241・僕たちの戦争の結末

「キャウ……キュアアアァァァァァ……」


 なんだか随分長く寝たような感覚で起きた僕は、長いあくびをしながらふわふわな暖かい感触の地面に疑問をもった。

 寝てる部分を見ると、暖かそうな布が敷いてあって、毛布が身体にはかけられていた。


 ――そっか、僕、あれからずっと気を失ってたんだ。


 ズキズキと痛むような傷は全く無くて、とてもじゃないけどあんな激しい戦いをした後とは思えないほど、体力と魔力が充実している。

 下手をしたら今のほうがまだまともに戦うことが出来るくらいだ……とも思うんだけど、上手く身体が動かせないところ考えると、本調子じゃないみたいだ。


 それにしても……ここはどこなんだろう?

 僕はラスガンデッドにもエンドラッツェにもほとんど来たことが無いから、今自分がどこにいるのかすらよくわかってない。


 きょろきょろと周囲の様子を伺って見るんだけど、どこか暖かみのある色合いの部屋。

 暖炉が取り付けられていて、ぱちぱちと火花がなる音がちょっと心地いい。

 毛布に包まれてるということもあってか……ぬくぬくと程よい暖かさが僕の身体をほんのりと包み込んで……すごく気持ちよく……て……。


 ――バンッ!


 という扉の音と、流れてくる冷気で僕はびっくりして目が覚めてしまった。


「……どうやら気が付いたようですね。どうですか? 身体の加減は」


 どこか寝ぼけた頭でその人を見つめていた僕は、ようやくこの人が魔人の魔王だったことを思い出した。


「キュア、キュルアァ……(マヒュム王? 僕は……)」

「君はレイクラド王との死闘の末、砦に落ちてきたのですよ。

 その直後に戦っていたレイクラド王の方も深手を負って落ちてきました」

「キュアァァ……」


 僕は結局、勝てなかった。役目を果たせなかった。

 そんな気持ちが胸の中にこみ上げてきて、すごく悲しく、辛くなっていく。

 思わず泣き言まで口をついて出てしまったくらいだ。


 マヒュム王からしたら本当に鳴いてるようにしか聞こえないんだろうけど。


「キャウ、キュルァァ?(彼は、レイクラド王はどうなったの?)」

「……申し訳ないけど、私には君の言葉が理解できないんだよ」

「キャウゥゥゥ……」


 そうだ。僕、小竜状態だったら言葉は理解できるけど喋れないんだっけ……。

 ティファリス母様とアシュル姉様以外、僕とは念話出来ないし……どうしよう?


「マヒュム、連れてきたよー」

「……」


 僕と上手く話せなくて困っているマヒュム王の元にやってきたのは、フワローク女王と……あれは、レイクラド王!?


「キャウゥゥゥゥゥゥ……」

「……そう警戒するな。我も最早、戦いを続ける意思はない」


 思わず警戒しながら精一杯低く唸っていると、彼は、どこか落胆したような……心ここにあらずといった様子で暗い面持ちをしていた。

 とてもじゃないけどあそこまで互角に戦いあったようには思えなくて……もしかしたらレイクラド王の偽物なんじゃないか? とか疑ってしまうほどだ。


「キャウ、キュルルルル?(なんで、貴方がここにいるの?)」

「ふっ、お主の一撃を受けた後、我も砦に落ち、瀕死に近い状態で二人に捕らえられたのだ。

 戦争はライドムが気を散らしてしまい重傷を負ったせいか、こちらの敗走に終わってしまったよ。

 流石、始竜と言わざるを得ないな。あれほどの短時間で我が軍にあそこまで損害を与えるのだから」


 自嘲気味に笑っているレイクラド王の言葉で、今回の戦争は僕ら側の勝利……だと言うことがわかった。

 よくよく見たら彼の身体はボロボロで、傷ついてない部分は何一つなくて……焦げたような後に、いたる所に焼けたような跡があった。


『カオティック・イグニッションロア』を直撃させたはずなんだけど、どうやら魔法でいくらか打ち消されたみたいだね。

 じゃなかったらそもそも生きてここにいなかっただろうしね。


 ……レイクラド王は僕の事を流石だと褒めてはいたけど、そんなことは全然ない。


 だって、結局国の救援に来た、というよりもレイクラド王と戦っただけで終わったんだから。

 そのときの僕にはよくわからなかったけど、戦域全てを使って空での戦いをしていたからか、ワイバーンはドワーフ族が使った『重飛墜』の効果もぼろぼろに近い状態になってしまったんだって。


 だけど、わかる気がする。

 だってあれだけの激しい戦い……地表にぶつかったら辺り一面が焦土になるどころか、そこら辺に一帯が完全に消滅するんじゃないか? っていう攻撃のオンパレードだったんだから。


 砦の方にも大分被害が拡大していたようで、半壊した挙げ句、周囲の木々は根こそぎなぎ倒されて、あちこちに僕たちの戦い抜いた激しさを見ることができるんだって。


 双方ともに被害甚大。ドラフェルトはまだなんとか戦争を続けられる状態なんだそうだけど、ラスガンデッドとエンドラッツェはこれ以上の戦闘行為は出来ないって言ってたかな。


 それを聞いた僕は思わず『まだ戦い続けるつもりなの?』という問いかけをしたんだけど、レイクラド王は――


「言っただろう。戦う意思はない、と。

 我は敗北した。これ以上……何もすることはない」


 それだけ言うと、黙ってうつむいてしまった。

 レイクラド王は現在捕虜の扱いを受けているらしくて、手首には手錠のようなものが着けられていた。

 魔法を防いで、強い負荷を身体にかける道具みたいで、今回のように自分たちよりも格上の相手をどうしても連れ立って歩かないといけない場合にのみ着けるんだってマヒュム王が言ってた。


 どうやら竜人族なら僕の言葉を理解できるだろうと踏んだんだそうだけど……それでなんで彼を連れてくるんだろう? ……まあ、僕はいいけどさ。


 ……本当はレイクラド王になんで今回の戦いを引き起こしたのか聞きたかったけど、とてもじゃないけどそんな事を聞けるような様子じゃなかった。


 なにより僕の方も身体の中が金属にでも創り変えられたのかのように重くて、痛みはないけど爪先一つ動かすことが出来なかった。


 ――ああ、本当に自分が情けないなぁ……。

 レイクラド王は痛そうにしながらも身体を引きずって僕のところに来てくれたのに、肝心の僕は体力が全然戻らなくて、ぼーっと彼らを眺めるだけなんだもの。


「ねえねえ、フレイ……アールは大丈夫なの?」

「ええ、意識はしっかりしているようですし、レイクラド王との応答にも素直に答えているようですし……少しの間療養していればきっと動けるようになりますよ」


 そんな風にマヒュム王は言ってくれてるけど、僕にとってはその『少しの間』さえもどかしい。

 まだ戦争は続いてる。セツオウカには姉様が向かったから心配することはないけど、まだ最後の一人――ヒューリ王がいる。


 僕は遠目にしかあの人を見たことはないからどんな人物かはわからないけど、少なくとも上位魔王として相応の実力を持っていると見て間違いないと思う。


 イルデル王やフェリベル王の程度の魔王だったら、わざわざ三国が別々の地域を侵略するなんて方法は取らないはずだもの。

 まず間違いなく戦力を集中させるか、最低でも二手に分けるかのどっちかだ。


 それをせずに自分たちの国にある周囲の小国を片っ端から制圧していくようなやり方をするんだ。

 しかもそれぞれが別々の上位魔王の国に攻め入ってくるぐらいだもの……。


 まだ、何かある。

 そんな悪い予感を覚えてしまって……気が逸って……それをレイクラド王に感づかれたんだと思う。


「フワローク女王、マヒュム王……すまぬが、彼と――フレイアールと二人にさせてはくれまいか?

 不信に思うのであればお主たちのどちらか、もしくは監視の兵を扉につけてもらっても構わぬ」


 そんな風にまっすぐと僕の方を見つめながら話していた。

 二人共かなり戸惑っているようだったけど……なにか思うところがあったのか、すごく真剣な目でフワローク女王たちを見ていて……折れるようにマヒュム王がため息をついた。


「はぁ……わかりました。

 下手な気は起こさないでくださいね? その深い傷と疲れ……更にその手錠を着けられているんです。

 今は動くのがやっとなんですから」

「わかっておる……済まぬな」


 フワローク女王はなにかいいたそうな表情をしてたけど、そのままマヒュム王に連れられて外に出ていってしまった。

 部屋には、僕とレイクラド王の二人だけで……向かい合うことになった――。

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