231・水色の死闘
そこから先、私は思うように攻めきれずにいました。
なにしろ私が力を込めて繰り出した攻撃はすっかり癒やされてしまって……最初に『ブラックインパルス』で防がれた状態に戻ってしまった。
銀狐スライムがなにかを呟いていたかと思うと、そこにいたはずの二人は姿がゆらゆらと揺らいで炎に変えてしまいます。
「『ダークランス』!」
モヤモヤとした黒い霧が槍のような形をして、私の方に向かって繰り出されました。
それをなんとか防いでいると、背後から銀狐スライムに襲いかかられてしまって……私が懸念した通り、こちらが徐々に疲弊していってるのを肌で感じてしまいました。
「くっ……はぁ……」
一旦距離を取って、乱れた息を整えて……改めて意識を集中させていきます。
このままでは……多分私はやられてしまうか……時間切れでセツキ王様が乱入してくるかのどちらかでしょう。
これは私が自分で決めて自分で始めた戦いのはず。
それを……そんな戦いがそんな幕引きで終わってしまうなんて、到底許せることではありません。
一度目を閉じて、静かに深く、深呼吸する。
少しの隙が出来るにもかかわらず、思いっきり息を吸った私は、いつ誰が襲いかかってきてもいいように気だけは張り巡らせておきます。
イメージ……イメージ……ティファさまは常々言っておりました。
魔導とは全てがそうなのだって。魔力を込めて、イメージをすれば……それが自身の力に繋がるって。
なら、今の私のイメージは……そうだ。
水ならなんでも出来る。形を作ることも、霧にだって氷にだって……冷たくもなるし熱くもなる。
そうだ、水の力は無限大なんだ。その力でイメージするなら……。
――霧で全てを包み込み、なにも見えなくなってしまう。私に敵対する者に、何者も見ることは出来ない深い世界を……!
「『ディープフォッグ』!」
私の周囲から霧が音を立てて噴き出していって、ある程度の範囲が深い霧の白に飲み込まれてしまう。
「これは……!?」
「なにも、見えない……」
戸惑いの言葉がラスキュス女王と……恐らく銀狐スライムの少女から上がりました。
そうです……何も見えないんですよ。
私の方からははっきりと見える。
ラスキュス女王が戸惑って周囲を警戒している姿も、少し離れた位置で銀狐スライムがあらぬ方向に魔法を放っている姿も。
「はぁ……ふぅ……」
意識を集中させて、感覚を研ぎ澄ませていきます。
いくら回復関連の魔法が使えるラスキュス女王でも、相手を視認できなければなんの意味もありません。
……私が今からする行為は卑怯なのかも知れません。
ですが、あの二人の攻撃を掻い潜るには、最早こちらもなりふりかまってられないのです。
慎重に、慎重に銀狐スライムの上空に水の剣を出現させていきます。
軌道が重ならないよう……かつ余計な精神力を使わないように上からただ降り注ぐだけの攻撃。
ですが、それが雨以上に密になっていれば?
避ける術がなければ、いくら彼女でもどうしようもないでしょう。
慎重に、かつ確実に仕留められるように水の剣を展開していって……そこで銀狐スライムの方が動きを見せました。
「『アクアストーム』!」
鋭い刃のような水の混じった竜巻を発生させて一気に霧を払おうという魂胆なんでしょうけど、それでこの霧を晴らすことが出来たら、最初から作ってなんていませんよ。
逆にラスキュス女王は下手な攻撃をせず、手探りながらも機を伺っているようにも思えました。
ですが、彼女の反応の方が正しいでしょう。
今では二人共自分がどこにいるのか……相手がどこにいるのかさっぱりわからない状況です。
そんな中で不用意に広範囲に影響を及ぼす魔法を使ってしまえば、自分の仲間も巻き添えにしてしまうこと間違いないでしょう。
それならば下手に動かず、相手の出方を待つか、霧を晴らすのが先決。
魔力の霧を晴らすには、魔力をぶつけて相殺しなければならないでしょう。
聖黒族であるラスキュス女王なら私の魔導を打ち破ることが出来るかも知れませんが、銀狐スライムであるあの子には難しいだと思います。
「『ヒートヘイズ』」
私が彼女を確実に仕留められるように行動にうつしていると、ふと女王にも聞こえるようにと銀狐スライムが聞いたことのない魔法を使っているのが確認できました。
嫌な予感がして、私は密に作っていた水の剣を多少間隔を開けて一気に精製して……一斉にそれを解き放ちました。
少しずつ作っていた水の剣を一気に作ってしまったせいで、すごく疲れてしまいましたが、そんなことは今はどうでもいいんです。
確実にあの子を仕留める。
それを心の中に秘めて、次々と水の剣を降り注がせました。
最初に銀狐スライムがいた場所は姿が揺らいで炎が発生して……それを水の剣が鎮火してしまいました。
――なるほど、『ヒートヘイズ』っていうのがあの姿が揺らいで炎を撒き散らす魔法の正体ですか。
案の定彼女の姿は消えていってしまいましたが、すぐにどこにいるかわかりました。
「……っ!」
少し離れた場所で剣で串刺しになっている姿を確認することが出来ました。
若干心が痛むような光景には思いますが……それでもそんな余裕を見せている場合じゃないです。
私は……私たちは戦争をしているんですからっ!!
「せめて……せめて苦しまずに逝ってください!」
最初に作った水の剣の軌道を全て彼女がいる方向に修正し直して……それも全て撃ち放っていきました。
「くぅ、あ……『アクアストーム』!」
恐らく自分の頭上から攻撃が降り注いでくるのを察知したのでしょう。
自分自身が傷つくのを覚悟した上なのでしょう。よくもそのような覚悟できるものだと思いますが……。
彼女は彼女なりに真剣な思いでこの戦いに望んでいるのでしょう。
私は絶えず水の剣を生み出し続けて、自身の手でトドメを刺そうと駆け出しました。
霧の中を走る私は、様々な想いをこの胸に宿し、駆け抜けて――傷つき疲弊している彼女と相対しました。
最早なんの問答も無用。
いつラスキュス女王がこの霧の中、こちらに迫ってくるのかわからないんです。
だから最後にかわしたのは互いの視線だけ。
剣を持つ手に力が入り、まっすぐ彼女に致命傷を与えられる場所へと一直線に。
銀狐スライムは私の顔を忘れまいとするかのように見ていましたけど……それでも決して恨むとか憎むとかの負の感情が一切見られない……死を覚悟した目をしていました。
……きっと私は驚いた表情で彼女を見ていると思います。
普通、こんなに透き通った意志を宿した目はそうそう見られないです。
清々しいほどのまっすぐな……強い覚悟の瞳。
私はこんな目をした女の子の命を奪うんだ――そういう事実を改めてこの胸に刻みつけられるようで……一切目線を逸らすことが出来ませんでした。
時が緩やかに進んでいるかのようにすら感じるこの一瞬。
私と彼女は確かに自分自身の感情を全てその視線に込めて――やがてその時が訪れました。
水の剣が確かに左胸を貫いて、彼女の命を奪い去っていきます。
「ラ、ラスキュ……ま、ど……か、あな、たの……や……たい、よ……」
瞳の中から徐々に光が消え、力を失っていく様を目の当たりにして彼女が最後に遺した言葉は……ラスキュス女王を思っての遺言でした。
それだけラスキュス女王の事を大切に想っている証拠なのでしょう。
私は彼女の最期の言葉を噛み締め、そしてその想いを踏みにじろうとする自分を自覚しながら――霧が晴れ、私の姿を視認したラスキュス女王に改めて向き直りました。
私は既に疲労困憊に近い状態ですが……それでも聖黒族が起こした暴挙は――同じ種族である私たちが決着を着けなければならないことですから。
同じスライムとして聖黒族の魔王様に仕え、お慕いした身だからこそ……。
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