230・スライムの女王との攻防
「……武器を捨てるなんてどういうつもりかしらぁ?」
訝しむように私の事を見ているラスキュス女王と銀狐スライムの少女でしたが、私はにやりと笑みを浮かべると、周囲から水を抜き出すように出現させて、右掌に剣の形として出現させました。
そこから展開されるのは水の剣の軍勢。
剣先を天高く振り上げると、水の剣は波紋を広げながら宙に浮いていって……その全てがラスキュス女王と銀狐スライムの二人に向かって、解き放っていく。
「なっ……!?」
「私の事を、甘く見ないでください!」
剣が次々とラスキュス女王たちに襲いかかっていくけど、そこは流石に上位魔王の方です。
驚いたのは一瞬だけですぐさま落ち着きをた取り戻されていました。
「『アイスランス』!」
ラスキュス女王は鞭で、銀狐スライムは魔法で私の水の剣を迎撃していってるようですが、まだまだ……私の『クアズリーベ・キュムコズノス』はこの程度ではありません!
「はあぁっっ!!」
二人の周囲を円でぐるっと取り囲むように水の剣を出現させて、それを一斉に解き放ちました。
いくらラスキュス女王と言えど、初めて見る武器、技にすぐに対処することは出来ないはず!
「『ブラックインパルス』」
「『――』!」
黒い波のようなものが周囲に拡散して、丸く囲っていた水の剣が次々と弾き飛ばされていって、命中しそうな部分は全て撃ち落とされてしまいました。
私はそれでも諦めずに二人へと間合いを詰めて、剣を振るったのですが……。
「え……!?」
当った瞬間、まるでそこにはなにもいなかったかのように、二人の姿が揺らいで、炎に変わってしまいました。
炎の熱さを感じながらそれじゃあ二人はどこに行ったのか? と周囲をきょろきょろと見回していると、どこからか声が聞こえてきました。
「『ダークネスシャイン』!」
空に黒く光る球体が出現したかと思うと、そこから陽が射すかのように広く平らに見える黒い光の線がそれこそ辺りに散らばるように無数にばらまかれていって、私の身体も貫いていきました。
「く、あ、ああぁぁ……!」
苦しく、痛み、熱い。
様々な痛みが私の身体を駆け巡って、思わず片膝を突きそうになるのだけれど、なんとか堪えてみせました。
私の周囲から少しずつ水の剣を振らせていって、いなくなったラスキュス女王たちの居場所を探し当てようとするのですが、中々見つかりません。
「『ヒールベネディクション』」
その間に傷を癒やして周囲を観察していると、どこからともなく鞭が飛んできました。
なんとか察知出来たので剣で防いだのですが、当たる――というより絡みついてきました。
「くっ……」
「『サンダーストーム』!」
銀狐スライムの魔法で雷を纏った竜巻が私の方に向かって襲いかかってくるのですが、それくらいなら……!
「『アクアカーテン』!」
なにもない空中から下に流れる水の壁。それが『サンダーストーム』を防いで……鞭と魔法が飛んできた方向を確認すると……いました。
いつの間にあんなところに移動したのかわかりませんが、私のおよそ後ろ右斜めくらいの位置にいて、銀狐スライムが更に魔法を使おうとしている瞬間を目撃しました。
「させません! 『クアローバスト』!」
「……っ! 『――』」
先手を打つように無数の氷の矢が二人に向けて放たれたのですが……銀狐スライムがまたぼそぼそと何かを言ったかと思うと、再びゆらゆらと揺らめいて、火をまとって二人とも消えてしまいました。
なんでしょうかあの魔法は……。
多分、ですけどあの魔法だけで『クアローバスト』がなんとか出来ているとは思えません。
さっきの水の剣での攻撃も、ラスキュス女王が『ブラックインパルス』である程度相殺してからあの魔法が使用されていました。
こうなったら……。
私は一度『クアズリーベ』を扱っていたときの基本スタイル。
二本の剣を持って、両肩の空中に二本ずつ剣を待機させる。
不用意に『キュムコズノス』を使いすぎたら私の精神疲労が先に来てしまいます。
ロクな対策も思いつかない以上、普段通りの戦闘スタイルで臨む方がいいでしょう。
「……」
再び見えなくなったラスキュス女王たちを警戒しながら構えていると……今度は左斜め前方から鞭が飛んできて、私の剣の一つを絡め取ってしまいました。
「……そこっ!」
今度はそのままもう一つの――右手に持った剣で指し示して滞空している水の剣を飛ばしました。
「『フレアボム』!」
対する銀狐スライムは魔法で打ち消そうとしていたようで、その目論見は見事に達成されました。
ですが、そうも同じ手が通用する私ではありません!
滞空している剣の内、二つを地面に突き刺して、おおよそ検討をつけた場所に大きな水の剣の刃を出現させました。
「なっ……!?」
「今です!」
短く驚きの声が聞こえ、好機を察した私は『クアズリーベ・キュムコズノス』に魔力を注いで、そこにいるであろう銀狐スライムを空からぐるりと囲むように幾つもの水の剣を発現させていきます。
「はああああぁぁぁぁぁぁ……!!」
「……っ、『ブラックインパルス』!」
次々と生み出されては地面に向けて射出されていくそれらは、決して途切れることなく、徐々に広がっていきます。
その間にラスキュス女王が『ブラックインパルス』で再び水の剣を打ち消すような黒い波動が出現しましたが……ここであのスライムを仕留めなければ、永遠にラスキュス女王を捉えることは出来ないでしょう。
――そう、ここで手を緩めてしまえば、遅かれ早かれ、ジリ貧で押し負けてしまいます。
水の剣が重ならないよう、かと言って軌道が重なって相殺しないように注意深く魔力を注ぎ込み続けていると、『ブラックインパルス』でかき消された分も補って余りある程の怒涛の攻撃。
ドドド、ガガガ、という水が激しく流れ落ちたり、打ち付けたりするほどの音だけが響き渡り、水の剣は精製された分、私の魔力を喰らいつくしていくかのように消費されていきました。
――まだ。まだです……!
精神を、心を魔力をどんどん吸い尽くして具現化していく剣たちを見ながら、私の息は徐々に荒くなっていって――息をすることすら忘れてしまい、少しずつ意識が曖昧になっていく感覚すら覚えてきました。
まるで疲れているのに身体が言うことを聞かずに走り続けているような……水の中で息継ぎもロクに出来ずに延々と潜り続けているような苛烈さがあって……。
「はぁぁ……はぁぁぁぁ……」
しばらくしてようやく一呼吸つきながら膝をついて思う存分に空気の美味しさを堪能しながら周囲を警戒していると、あまりにも苛烈な攻撃のせいで土煙や霧で遮られた視界が晴れていって……そこにいたのはずたぼろになっていた銀狐のスライムに、傷ついた様子のラスキュス女王でした。
「はぁ、はぁ……や、やってくれた、わね、ぇ……」
憎々しげに私を睨むラスキュス女王は、肩や太ももに剣が刺さっていて、辛うじて致命傷を避けているようでした。
……まあ、私は今それどころじゃないんですけど。
息をすることに一生懸命で、ただただ彼女たちを睨んでいるだけで精一杯です。
「はぁ……ふぅ……ラスキュス女王、降参してくれませんか? これ以上は――」
「ふ、ふふ……甘く、見られたものねぇ……」
息を整えた私はラスキュス女王にこれ以上はやっても無駄だと訴えかけるように話しかけると、なにがおかしいのかまっすぐこちらを見て笑っていました。
「ラ、ラスキュス様……」
「……『ピュアヒーリング』」
ラスキュス女王の魔法が二人を包み込んで……彼女たちはある程度傷が癒えた姿で私の前に再び立ち塞がってきました。
私があまり言えたことではありませんが、なんという不死身っぷりでしょうか。
――恐らく、彼女たちを止めるには……息の根を止めなければならないのでしょう。
もう、話し合いなんて無理なことを改めて感じ、私は剣を再び構え直しました。
次は、話し合いをしよう――そういう気持ちで倒そうとするんじゃなくて……完膚なきまでに、確実に彼女たちを殺す為に。
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