第9章・上位魔王達の世界戦争

221・魔王様、使者の多さに戸惑う

 ――ティファリス視点――


 私達がパーラスタとの戦争に突入してしばらくして届いた一報。

 それは北の地域にある国――ラスガンデッドからの使者がやってきた。


「ティファリス女王様、お目通りいただけまして誠に……」

「余計な下りはいいわ。

 それで、用件はなに? 私達は今、非常に忙しいのだけれど」


 ちょっとタイミングが悪すぎるな……と思いながらも、ラスガンデッドはリーティアスの友好国だし、あまり卑下にすることも出来ない、ということで会見に応じたのだけど……一体何の用だろうか。


 正直私の方もいつ『極光の一閃』がディトリアに牙を剥いてくるのかわからない以上、あまり長居してほしくはなかったのだけれど……その使者から飛んできたのは、まさしくとんでもない言葉だった。


「実は……先日の話でございます。

 ラスガンデッド・エーデルヒア両国に対し、竜人の魔王レイクラドから宣戦布告がなされ、侵略が開始されました。

 戦況はこちらがやや不利な状況でして……」


 なるほど、つまり私の国に助けを求めてきたというわけか。

 しかし……なんてことだ。

 今のこの国には防衛力として残っている兵士たちしかいない。


 ワイバーンはまだいるのだけれど……それも流通を完全に止めさせない為に残しているにすぎない。

 いや、その流通先の一つであるラスガンデッドが潰れる、ということは私の国にとってもデメリットが大きい。

 出来れば助けに行きたいんだけど……。


「こちらも今パーラスタと全面戦争の最中なの。

 正直、戦力の大半は向こうに注ぎ込んでいるから、急に言われても援助することは出来ないのよ……」

「そこを……そこを何とか出来ないでしょうか?

 貴方様の国が戦いの渦中にあるということはわかりました。

 ですが、こちらの方も大分辛い状況にありまして……」


 俯く使者の悲痛な訴えは私にひしひしと伝わってきた。

 だけど……今の私にはどうすることもできない。


 私自身が向かうにしても『神創絶鎧「パライソ・イノセンシア」』を使用している最中だ。

 この鎧を解かない限り、あらゆることに干渉することが出来ない代わりにあらゆることから干渉されることがない。


 つまり、私が剣を取って戦うわけにもいかないのだ。


 おまけにこの鎧は『自分と信頼してくれている相手』に対して相当な能力強化を行ってくれる。

『極光の一閃』を防ぐ為にも戦闘中のアシュルたちを援護する、という意味でも今ここで『パライソ・イノセンシア』を解除するわけにはいかないのだ。


「こちらの戦いが終われば……多少の援軍は遅れるでしょうけど……今は……」

「そ、そうですか……」

「ごめんなさい。今このディトリアはパーラスタの強力な武器の攻撃を受けているわ。

 私自身も、おいそれとこの場を離れる訳にはいかないの」


 うなだれる使者に対し、少々言いにくいことを言うと、使者はゆっくりと首を横に振った。


「いえ、いいんです。

 貴女様自身の国を捨てて、こちらの国を守ってくれ、というのは流石に傲慢が過ぎますから……。

 ですがせめて、せめてパーラスタとの戦いが終わったその時は……」

「ええ、一刻も早く、救援をそちらに向かわせるわ」

「ありがとうございます……!」


 私の一言がよほど嬉しかったのだろう。

 頭が地面につくんじゃないかと思うほど下げていた。


 アシュル達には負担を掛けることになりそうだと内心ため息が出そうになるが、事はそれだけでは収まらなかった。


「あ、あのー……ティファリス様……」


 そこに『あまり入りたくないな……』とでも言うかのような表情で入ってきたのは、久しぶりに見た気がするリュリュカだった。

 いや、私があまりに忙しいせいで結構すれ違いになっていたのかもしれない。


 本来の彼女の仕事は掃除要因のメイド……なんだけど、人手不足だった時に色々としてもらったせいか、そのままずるずるとさせるようになったんだっけか。

 多分あの子、今は確実にメイドじゃなくなってるだろう。


 というか、リュリュカはなんで今の状況を見て入ってこようと思ったのだろうか?


「リュリュカ? 今はちょっと立て込んでるから……」

「わかってるんです! わかってるんですけどぉぉぉぉ……」


 物凄く泣きそうな表情で情けない声をあげないで欲しい。

 一応ここは公式の場なんだから、それ相応のシャキッとした態度で臨んでほしいもんだ。


「ティファリス女王様、私ことはいいですから……」

「はぁ……申し訳ないわね」

「いいえ、そちらもお忙しいのは重々承知しておりますので……」


 挙句の果てに使者の人も仕方ないというような表情で横の方に退いてしまった。

 こうなってはこちらも聞かずに後で、というわけにはいかないだろう。


「それで、どうしたの?」

「それが……実はセツオウカとその……フェリアルンデという国の使者の方が……」

「セツオウカ?」


 これはどうしたことだろう?

 セツオウカには少し前に行ったはずなんだが……それとフェリアルンデなんて国、私は聞いたことがない。

 どこの国かは知らないけどこんな時に一体何のようなのだろう?


「で、その二国の使者はなんて言ってるの?

 というか、フェリアルンデなんて私、知らないんだけど……」

「ティファリス女王様、フェリアルンデはリアニット王様のお国です」

「リアニット王の……?」


 恐る恐るという風にラスガンデッドの使者が口を挟んできたけど、それで私はなんで知らない国の使者がわざわざ私のところに訪れたのかわかった。

 ……とはいえ、それでも今ここに来る理由が未だによくわからないのだけれど……。


「え、えっと、二国の使者ともにティファリス様に直接お伝えしたい、と……」

「……わかったわ。ここに連れてきてちょうだい」


 リュリュカがここに来たということは、恐らく何度言っても引かなかったのだろう。

 今ここで私が待っていてくれ、と言っても同じような気がして、ため息を一つ吐いた後で二国の使者を通すことにした。






 ――






「ティファリス女王、実に、実にお久しぶりでござります!

 この度は急に押しかけるようなことをして、誠に申し訳ござりませぬ」

「久しぶりね、オウキ。で、そっちは……」


 私がもう一人の方の――フェリアルンデの使者の方に目を向ける。

 そこにはふわふわとゆるいウェーブがかった薄金に近い黄色の髪に白い肌。どこか神秘的な雰囲気を纏っている妖精族の女性。


 豊満な体はすごく女性的だが、全くいやらしい感じはせず、髪色と同じその目は優しさに満ちているような気がする。


 思わず一瞬見とれてしまった私の頭の中に、アシュルが怒っているような表情を思い出してしまって……慌てて頭を左右に振った。


「貴女がフェリアルンデの使者?」

「はい。お初にお目にかかります。

 本日はお忙しい中、謁見をお許しいただいて、本当にありがとうございます」


 片膝をついて礼儀正しく頭を下げるフェリアルンデの使者は、サマになっている。


「堅苦しい挨拶は抜きにして、用件だけを先に言ってくれないかしら?」

「は、ははっ……それでは……実は用件というのはセツオウカに対してスロウデル――ラスキュス女王から宣戦布告を受けまして……現在、『極光の一閃』で著しく戦力が低下しておりまして……」


 なるほど、つまりオウキの用件もラスガンデッドの使者と同じ、援軍要請か。

 これはちょっと不味い。

 というか、ラスキュス女王が一体何故……?


 そしてその考えに答えを見つける間もなく、フェリアルンデの使者も間髪入れずに頭を下げたまま訴えかけてきた。


「恐れながらティファリス女王様。

 実は我が国、フェリアルンデもヒューリ王の国シャルディルから宣戦布告を受けてしまい……ティファリス女王様にはフェアシュリーにおられるアストゥ女王様の保護をお願いするように、と」


 こっちの方はどっちかというとリアニット王個人の話か……。

 彼はなんだかんだ言って血族であるアストゥの事を大切に思っているということだろう。

 救援を……と言われないだけマシだが面倒な注文をしてくれる。


 それでも、フェアシュリーは南西地域の国。

 お願いされたら無碍に断るわけにもいかないだろう。


「そちらの話はわかったわ。

 アストゥを保護すればいいのね? こちらも忙しいから必ず、とは言えないけど最善を尽くしましょう」

「誠にありがとうございます」


 フェリアルンデの使者の方の話はそれだけのようだったが、問題はラスガンデッドとセツオウカだ。

 私はオウキの方に向き直り、彼に対しても先程と同じ返答を行った。


「今、こちらがパーラスタと戦っているのは知っているわね?」

「はい。その戦いが終わり次第、お願いしたいのでござります」

「……わかった。ラスガンデッドに対しても送らなければならない以上、あまり期待しないでちょうだい」

「それで十分。ありがとうござりまする」


 どたばたとした使者との会見は、更に上位魔王の国が互いに戦争状態に発展したことが発覚したことで幕を降ろした。

 今まで以上になにか大きなことが起こる……そんな予感を抱きながら、私はひとまずワイバーンを使ってパーラスタを攻めているカヅキたちに向けて文書を飛ばすのであった――。

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