220・解放されし銀狐

 ――アシュル視点――


 物凄く怖い顔をしてフェリベル王の頭を大事そうに抱えていたベリルさんにはすごく驚きました。

 とりあえず噴水で血を落としたほうが良いと考えて、私は城の上――すっかり止んだあの武器……砲台のところへと向かいました。


 そこには確かに大きな巨大な筒状のものが床に設置されていて、その下には棺のようなものがありました。

 その中にはフラフさんの他にも複数の銀色の髪をした狐人族――ティファさま曰く、銀狐族が眠るように横たわっていました。


「……酷いですね」


 恐ろしくやつれてる人もいるけど、多分この人側から片っ端に魔力を吸い取っていたのでしょう。

 なんにんか干からびている方もいて……随分と酷い死に方をされています。


 こんな者のように使い捨てられて……さぞかし悔しい思いをしたことでしょう。

 いえ、もしかしたらそんなことすら抱く事も無く逝かれてしまったのかもしれません。


 なんて……なんてことでしょう。

 もう少し早く来れたら、もっと早く事態に気付けたなら……なんてことは思いません。

 だって、そんな事を一度でも思ってしまったら、私の過去は後悔塗れのスライム生になっただろうから。


 だからせめて……せめて祈りましょう。

 私はセツオウカのスライムではありませんが、来年の8の月ペストラの13の日に行われる『送魂祭』の時に安らかな気持ちで黄泉幽世へと旅立てるように……。


 私が今出来る事は、これぐらいしかありませんから……。






 ――






 しばらく祈りを捧げていると、上空からフレイアールが小竜姿でパタパタと現れました。


(姉様、なにしてるの?)

「きちんと死ぬことの出来なかった彼らの為に、せめて死後は安らかに……と思いましてね」

(姉様……)


 どこかジーンとした声音でフレイアールは感動の眼差しのようなものを向けてきました。

 ……そういうのはくすぐったく感じるから止めてほしいんですけど、そういうわけにはいきませんか。


「フレイアール、彼らをこの棺桶から外しますよ」

(うん!)


 フレイアールは手伝う気満々で頷いてくれたんですけど……手が爪のような感じですので、扉をカキカキすることで精一杯だったみたい。

 ……貴方は小動物かなにかですかと思わず突っ込みたくなる気持ちをぐっとこらえて、結局棺桶からは私が全員救出することになった。


 幸い、ちょっと重たいのを除けば扉を引けば開く簡単な仕組みでしたので助かりました。


(……ごめんね。姉様)

「大丈夫ですよ。フレイアールはいつも頑張っていますからね。

 これくらいのことは私にさせてください」


 全く、本当に可愛い弟です。

 私の弟分なんですよね。この子。


 なんとか全員を棺桶から救出することに成功はしましたが、何人かはそれなりに危ない状態ですかね。

 直ちに危険、というわけではありませんので、この後ゆっくり療養すればなんとでもなるでしょう。


 それよりもフラフさんです。

 彼女はは他の銀狐族よりも大きな棺桶に入れられていて、末端で干からびていた死体とは別に『極光の一閃』に組み込まれていました。

 そのせいか知りませんが彼女の顔色は相当悪いです。


 あと同じくらい大きな棺桶の中に銀狐族の少女が裸で入れられていましたが……彼女は一体誰なんでしょうか……?


(姉様……)

「わかっています。『ヒールベネディクション』」


 とりあえず事情を聞くべく、二人共回復魔導で癒やしてあげました。

 幾分か顔色がよくなってくれて、悪夢にうなされていたような顔は、今はもう穏やかな顔色になっています。


(姉様、僕、他の人達呼んでくるねー)

「お願いしますね」


 フレイアールがふよふよと空を泳いでカヅキさん達がいるであろう方に行くのを見届けると、私は二人の様子を見守りながら、待つことにしました。






 ――






「ん……」


 兵士たちに他の銀狐族の方達を運んでいる間に、フラフさん達も目が覚めたらしく、うめくように小声を挙げて静かに目を開いた。


「こ、ここは……」


 一番最初に目を覚ましたのはフラフさんと同じように閉じ込められていた女の子でした。

 流石に裸のままいさせるのは可哀想ですので、現在は『アイテム袋』から取り出した毛布をかけたままの姿でした。


 銀色の髪に狐耳。白い目がなんとも可愛らしい、ティファさまより多少幼く見える女の子です。


「目が覚めましたか?」

「……あ、あなたは?」


 相当警戒色の強い表情で私の方を見ていますが、無理もありません。

 今までエルフ族にさぞかし酷いことをされたのだと思います。

 それが急にこんな状況なんですから、戸惑うのも当然でしょう。


「私はリーティアスの魔王であるティファリス様の契約スライムであるアシュルです」

「けーやく……スライム……?」

「はい、貴女は?」

「あ、あたし、は……」


 若干どうしようかと言い淀んでいたけど、決心したかのような強い眼差しをその目に宿していました。


「あたし、フラフひめさまのけーやくスライムのフォヴィ」

「フォヴィさんですね」


 なんだかフラフさんと話し方が似ているような気がします。

 やっぱり彼女が契約しているからでしょうか?


 というか今すごいことを聞いたような気がします。


「姫様……ってフラフさんが?」

「そーです。そのときはまだまおーさま、ごぞんめーだったから……」


 ちょっと舌っ足らずのような話し方ですが、本当に子どものような口調ですね。

 彼女としばらく話し合っていると、フラフさんの方も目を覚ましたのか、目をこすりながら眠そうに周囲の状況を見ていました。


 なんとものんきな態度ですが、それにフォヴィさんが気づくと満面の笑みでフラフさんに抱きついていきました。


「ひめさま!」

「……ふぉヴィィィ?」


 なんだか微妙に発音が変なんですが……まだ上手く目覚めきっていないようです。

 ですが、契約スライムがいるなんて一度も言ってなかったはずですが……。


「ひめさま……あいたかった!」

「フォヴィ? ……うん、久しぶり」


 にこっと笑うフラフさんの笑顔は、どこか悲しく、寂しげに移りました。


「えっと、フラフさん、フォヴィさんの事、知ってたんですか?」

「……うん。パーラスタに来てから、思い出した」


 そこから詳しく話を聞いていくと、パーラスタでフェリベル王から記憶の封印を解かれて、完全に記憶を取り戻したらしいです。


 それまでは自分が銀狐族の姫であることは全く覚えてなかったそうで、フォヴィさん曰く、銀狐族の魔王様に記憶を封印する魔法を施されていたらしいです。


 なんでもエルフ族に攻めてこられた際、フラフだけでも逃げられればという思いを込めてその魔法を施したらしい。

 でもその気持ち、わかる気がします。


 もしもエルフ族にそのまま捕まってしまったら……そういう風に考えると、記憶を封じてでも逃したく鳴るというものでしょう。

 幸い、フォヴィさんの方は手荒なことはされていなかったそうですが、相当窮屈な生活を強いられていたようです。


「ひめさま……あたし、ずっとあいたかった……。

 やっと、やっとあえた……!」

「……うん、これからはフォヴィも一緒。

 もう、一人にしないから」

「うん……うん……!」


 二人で涙を流しながら抱き合う姿を見ると、なんだかこう、こみ上げてくるものがありますね。

 しばらくの間、二人は静かに涙を流しながら、互いの無事を……再会を喜んでいました。


 ようやくパーラスタとの戦いも終わり、私達は取り戻すべきものを取り戻した……そう思った矢先のこと。


「アシュルさん!」

「……カヅキさん? どうされたんですか?」


 普段慌てず騒がないカヅキさんからは想像もつかない程の焦りを感じ、私も自然と不安が胸の中に差しました。

 そしてそれはすぐに現実の事になりました。


「落ち着いて聞いてください。

 ラスキュス・レイクラド・ヒューリの三人の魔王が……連盟を組んで南西地域以外の全ての大陸に……宣戦布告をしたそうです」


 南西地域以外の全てに……一体、何が起ころうとしているのでしょうか……?

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