……暗い灼ける世界の奥へ――堕ちろぉぉぉぉぉ!!


『ガアアアァァァァァァ!!』

『ばっ……馬鹿な……!』


 渾身の想いを込めて撃ち出した魂の一撃。

 心と言葉で叫ぶ全て。それらを彼にぶつけて……何もかもをかき消すような音と共に飲み込まれていった。


 そしてそこで、僕の意識も闇の泥に飲み込まれていく。

 今まで散々魔法を撃ち合って……僕の疲労も限界を迎えたようだ。


 思わず『死なばもろとも』なんて言っちゃったけど、致命傷には遠い……これも僕が始竜だからなんだろう。

 再生力はすごいけど、この傷じゃ今すぐ戦線に復帰することなんて出来るわけがない。

 だからありったけを……と思ったんだけど……予想以上に力を使い果たしたみたい。


 母様、ごめんなさい。僕は――フレイアールは貴女の言葉を守れなかったよ……。

 悲しみの海が押し寄せてきて、やるせない気持ちが溢れ出そうになる。


 僕は……母様の想いに応える事が出来なかった駄竜で、彼は――レイクラド王はそれだけ強力で強大な敵だった。

 彼と戦ったことに後悔はなかった――って言ったら嘘になる。


 戦わなきゃ良かった……そうしたら母様の期待に応える事が出来たのに。

 でも、心の中はどこか晴れやかで、不思議とさっぱりとしていた。


 今日、僕は初めて本気を出しても超えられなかった敵に出会ったんだもの。

 敗北はとても苦くて、悔しくて……二度と味わいたくなくて……そのまま砦に落下するように、意識は泥の海深くに。


 ――なんだか、すごく気持ちよくて……眠く、なってきちゃった……。

 おやすみ……なさい。母様……姉、様……。

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