232・聖黒の決着

「ルマル……」


 ラスキュス女王に浮かんでいるのは悲痛の感情。

 それでもその表情を浮かべたのは一瞬の事だった。


 すぐに私の方に向き合ってきました。

 強い感情をその目に宿して――まっすぐな想いが私の心に突き刺さります。


「ラスキュス女王……」

「アシュルちゃん、言葉は要らないわ」


 鞭を構えて私の行動を観察しているようで、その動きに隙は見られません。

『言葉は要らない』……それがあくまでラスキュス女王が導き出した答えであるなら……。


「『アクアブラキウム』!」


 地面から大きな水の腕が出現して、『クアズリーベ・キュムコズノス』の能力を作ってサイズを合わせた大きな剣をそれぞれの腕に持たせました。


「そんな虚仮威し……通用すると思わないことねぇ」


 ラスキュス女王は少し距離を取るように私から離れつつ、鞭による攻撃を行ってきました。

 鞭の先端が地面を強く打ったかと思うと、まるで意志でもあるかのようにまっすぐに私の方に向かって飛んできました。


 それに対して私は水の剣を一つ作り出し、それを射出することで迎撃したのですが……何をしたのか、鞭の先端が水の剣に触れた瞬間、いきなり爆発して、彼女の方に戻っていきました。


 あれがあの鞭の本当の能力と言ったところでしょうか。

 今まで使わなかったのはルマルと呼ばれた銀狐スライムと連携を取るのに邪魔だと判断していたからだとは思うのですが……まだあんなものを隠していたなんて……。


「行くわよぉ、『ミラージュ・エフェクト』!」


 ラスキュス女王の魔法で鞭が幾重にも分裂したように見えて……それぞれが全く違う軌道を描きながら私の元に迫ってくる。


 それを『アクアブラキウム』で生み出した水の腕で防いでその間に水の剣で――


「『エフェクト・トゥルース』!」


 その複数の鞭の全てが爆発して、水の腕が一気に同じように作った剣ごと吹っ飛んでしまいました。

 あれは……。


『ミラージュ・エフェクト』というのは確か、ずっと前に見たことがありますが……『エフェクト・トゥルース』というのは……。


「ほうら、よそ見してる場合? 『ダークネスシャイン』」


 鞭に気を取られている間に再び襲いかかる黒い光。


「『アクアカーテン』!」


 黒い日差しを水が遮蔽物となって全てを防ぐことが出来ました。

 その間に水の剣をラスキュス女王の頭上に円を描くように創り出して串刺しにすべく降らせましたが……それではやはりすぐに感づかれてしまいました。。


「『サンダーストーム』!」


 私の動きに気づいたラスキュス女王は自分を中心に『サンダーストーム』を放ち、私の創り出した剣を相殺してしまいました。

 その間に再生が終わった『アクアブラキウム』に再び剣を持たせて、二つの巨剣を交差させるように振りかざし、一気に振り下ろして、彼女の動きをよく観察します。


「『グラヴィティホール』!」


 ラスキュス女王が魔法を放つと同時に彼女からある程度離れたところに不思議な黒い輝くような穴のようなものが出現して、まるで吸い込まれるかのように腕の動きが止まって……徐々に引き寄せられていきました。

 ……というか、私の身体も引っ張られて、すごく危ない状況です……!


「くっ……」

「ふふっ、『ミラージュ・エフェクト』」


 再びラスキュス女王の攻勢。鞭が再び複数の軌道から私を襲い、『エフェクト・トゥルース』を発動させて虚実を現実に変えて、鞭の先端が爆発し、それを掻い潜る……まさに一進一退の攻防を繰り広げていて、お互いに決め手に欠けた戦いが続いてしまいます。


 ですが、やがてその均衡は徐々に崩れていくことに。


「はぁ……はぁ……」


 私は上がった息を整えながら

 流石上位魔王――長年生きた聖黒族の生き残りなだけあります。

 魔力・戦闘経験……何もかもが違いすぎます。


 おまけにその前に銀狐スライムのルマルと組んでいたときに随分と疲弊させられてしまいました……。

 隙がないなら作るしかないのですが……ラスキュス女王は私の魔導に合わせて魔法を放って相殺してきますのでどうにも……。


 強引に攻めてどうにか出来ればしているのですが、それが通じるような方ではないでしょう。

 というか、さっきからその戦法でいってるせいで見抜かれてる節すらあると思います。


『ディープフォッグ』も彼女が防御に転じてしまえば、ほとんど無意味に等しいでしょう。

 なにしろ傷ついた端から『ピュアヒーリング』を使って傷を癒やしていけばなんの問題もないのですから。


『キュムコズノス』の能力を最大限まで発揮するのも精神力の無くなってきた今の私では暴走させる可能性が非常に高いです。


 ただ惰性に体力だけを浪費していき、相手と闇雲に攻撃していく時間だけが過ぎていきます……。

 ラスキュス女王も疲れているようで、息を整えてるようですが……。


 ――そうだ。まだこの手があった。


 正直かなりの自爆行為に等しいです。

 今持てる力を……暴走覚悟で開放して、彼女を仕留めた瞬間、『クアズリーベ』自体を解除する。

 もちろんただそれだけじゃないですし、この攻撃方法は恐らく一回しか通用しないでしょう。


 ですが……まだ私が彼女に見せていない『キュムコズノス』の使い方をすれば……まだ勝ち目があります!


「はぁ……はぁ……ラスキュス女王……どうやら、私の体力も限界に近いです。

 ですから……これが、これが最後の攻勢です。私の命の一雫……絞り尽くしてでも貴女を討ちます!」

「ふ、ふふ……いいわぁ、それなら私も全身全霊をもって迎え撃ってあげる!」


 私は精神を集中させて、水の剣を――私とラスキュス女王の周辺全てに上からまっすぐ下に降り注ぐように精製していきます。


「『ブラックインパルス』!」


 ラスキュス女王の黒い波動が私や周囲の剣に襲いかかって、強い衝撃を体全体に受けてしまいますが、それでも堪えて魔力を注ぎ続けないと……。


「『ダークネスシャイン』」


 鞭の爆発・黒い光が私の身体を焼き、血で片目が見えにくくなっても……右腕が完全に上がらなくなっても水の剣に力を注ぎ込み――ようやくそれは形となりました。


「これ――が、私の……全て……です! 全てを洗い流せ! 『キュムコズノス』!!」


 わざわざ名前を呼んだのは私の願いがこもっていたからです。

 これで全てを終わりにして欲しい……最後まで私に付き合って欲しい……そんな願い。


 上空の水色が全て降り注いで、そこには一切の逃げ場もなく、私とラスキュス女王は……その剣の雨に濡れることになりました。


 と言っても、私自身でもある『キュムコズノス』が私を傷つけることはありえないのですが。


「くっ……『グラヴィティホール』!」


 展開された黒い穴の中にラスキュス女王の周辺にある剣はそちらに引き寄せられてしまいますが……本命はそっちじゃないんですよ。


 私の本命は――これです!


「いっけええええええ!!!」


 次々と地面に突き刺さっていく水の剣。

 その全てが地面を経由して……ラスキュス女王の元へ。


「なっ……!?」


 地面から生えてくる剣と……頭上から絶えず降り注ぐ剣。

 二つの攻撃がラスキュス女王の動きを捉え――わたしの意識が霞みそうになりました。


 ――まだ。

 ――まだ意識を手放すわけには行きません。


 絶えず攻撃を続ける私は、ギリギリの状況になるまで魔力を放出し続け……限界が来て『クアズリーベ』を消しながら、倒れ伏してしまいました。


 もう、身体が満足に言うことを聞きません。

 ギリギリ暴走しなかったのは幸いでしたが――ラスキュス女王は……どうなったのでしょうか……?

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