233・スライムの国の終焉

 倒れ伏したまま周囲を見回していると……とうとうラスキュス女王を見つけました。


「ふ、ふふ……」


 身体が上下から串刺しになっていて、ギリギリ急所を避けている……そんな感じでした。

 それでも足も腕も動けないほど串刺しになっていました。


 ――ああ、これは辛うじて生きているだけで、いずれは血を失って死んでしまうでしょう。

『ピュアヒーリング』で回復すればまだ延命できる可能性はあるのですが……。


「ラ、ラスキュス……じょ、おう……」

「私ねぇ、すごく嬉しかったの」


 自分自身を助けるつもりがないのか、ラスキュス女王は回復魔法を唱えず、ただただ赤い血の湖の中にその身を漂わせているばかりで……。

 とてもじゃないですけど、まともに喋れないはずなんです。


 それなのに……なんでそんななんでもないように話せるのでしょう?


「か、かい……ふく……」

「初めて貴女とティファリスちゃんに出会った時……まだ自分は独りぼっちじゃないんだぁ……って本当に思えたのよ」


 自分で矛盾している事を言っているのはわかっているんです。

 でも……ラスキュス女王は私の掠れた声を無視して本当に嬉しそうに話しかけて続けてきました。


「ずっと……この世界を独りで生きていくのってね、すごく辛いの……。

 それでも死ねなかったのは心の何処かでまだ聖黒族がどこかに生きてるかもって思ってたから」


 何を考えてラスキュス女王はこんな話をしているのでしょうか?

 戦争をしていたこの私に……なんで今さら。


「ふふ、少し……だけ……ほんの、少しだけ……の間、だった……けど、あな、たたち、と話せて……よかったわ、ぁ」


 心底楽しそうにしているラスキュス女王の声が響き渡って……私はただ、何も言えずに聞いていました。


「ふ……ふっ……。

 後は……よろしくねぇ……レ……イちゃ……ん……」


 そのままラスキュス女王の言葉は聞こえなくなってしまって……私は歩み寄ってくるカザキリの姿を確認して、気が緩んでしまったのか意識を失ってしまいました――。






 ――






 目が覚めた私は、見慣れないけれど、見たことがある景色が広がっていました。


「……私」


 ラスキュス女王を討ってからその後、全く記憶が残ってなかったのですが……どうやら私はセツオウカに戻ってきてたようです。


 頭の整理がつく前にこんこん、とノックの音が聞こえてきました。

 そのまま意識をそちらの方に向けると、扉から入ってきたのはカザキリさんでした。


「おお、目を覚ましたでござるか。ここがどこかわかるでござるか?」

「……セツオウカ、ですよね」


 気怠い身体を起こして、カザキリさんの方に顔を向けると、その赤い双眸が嬉しそうに緩むのが見えました。


「うむ、良かったのでござる。

 アシュル殿は戦争が終わって三日、起きずにただ眠っていたのでござるよ」

「三日……」


 ラスキュス女王との壮絶な戦いを終えた私は、あの後気を失って……そのままセツオウカに運ばれてしまったのだとか。

 恥ずかしい話ですが、あのときは本当にギリギリでしたからねぇ……。


 よく『クアズリーベ・キュムコズノス』を暴走させることなく終えることが出来たなと思います。

 あの時、一瞬でも引っ込めるのが遅かったら……と思うとゾッとしますよ。


「それで……あの後はどうなったのですか?」

「アシュル殿がラスキュス女王を討ち倒した後、スロウデルの兵士たちはそれを察知した直後、その全てが投降したでござる」

「……そう」


 何故か肩の荷が降りた……そういう風に感じてしまいました。

 しかしラスキュス女王が死んですぐ、何の抵抗もなく……ということは、あの女王は最初からそういう風に命令を出していたのかもしれません。


「スロウデルはどうなりましたか?」

「あそこはもうほとんど人が……というかスライムがいなくなっておりましたでござる。

 どうやら最初から住民は首都から脱出していたようでござるな。

 近隣の村々の方は事を構える前に抑えることが成功したでござる」


 淡々と報告するように教えてくれるカザキリさんの言葉で、私はある一つの結論にたどり着きました。

 それは……『最初からセツオウカに勝てるとは思っていなかった』ということです。


 セツオウカと戦争すると決めていたわりには首都の方はほとんど人がいない上に、戦争もラスキュス女王が倒れてすぐ、ほとんど抵抗らしい抵抗もなく終わってしまったそうですし……。


 どう考えても敗戦も含めた後のことを視野にいれていたようにしか思えません。

 だとしたら……ラスキュス女王は自分があの戦いで命を散らすことを予期していた……というより望んでいたのかも知れません。


 なんでそんな考え――というより望みしていたのか今の私には知るすべもないでしょう。


「カザキリさん、ラスキュス女王は、なんで……なんでこんな戦いを仕掛けてきたんでしょう?」

「……それはわからないでござる。きっとあの方の考えをわかるのは……同じように攻勢を掛けてきたというレイクラド王とヒューリ王のどちらかでござりましょう」


 そうでした。今はまだ戦いが続いている最中……カヅキさんやフレイアールもそれぞれの役割を果たしていることでしょう。


 私がベッドの外から出ようと体をもぞもぞと動かそうとすると、カザキリさんは慌てた様子でそれを止めに来ました。


「アシュル殿、今動いては……」

「ティファさまが……私の帰りを待っておられるのです。

 あの方の為に……帰らないと」

「アシュル殿……」


 カザキリさんは悲しげな表情を私に向け、ゆっくりと首を横に振りました。


「貴女は自分の体を酷使しすぎてます。加えて魔力の使いすぎです。

 しばらくは安静に……」

「体は回復魔法で……」

「気持ちわかるのでござるが、貴女のようになんでもかんでも癒せる回復魔法の使い手がそう多くいるわけがないのでござる」


 今回復魔法を使える方は他の兵士たちの治療にあたっていて、私のところまで回す余力がないのだとか。

 こっちは一応そちらの要望で救援にきたはずなのに……とも思ったのですが、起きれば勝手に回復魔法を使って元通りになる私の事は放っておいていいというのがセツキ王様の判断なのだとか。


 というかそうですよね……私も回復――魔導を使うことが出来るのでした。

 ですが、妙に思考が鈍いです。


 頭の中で上手くイメージが働かないというものでしょうか。

 これでは魔導を使うことが出来ても、望んだ効力を得られないでしょう。


「てぃふぁさま……」


 会いたい。ティファさまに。

 誰よりも愛してるあの方に自分のこのどうしようもない気持ちを聞いてもらいたかった。


 ラスキュス女王の最期の言葉……アレはなにか自分の望みを誰かに託すような……涙混じりにそんな声でした。

 彼女が何を想ってこの世界を生き抜いて……何を願い死んでいったのか……。


 未熟な私には、多分理解できないことなのでしょう。

 今はただ、心を落ち着かせ……きちんと回復魔導が使える時を待つ……それだけです。

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